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改革すべきは「働き方」ではなく、「人的資源の配置」である

2019年03月12日

ほり屋飯盛

かつて人材不足に悩まされた織田信長は、身分関係なく人材を登用することで危機を乗り越えただけでなく、豊臣秀吉という才能を発掘した。秀吉が農民出身だからという理由で、足軽の仕事だけをさせていたら、後の秀吉の活躍はなかっただろう。効率的な人的資源配置とは、その人の(バックグラウンドに関係なく)能力に見合った仕事をさせることである(適材適所)。そういう意味で、信長は人的資源のミスアロケーション(非効率配分)を改善したリーダーの先駆けではないだろうか。私たちは信長の采配に拍手を送り、秀吉のサクセスストーリーに感動はするものの、実社会では適材適所の人材登用・配置をすることが難しい。

翻って現代、私は労働経済学の授業で映画『マイ・インターン』(2015)を観て、これこそ人的資源のミスアロケーションだと思った。若手の女性経営者ジュールズ(アン・ハサウェイ)のもとに、シニア・インターンとして70歳のベン(ロバート・デニーロ)が入社してくるというストーリーである。この映画で経営者ジュールズは、「70歳=高齢者」というだけで、マネジメント経験豊富かつ有能なベンに、ジャケットのしみ抜きや、スタバで皆のコーヒーを買うといった雑用的な仕事をさせている。言うなれば、偏見的でない信長の人的資源配置の真逆をやっているのだ。

ジュールズがベンに簡単な仕事をさせるのは、ノーベル賞経済学者のベッカーが提唱した「差別的嗜好(tastes for discrimination)」が働いているためである。差別的嗜好とは、ある特定のグループ(高齢者や農民階級)への好悪的感情のことだ。信長のような差別的嗜好を持たない経営者であれば、農民であろうが高齢者であろうが、その人物の能力に見合った仕事が与えられる。一方、ジュールズのように、高齢者に対して仕事の覚えが悪いとか、人種や学歴による差別によって、採用や昇格を決めるという経営者は、能力からその偏見分をマイナスした仕事しか与えない。

経営者や上司がある人材に対して、その能力を低く見積もったりすると、人的資源が非効率に配分されるため、会社や部署全体の全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)が低下しまうことがあり得る。このような資源の非効率な配分(ミスアロケーション)による生産性の低下は、経済学者にとってホットイシューであり、大学では経済学系の授業で生産性や効率についての分析の仕方も学ぶ。ミスアロケーションと生産性研究の代表格がシカゴ大学ブース校のシェイ教授とスタンフォード大学のクレノー教授の論文(2009)である。彼らは、中国とインドそれぞれの労働と資本の限界生産力を仮想的にアメリカと同程度にした場合、資源配分の効率化により、中国では30-50%、インドでは40-60%と生産性が上昇するとしている。

ここでは、さらに仮想的に信長とジュールズで考えてみる。二人はそれぞれ、大卒、高卒、高齢者を雇っており、その労働者たちの限界生産力(能力)は等しい。偏見的なジュールズは、大卒以外は使えないと思っているため、能力がなくても大卒というだけで重要な仕事をさせ、能力があっても高卒や高齢者には簡単な仕事しかやらせない。信長は同じ人的資源を持ちながらも、偏見がないので大卒も高卒も高齢者も、その人の能力に見合った仕事をさせる。信長は能力に見合った人的資源配分が出来るので、生産性が高く、より高い収益が生み出せる。

ここまでは企業と経営者を例にして考えてみたが、この問題を日本全体として考えてみたらどうであろう。昨年、問題になった医学部入試における女性減点措置も、本来なら能力の高い女性を合格させずに、男性というだけで、より低い能力の人物を合格させて医療界に送り出していた。これは国を挙げての人的資源のミスアロケーションだ。さらに、先に挙げた大卒、高卒、高齢者のなかで、大卒のみ採用・昇格させて重要な仕事をさせるという仮想的な話を現実の日本社会に当てはめてみれば、新卒一括採用と同じである。この日本特有の新卒一括採用というのは、同一主義に見えるが、裏を返せば、新卒以外の能力のある志願者を排除する差別的な行為であり、私はこれが日本全体の人的資源のミスアロケーションを起こしていた一因だと思う。

OECD(2016)によれば、日本では会社での職務内容と人材のスキル(学歴)ミスマッチはOECD諸国で最も高く(ドイツ46.7%、米国59.0%、日本68.2%)、時間あたり労働生産性も36カ国中20位(ドイツ69.8ドル、米国72.0ドル、日本47.5ドル/購買力平価)と非常に低い。これはかなり深刻な問題である。2021年卒からは経団連の就活ルールが廃止され、事実上は新卒一括採用がなくなる。そうすると、中途採用の門戸が広くなり、人的資源の流動性(転職市場)が高まると予想されている。より流動的になれば、人的資源のミスアロケーションやミスマッチが改善され、生産性向上が期待できる。

だが、現在の日本は深刻な人手不足に直面しているため、今までのやり方は通用せず、人的資源に対する意識改革が必要である。例えば、給料日までの一週間を5万円で過ごすか、5千円で過ごすかでは私たちのお金の使い道に対する意識は大きく異なる。5万円なら適当に使ってもどうにかなるが、5千円しかなければ、一日700円程度しか使えないので、お昼は手作り弁当にするなど、お金の使い道を細かく考えなければならない。人的資源も同様である。これまで人的資源が豊富にあった時代はミスアロケーションが生じていてもどうにかなっていた。だが、人材不足の時代に、企業や経営者などがこれまでと同様、人的資源を適材適所に配置する意識や能力がないままでは、「流動性の高まりによるミスマッチの改善・生産性の向上」も絵に描いた餅になる。映画『マイ・インターン』では、ジュールズが徐々にベンの有能さに気づき、差別的であった自分の態度を反省してベンを右腕的な存在に昇格させる。日本の生産性の向上のためには、就活ルール廃止と同時に、信長や反省後のジュールズのような偏見なしに人材の能力を見極めて採用・昇格させ、適材適所に配置する能力が企業のトップや管理職に求められているのではないだろうか。

【参考文献】

  • Becker,G.(1957) “The Economics of Discrimination”,Chicago: University of Chicago Press
  • Hsieh and Klenow (2009) “Misallocation and Manufacturing TFP in China and India” Quarterly Journal of Economics.
  • OECD (2016) “Getting Skills Right: Assessing and Anticipating Changing Skill Needs”,OECD Publishing
ほり屋飯盛(ほりやめしもり)
  • 大学生
36歳で大学に入学。まわりの学生には19歳と偽り、はじめはオープンキャンパスの学生トークショーに出演したり上手くやっていて、来年こそはミスキャンパスもいけるかもと思っていたが、「プラザ」を「ソニプラ」、「プリント」を「わら半紙」と言ってしまったことから実年齢を怪しまれはじめる。最近では「ほり屋さんの年齢を探ると社会から消される」と噂が流れ、ミスキャンパスへの道が閉ざされ気味。社会科学専攻。38歳の目には最近の大学生や大学やはどのように見えるのかなど書いてます。

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