桑原 武夫「ITを駆使して、ビッグデータ時代のマーケティングのエッジを歩く」
2014年11月11日
私の研究の専門領域は大きくはマーケティングです。その中でも、ビッグデータ時代のマーケティングや消費者研究にフォーカスを当てています。
ビッグデータは、ビジネスのニュースや書籍などで日常的にも聞こえる馴染みある言葉となりました。では、”ビッグデータ時代”とはいったい何を意味するのでしょうか。ビッグデータはマーケティングや経営にどんな変化をもたらすのでしょうか。私の研究・教育を紹介しながらビッグデータ時代の”今”をご紹介できればと思います。
ITの進化によって、膨大かつ多様な情報・データが、あらゆるところに蓄積され、アクセス可能となりました。さらに、ソーシャルメディアの急成長で、文章や動画といった定性的データも、容易に集められるようになっています。こうした現在の環境や技術などを総称して “ビッグデータ時代”と呼んでいると言えます。
しかし情報・データが、膨大で多様で複雑になるほどに、分析は非常に難しくなります。ビッグデータのもつ可能性が認識され、期待が高まる一方で、分析、予測、戦略立案、いずれもがより難しくなっているのも事実です。
そこで期待が高まっているのが、ビッグデータから有益な情報を “掘り起こす”、マイニングです。定量データの分析はデータマイニング、文章や画像といった定性的データはテキストマイニングと呼ばれます。複雑で大量のデータを解析し、視覚化・パターン化することで、消費者の購買行動予測や、マーケティング戦略立案に役立てることができます。
研究会3つのテーマ
私の大学で行っている研究会のテーマの1つは、ソーシャル・リスニング&マイニング研究です。TwitterやFacebookなどのソーシャル・メディアに書き込まれる意見を収集・分析することによって、マーケティング戦略の策定に役立てることができます。カフェを例に挙げると、スターバックスコーヒーやタリーズなどの各ブランドが、Twitterなどで1日にどのくらいつぶやかれていて、どういう言葉(キーワード)と一緒に書き込まれるのかを探り、競合と比較しながら調査しています。
2つめはブランド・イメージの変遷を追跡し、そのメカニズムを探求するブランド・イメージ研究です。ネット時代にブランドのイメージがどのように変遷し、現在に至るのか。それをどのように役立てるのか。継続的に行っているモニタリング調査をもとに、分析を行っています。2014年からはブランドの価値を財務的な視点で検証するプロジェクトにも取り組んでいます。
最後は、最適なメディア戦略を探るクロスメディアの効果測定と研究です。
どのようなメディアの組み合わせが一番効果的なのかをデータをもとに実証します。消費者が日々、どういう新聞、雑誌、テレビと接しているのか、また、どういうホームページを見たか、をつぶさに調査しながら、テレビや新聞の出稿データとあわせた分析も行っています。これからの調査から、興味のなかった商品にユーザ(視聴者)が関心を持ち、購入する購買意欲のスイッチが入るタイミングも分析することが可能になります。
R言語
私は、大学の研究会、授業、およびビジネスパーソンを対象とした講座(慶應MCCやマーケティング協会)いずれにおいても、「R言語」を用いています。
R言語は、AT&Tのベル研究所が開発したS言語を前身としています。多数の優秀なメンバーが開発に関わっており、世界で最も、進化が早いソフトウェアともいえます。言語と聞くと急に、高度な専門的知識・スキルを要する印象を持つ方も多いと思いますが、R言語の特徴は、プログラミングの知識がなくても、使いこなすことができることで、この画期的な使いやすさと開発の速さから全世界で急速に活用が広がっています。
研究会ではR言語のプログラム開発を、学生たちがテーマに合わせ自ら行っています。それにより、より迅速で、正確なデータ収集ならびに統計解析が実現します。
実証と解釈
学生たちは、研究に没頭するがあまり、ともすると1つの価値に陥ってしまいがちになります。そこでサブゼミでは、自分の考え方を相対的に見つめ直せる書籍を課題として取り上げて、自ら発表します。こうした輪読は、消費経験をテクストとして読み解き理解する解釈的な方法を身に付けることができます。
研究においては”実証”を、輪読を通じては”解釈”という異なる2つの視点を併せ持つことで、複雑な時代の市場や消費の奥行きを捉えることができます。
ビジネスパーソンについても同様です。ビジネスパーソンの皆さんは、実務経験や社会経験が豊富にある分、”解釈”については勘どころやセンスや技術をお持ちです。ビジネスパーソン向けの講座では、”実証”するためのスキルと、2つの視点をつなげる思考力を鍛えることを意識し、構成しています。
エッジを歩く
“実証”と”解釈”という異なる2つの視点を併せ持つ。それにより、複雑な時代の市場や消費の奥行きを捉える。私は消費者研究という領域の中でこのことを、”エッジを歩く”と表現し、新しい発見をもたらす中心的なルートだと考えています。
創造性の本質やイノベーションを見出すことは、今日の不確実性の多い社会において、必ず求められる力です。私はこれからも、研究会、授業、講座いずれにおいてもこれを追及し続けたいと思います。
慶應義塾大学 湘南藤沢事務室 「SFCの現場」の研究会紹介を、著者と発行者の許可を得て加筆/編集。無断転載を禁ずる。
- 桑原武夫(くわはら・たけお)
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- 慶應義塾大学総合政策学部教授
- 『ソーシャル&データマイニング―R言語を用いたデータマイニング実践―』講師
- 1984年 慶應義塾大学文学部卒業。1989年 同大学博士課程修了。博士(社会学)。1993年 慶應義塾大学総合政策学部専任講師、2006年より現職。
専門はブランド・マーケティング、クロスメディア戦略、消費者行動論、予測モデル開発。
企業等との共同研究プロジェクトにおいて、ソーシャル&データマイニングをはじめ、R言語を用いた実践的分析を多数実施している。また、「お父さんが子どもに教えるようなわかりやすい統計」を掲げて講義に執筆にと活躍中。
主な著書に『ポストモダン手法による消費者心理の解読』(共著、日本経済新聞社)、『マーケティングと消費者行動』(共著、有斐閣) 、『消費者・コミュニケーション戦略』(共著、有斐閣) などがある。