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それは20歳と偽る以前のこと

2018年11月13日

ほり屋飯盛

「私ももう一度大学で勉強したい」

大学生は多くの大人にこう言われる。

「大学生の時にもっと勉強しておけば良かった」

と嘆きの声とともに、
「羨ましい」
「今しかできないのだから、ちゃんと勉強しなさい」と。

私は現在、大学3年生である。
社会科学を専攻しており、経済学を主に勉強している。
ジュリアナ東京。バブル崩壊。山一証券破綻。地下鉄サリン事件。
教授らは「君たちがまだ生まれてなかった時代」の話が好きだ。
「社員は悪くありませんから」と号泣する当時の山一証券社長の会見が目に浮かぶ。
アメリカの同時多発テロ。ライブドア事件。リーマンショック。時代は進む。
2011年3月11日。東日本大震災の日、同級生たちは中学校で授業を受けていた。
一方、私はその日、会社で遅い昼ご飯を食べていた。

浪人せずにストレートで大学に入学したとすれば、現在(2018年)の大学3年生は1997年生まれである。私は1980年生まれである。今から3年程前、一般入試を受け、大学に入学した。同級生とは17歳の差があるが、適当にさばを読んで、自称20歳としてやっている。大学に入学する前は、普通の会社員として働いていた。仕事はたいして面白くなく、身も入らず、一日の終わりに本を読むことだけが楽しみであった。新しい知識を得るほどの楽しいことはないと感じていた。とにかく大学で勉強し直したいと思い、受験勉強のために会社を辞めたのは、今から4年前のことである。

「よく決断しましたね」

と言われるが、30代半ばで会社を辞めて大学に入ることは、自分にとっては大きな決断でもなかった。まわりが18歳だろうが20歳だろうが、自分には関係ないことであった。私はとても冷めた人間で、人生でやり遂げたいことや目標がない。よく「人は使命をもって生まれてきた」という言葉を聞くが、そんなことはない。人は自分がやることに理屈や意味をつけたがるが、そんな必要は全くない。世の中が「目標」と言い過ぎなのだ。目標がなければ、何かしてはいけないことはない。やりたければやる。やりたくなければ、やらない。ただそれだけのことである。なので、大学卒業後に何かやりたいことがあったわけでもない。

受験勉強の期間は1年であった。私立大学のみを志望校にしていたので、英語、国語(現代文、古典、漢文)、小論文、日本史を勉強した。18歳の頃と何が違うかというと、記憶力が格段に悪くなっている。丸暗記ができない。会社生活では、手で文字を書くことが皆無であったので、漢字もろくに思い出せない。日本史では「弥勒菩薩半跏思惟像」というような漢字を暗記して、書けるようにしなければならない。特に辛いとは感じなかったが、35歳にして老いを感じていた。

受験勉強の悩みは、高校生が抱えているものと同類である。模試の結果が望ましくないとか、眠くて勉強できないとかだ。彼らと違うのは、相談相手がいないということだけであった。そのため、勉強本をたくさん読んだ。しかし、だいたい書いてあることは、「繰り返しやる」ことや、「丸暗記ではなく意味や流れを理解しろ」ということであり、そんなことは知っていたから、あまり役に立たなかった。私が受験勉強している時に心のよりどころにしていたのは、車谷長吉であった。彼は私小説家であり、大学受験の時に1日18時間勉強したという強者で、慶應義塾大学文学部に合格した。彼の執念を文中に見つけることが、私の力であった。

多くの人が忘れているのか、気づいてないかは知らないが、悩みの解決方法のヒントは小説の中にあることが多い。T.S.エリオットは文芸批評『宗教と文学』で「ひとりの作家がしばらくの間われわれの心をまったく独占し、ついで他の作家が占領し、そうしてしまいにはわれわれの心の中で作家たちがたがいに影響し始める」と言っているが、一人の作家を気に入ると、次もその作家の作品を読みたくなり、それを続けていると私たちの価値観や行動に大きな影響を与える。よくある幻想で、「海外留学をすると価値観が変わる」というが、一冊の本はそれ以上の力があると私は思う。それが読書の素晴らしいところであり、インフルエンサー(影響力のあると言われてる人々)がツィッターなどのSNSで、ちょっと素敵なことをつぶやくのを読むのとは、影響力がまるで違うのだ。1日18時間の勉強は無理であったが、8時間から10時間は毎日勉強していた。日々、何を何時間勉強したかを、予定帳に書き込んでいった。

大学受験が迫った1月に、私の父は死んだ。それから、私は眠れない日々が続き、体調を崩したが、2月には何とか持ち直した。受験当日は、もちろん18歳ぐらいの若者(というより子ども)ばかりであった。親と一緒に受験会場まで来ている高校生や、予備校の先生や職員が、「河合塾」や「駿台」などの旗を掲げ、受験生と抱き合っているのを冷ややかな目で見ながら受験会場へ向かった。私立大学を4校受けた。第一志望は落ちたが、3校は合格した。合格通知と一緒に、合宿オリエンテーション一泊二日、約3万円というふざけた案内を入れている大学は、入学する気が失せたのでやめた。あまり派手な学生がおらず、ひっそりと勉強できそうな学校を選んだ。

ほり屋飯盛(ほりやめしもり)
36歳で大学に入学。まわりの学生には19歳と偽り、はじめはオープンキャンパスの学生トークショーに出演したり上手くやっていて、来年こそはミスキャンパスもいけるかもと思っていたが、「プラザ」を「ソニプラ」、「プリント」を「わら半紙」と言ってしまったことから実年齢を怪しまれはじめる。最近では「ほり屋さんの年齢を探ると社会から消される」と噂が流れ、ミスキャンパスへの道が閉ざされ気味。社会科学専攻。38歳の目には最近の大学生や大学やはどのように見えるのかなど書いてます。

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