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いつまでもあると思うな親と金と欲

2021年03月09日

ほり屋飯盛

20歳前後の大学生と38歳の大学生のもっとも大きな違いは「欲求の強弱」である。20歳前後の人間であれば、たとえ大学生でなくても「あれも欲しい」、「これも欲しい」、「もっと欲しいもっともっと欲しい」というTHE BLUE HEARTSの歌詞のような物欲だけでなく、「恋愛がしたい」とか、「可愛く(かっこよく)見られたい」と髪の毛の長さが1ミリ違うだけで、自分を取り巻く世界がまったく変わってしまうのではないかと思って美容院に通うような年頃なのだ。

かく言う私も20年ぐらい前は欲だらけだった。「洋服が欲しい!!」、「服はあるのに着る服がない!!」、「あんなステキな店で食事をしたい!!」、「沢村一樹と付き合いたい!!」と欲の皮つっぱった感じで青春時代を過ごしてきた。そして、生物が子育てをするために神が若い肉体に与えた体力すべてを、20歳前後にかけておのれの欲を満たすためだけに使ってきた。

寝る間を惜しんでCanCamの「エビもえ特集」を読みあさり、朝早く起きてくるんくるんの巻き髪にした。西に旨い店があると聞けば、西に行って食べ尽くし、東から酒の匂いがすれば、東に行って朝まで飲み明かした。残業があっても、「この残業代でエビちゃんワンピが買える!」と欲のために頑張った。

それが年を重ねた現在では欲がさっぱりない。可愛い洋服が欲しいとは思わないし、外に出かけるのは面倒くさいし、美容院なんて予約をするだけでも気合いを入れなきゃできないのである。恋愛がしたいとも思わない(しかし目の前に豊川悦司か高橋一生が目の前に現れたら話は別)。

とにかく他人に会いたくないのでそれに付随する欲がない。若い時に感じた手帳が予定でうまっていく喜びは一体何だったんだろうと思ってしまう。もともと面倒くさがりな性格であり、この世でもっとも嫌いな言葉が「絆」であったのが、新型コロナの蔓延でさらに加速した感じであり、他人と会って喋るなんぞ面倒くさくてしかたないのだ(しかし目の前に豊川悦司か高橋一生が現れたら話は別)。

なので、今の大学生を見ていると欲求は素晴らしいなと思ってしまう。「あれが欲しい」、「綺麗になりたい」、「美味しいものが食べたい」、「旅行に行きたい」という欲求は素晴らしく、生命の神秘であり、美しいのである。けっこうな頻度で「世の中に貢献する人間になって欲しい」と、自分がたいした人間でもないのに偉そうに大学生にのたまう大人を見かけるが、私は「自分の欲求を満たすために全力を注いで欲しい」と思う。なぜなら「ほとばしる欲求」は年齢とともに減少傾向になるからだ。かなりのご年配の方が本気で若い異性を追いかけている姿を見かけたこともあるので、老いてなおギラギラな人もいることは否定しないが。

ここまで年齢とともに失われていった欲求について悲観的に書いてきたが、老いてなお失っていない欲求がある。私の場合、それは「知識欲」であり、老いても現役というか、むしろ若い時よりも増している。なんというか、学べば学ぶほど、新しいことが知りたくなってきて、ファッションやお洒落な店に対して感じていた「もっともっと欲しい」という感覚が「知識」に対して蘇るのだ。

これについては36歳で大学に入学して良かったと思っている。なぜなら、ある程度のプレッシャーがある中で勉強することで、「知識の習得の仕方」という昔の感覚が取り戻せたからだ。趣味の範囲で勉強していたり、独学で勉強していたりするのもよいと思うし、学生時代のようにプレッシャーがなく自分の好きなように勉強するのが向いている人もいると思う。しかし、大学生が試験勉強の切羽詰まってやる勉強は、自分のなかで効率的な知識の習得の仕方を思い出させてくれた。

私はどうも「自分のペースで楽しんで学ぶ」ということはできないのだ。ある程度切羽詰まって勉強しないとだらだらやってしまうし、気分転換にはじめたゲームやドラマを見続けて一日が終わってしまう人間なのである。

だから、「単位を取らないといけない」という半ば強制的な状態で、知識を得るという経験を40歳目前にしておいて良かったと思っている。まあ、私が内田有紀みたいだったら年をとっても他に楽しいことがたくさんあったかもしれないが。

新しい知識というのは既知のものですら常に目の前のものを新しく見せてくれる。自分が新しく得た知識によって、今まで見えていたものがまた別の角度で見えるからだ。そして、そのことがさらに知りたいという「知識欲」を刺激してくれる。

今は現役バリバリで「知識欲」で満ちあふれているが、かつてギラギラしていた欲求を失ってしまったように、将来的には知識欲も失ってしまうのかもしれない。若者である大学生には自分の欲求に忠実に生きて欲しいと思う。なぜなら、欲求は減少していき、老いていくとそれが寂しく感じることがあるからだ。それと同時に、自分にも現在感じている知識に対する欲求はいつか消えてしまうかもしれないと言いたいのである。年老いたときに寂しく感じないように今ある知識欲を大事にして、さらに学びなさいと自分に言い聞かせているのである。

ほり屋飯盛(ほりやめしもり)
  • 昨年3月に大学を卒業しました
36歳で大学に入学。まわりの学生には19歳と偽り、はじめはオープンキャンパスの学生トークショーに出演したり上手くやっていて、来年こそはミスキャンパスもいけるかもと思っていたが、「プラザ」を「ソニプラ」、「プリント」を「わら半紙」と言ってしまったことから実年齢を怪しまれはじめる。最近では「ほり屋さんの年齢を探ると社会から消される」と噂が流れ、ミスキャンパスへの道が閉ざされ気味。社会科学専攻。38歳の目には最近の大学生や大学はどのように見えるのかなど書いてます。

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