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大阪桐蔭物語 – 「負け」を力にする王者

2018年11月13日

 「去年の仙台育英やん」 二塁手の山田くんが笑います。

 「去年の二の舞にはならんぞ」 主将の中川くんは力強く言いました。

 2017年、夏の甲子園3回戦、仙台育英戦。春の王者として、大阪桐蔭は春夏連覇を掲げて臨みました。当時2年生の最強世代からは、中川くん・山田くんが内野手として、根尾くん・藤原くんが外野手としてスタメン出場、さらに柿木くんが先発マウンドを任されました。3年生のエース徳山選手のアドバイスを受けながら投球フォームの修正を繰り返し、無失点で9回まで力投を続け、いよいよ9回2アウト、1-0。粘る仙台育英は、ランナーを2人溜めていました。それでも、あと1人アウトにすれば終わり。続くバッターの打球はショートゴロ。ショートからファーストを守る中川くんへ送球。3アウト、試合終了。

 と、選手たちが喜びかけたのもつかの間。1塁の塁審は「セーフ」のポーズ。バッターがヘッドスライディングをした瞬間、中川くんの足はベースから離れていました。なにが起こったかわからないというように視線を泳がせる中川くん。そしてマウンドの柿木くんの表情に表れるのは、焦りと動揺。そのまま仙台育英は試合の流れと球場の応援を味方につけます。そして、続く仙台育英バッターの放った打球は、センター方向へ鋭い軌道を描いていきました。スタンドを包む、拍手と歓声。
 逆転サヨナラ。春夏連覇という、大阪桐蔭3年生の夢は断たれました。
 茫然自失、中川くんはただ泣き続けます。「俺が先輩たちの夢を壊してしまった」。3年生にいくら「お前のせいじゃない」と言われても、中川くんの涙は止まりません。そんな彼に当時の主将、福井選手は言います。「折れるな、お前が折れたらチームが折れる」。主将の想いが伝わったんでしょう。中川くんは敗戦の日の夜に決意します。
 「甲子園の悔しさは甲子園でしか晴らせない。来年こそ、忘れ物を取りに帰る」。

 試合翌日、西谷監督はさっそく新チームの主将を決めるために動き出しました。選手1人ひとりを呼び出して話を聞くと、部員たちが主将にふさわしいと口にする男はたった1人、中川くんでした。そして新たな主将を支える副主将に選ばれたのは、入学当時から最も注目されてきた選手であり、チームの中でも一目置かれる存在の根尾くんでした。彼自身、「主将は中川でお願いします。自分は副キャプテンとして、中川にできないことを動き回ってやります」と監督に話し、自分が先頭に立つのではなく、中川くんを支える立場を選びました。
 最強世代、最後の1年。主将・中川、副主将・根尾。新チームが発足しました。

 中川くんの帽子に、福井主将が書いてくれた言葉があります。「主将力」「キャプテンでチームは変わる!」。福井主将たち先輩の思いと夏の悔しさを胸に中川主将が目指したのは、「最高で本物のチーム」。

 けれど、その理想は遠い。最強世代の弱みは、最強世代であること。1年生からベンチ入りしているような選手が多い分、個人に走りがちで、大阪桐蔭の精神である「一球同心」を体現できずにいました。誰かがミスをすれば、周りからの声が途切れることもしばしば。チームをまとめるため、キャプテンである自分は嫌われ者に徹するべきだと中川くんは考えました。

 嫌われてこそいいキャプテンだ。勝つためならどれだけ嫌われたってかまわない。最後の夏が終わったときに、中川がキャプテンでよかった、と言ってもらえればそれでいい、この信念を胸に、中川くんは部員たちに厳しい言葉をぶつけ続けます。時には、監督から「もっと他に言い方があるんじゃないか」と言われるほどに。不調で不貞腐れ、やる気をなくしたレギュラーメンバーをグラウンドから追い出したこともある。目の前で泣かれても、厳しさは失わない。「お前だけのチームじゃない。お前だけよかったらいいんじゃない。お前が悪くても、チームが勝てばそれでいいねんで」。それでもチームはまとまらず、グラウンド横のトイレで1人泣いたこともある。
そんなキャプテンと部員たちを支えたのが、副キャプテンの根尾くんでした。さりげなく部員一人ひとりに声をかけたり、誰よりひたむきに野球に取り組む背中を見せて周りに刺激を与えたり。
 そして常に「中川が作ったチームなので」とキャプテンを立て、一歩後ろでみんなを支え続けました。

 未完成なチームのまま、大阪桐蔭新チームは秋季大会を次々に勝ち上がりました。やはり、今年の大阪桐蔭は最強か。大阪大会では宿敵・履正社を破り、続く近畿大会でも強豪・智弁和歌山を破って優勝しました。この時点で、翌年春の甲子園は確約されました。そして進出した秋の明治神宮大会。ここで、彼らにとって大きな出来事が起こりました。
 準決勝、創成館戦。この日、なにかの歯車が狂っていました。シートノックの時点からファンブル、試合中も守備のエラーを出した根尾くん。右膝を痛めて自慢の快足を封じられ、さらに打撃も振るわない藤原くん。1年夏からベンチ入りしている、最強世代双璧の不調。チーム全体を覆う、停滞した空気。7-4で、大阪桐蔭は敗退しました。

 この敗戦を機に、選手たちの目の色は変わりました。「このままでは駄目だ」。彼らは決意を新たにし、ぐっとチームが一つになり始めました。
さらに最強世代の中心選手9人は、春の甲子園を控えた2月頃に、1冊のノートを記し始めました。その表紙には、「本物 最高最強のチーム作り 日本一への道」と大きく堂々とした文字で書かれています。1人ずつその日の練習や試合について自分の思いや考えを書き、それを全員で共有するノート。最初は自分のことを書く選手が多かった中、次第にチームについて書く選手が増えていく。ページが足りなくなれば、新しいノートを継ぎ足していきました。

 夏の敗戦と秋の敗戦。そして厳しい冬のトレーニングを経て、「最高で本物のチーム」へと前進した最強世代は、とうとう甲子園の舞台に戻ってきました。春の第90回選抜高等学校野球大会。先輩たちの夢だった“史上初、二度目の春夏連覇”を果たすためには、ここで優勝しなければなりません。順調に、危なげなく勝ち上がる大阪桐蔭ナイン。
 しかし、準決勝の三重戦では先制の2点を許してしまいます。しかし甲子園のグラウンドに立つ彼らは、もう個人に走っていた秋の頃の彼らとは違いました。つなぐ野球で9回裏に同点に追いつき、その後延長12回まで戦い抜いてサヨナラ勝ちを果たします。
そして迎えた決勝戦。相手は、近畿大会で大阪桐蔭に敗北を喫し、“打倒・大阪桐蔭”を掲げる智弁和歌山。点を取られればすぐに取り返し、さらに畳み掛ける大阪桐蔭ナイン。
 迎えた9回、5-2。先発投手の根尾くんが最後のボールを掴んで一塁ベースを踏み、試合が終わりました。マウンドに集まり、歓喜に湧く最強世代。春夏連覇に向けて、「春連覇」という大きな大きな関門をくぐり抜けました。

 春の王者の称号を得て、名実ともに「王者」となった最強世代率いる大阪桐蔭。それでも、彼らに驕りはありません。「自分たちは、最強世代でも王者でもなんでもないんです」「王者でなく挑戦者。夏は勝ち切ったことがないですから」

 彼らは決して王者の名に胡座をかくことなく、常に相手チームをリスペクトし、フェアプレーの精神を忘れません。それを象徴するのが、試合中にベンチメンバーが見せる気配りです。打球を身体に受けた相手選手がいれば、即座にその選手のもとへと駆け寄り、冷却スプレーをかけて手当てを行います。熱中症気味になって足がつった選手がいれば、水と氷のうを持って全力疾走。大阪桐蔭メンバーの野球に向き合う姿勢も、全国の高校球児たちが彼らに憧れ、そして超えようとした理由の一つだったのだと思います。

 選抜後の春季大会。夏の予選に向けて、チームの完成度が問われます。ここで西谷監督が踏み切ったのは、大幅なメンバー変更。藤原くんが右膝の治療に専念するために登録されなかっただけでなく、エース柿木くんもベンチを外されました。レギュラーメンバーたちの練習にも参加が許されず、課されたのは徹底した走り込み。悔しさともどかしさを抱えながらも、柿木くんはひたむきにトレーニングに打ち込み、誰よりも逞しい下半身を手に入れました。そして中心選手を欠いた状態でも、大阪桐蔭は大阪大会、近畿大会ともに優勝を果たし、層の厚さを見せつけました。
 しかし、6月の招待試合では2連敗を喫します。負けを恐れるあまりに、消極的なプレーを繰り返してしまった結果でした。監督には「こんな感じで夏の大阪大会も負けるんじゃないか」「どの投手が使えるかはっきりしました。誰も使えません」と言い切られてしまいました。しかし、最強世代はいつも、敗戦によってさらなる高みへと登ってきました。

 そして迎えた、夏の予選。監督が期待を込めてエースナンバーを渡したのは、柿木くんでした。昨年夏は、先輩から託されたマウンドを守りきれなかった。今年の春は、優勝のマウンドに立つことすら許されなかった。だから、今度こそ本物のエースになる。そう柿木くんは決意します。

 エース争いの影には、とある選手の苦悩もありました。中学時代はボーイズ日本代表にも選抜されたピッチャー、小谷選手です。昨年夏の故障以来、レギュラー争いに参加できずにいた彼に、監督は春の選抜で記録員の役割を任せました。大阪桐蔭の記録員は、「データ班」という役割を担います。対戦校のデータを事前に分析して選手に渡し、さらに試合中はスコアをつけながら事前データと今日のデータを照合して新たなデータをまとめ上げ、選手に伝える。決して楽な仕事ではありません。小谷くんだって、自分がマウンドに立ちたかったというのが本音でしょう。それでも彼は、データ班としての役割を全うし、春の優勝に貢献しました。
 そして彼は、夏もデータ班としてチームの春夏連覇のため全力を尽くすことを決めました。「自分の立場で、できることをサポートしていきたい」。他校への視察とビデオの分析を繰り返し、大会期間中は睡眠時間を削ってデータを選手に渡しました。

 そのデータの裏をかくように、対戦校は奇策を仕掛けてきました。しかし自分たちの野球を乱されることなく、大阪桐蔭は勝ち上がり、準決勝の舞台へ進みます。相手は宿敵・履正社。履正社の先発マウンドは、なんと公式戦初登板の外野手でした。データが足りない。苦戦を強いられる大阪桐蔭ナイン。9回表、3-4で1点ビハインド。ここでせめて同点に追いつかなければ、甲子園の舞台へは行けない。先頭打者がなんとか出塁するも、続くバッターの石川くんがまさかのバント失敗、併殺。あと1つのアウトで終わってしまう。しかし、ここから大阪桐蔭の驚異の粘りが始まりました。口火を切ったのは、四球で出塁した俊足巧打の宮崎くん。続くキャプテン中川くんは、ファールで粘り続けた末に、四球を選んで執念の出塁。そして続くは最強世代屈指のバッター藤原くん。

 チーム1の負けず嫌いで、プロ野球でのトリプルスリー、ゆくゆくはメジャーリーグに進出するという夢を臆せず語る彼が、ただ後ろに続くことだけを考えて、相手投手の制球の乱れを見極め続けます。3者連続四球、満塁。打席に立つ根尾くんの表情に、焦りは微塵もありません。ここまで積み重ねてきた練習、噛み締めた敗北の味、切り抜けてきた絶体絶命の場面、全てを信じていたのでしょう。そしてそれは、他の仲間たちも同じ。ベンチで声を張り上げる選手たちの中に、敗北を予感して涙するような人はいませんでした。
 決して揺るがない王者の気迫に、履正社のピッチャーは制球の乱れを修正することができません。四球、押し出しの1点、同点。しかし、ここで一息ついて緩む大阪桐蔭ではありませんでした。続くバッターは、他の学校に行っていれば4番バッター間違いなしと言われるクラッチヒッター、山田くん。高めに浮いた球を逃さず、バットを振り切り、打球は三遊間を抜けていきました。2人ホームに生還、6-4。
 そして9回裏、マウンドに立ったのはエースの柿木くん。気迫溢れる投球で、履正社打線をぴしゃりと抑えます。宿敵との激闘の末、大阪桐蔭は大阪大会決勝戦に駒を進めました。
 決勝戦では打線が爆発し、これまでの大阪大会決勝戦での最高得点記録を塗り替える23-2で大勝。

 史上初、二度目の春夏連覇を目指して。
 大阪桐蔭は、夏の甲子園の舞台に帰ってきました。

 初戦の相手は、2016年夏の王者、作新学院。最強世代の二枚看板、4番藤原くんと5番根尾くんの長打もあり、9回の時点で3-0と勝ち越し。
 しかし2人のバットが火を噴く中、3番の中川くんにはヒットがまったく出ません。「どん底のどん底。バットも握りたくない状態」とまで言うほどの打撃不振に苦しむキャプテンに、監督はこう語りかけました。「お前はいくら三振しても変えない。お前が今まで作ってきたチームだから」。
 キャプテンが打てないなら、他の打者がキャプテンの分まで打つ。投手陣が守り抜く。それが大阪桐蔭の野球でした。
 しかし、甲子園の9回には“魔物”が棲んでいる。先発した柿木くんの制球が乱れ、1点を失います。マウンド上に集まる内野陣。柿木くんに向かって根尾くんは一言、「俺が投げよっか?」。逆境でこそ闘志を燃やすエースは、マウンドを譲ってたまるかと奮起。本来の投球を見せ、試合を勝利で終わらせました。

 2回戦の沖学園戦では、先発投手の根尾くんが先制点を許すものの、自分が取られた点は自分で取り返すとばかりに、7回にバックスクリーンに本塁打を叩き込みます。この本塁打に、あるスラッガーが目の色を変えました。大阪桐蔭に入学する前から、根尾くんを最大のライバルとして意識し続けてきた、藤原くんです。8回に、藤原くんが左中間に豪快なアーチ。アベック弾がここに実現しました。バッターたちの活躍に、9回に登板したエース柿木くんも燃えます。自己最速の151km/hを記録し、この記録が夏の甲子園全体での最速記録となりました。

 そして3回戦、高岡商戦。昨年はここで先輩たちの夢が潰えました。中川くんは「あの日を忘れた日は1日もない」と言います。
 大阪桐蔭の先発は、190cmの長身を持つ左腕、横川選手です。夏の甲子園初登板の横川くんでしたが、1点を奪われながらも大崩れすることなく、最小失点で切り抜けた横川くんの力投に応えるように、大阪桐蔭バッターたちは反撃に打って出ます。逆転のタイムリーヒットを放ったのは、不調に苦しんでいたキャプテン中川くんでした。
 地力を発揮し始める大阪桐蔭打線でしたが、そこに高岡商のエース山田投手が立ちはだかります。4番藤原くんを無安打に抑え、計11奪三振。しかしそれに負けず劣らずのピッチングを見せたのは、6回からマウンドに上がったエース柿木くん。昨年の夏のあの日も、彼はここに立っていました。

 そして迎えた9回、スコアは2点リードの3-1、2アウトランナー二塁。高岡商が王者・大阪桐蔭から逆転勝利をもぎ取る瞬間を期待する甲子園のスタンド。あの日と酷似した状況。守備のタイムを取り、内野陣がマウンドに集まりました。山田くんが笑います。「去年の仙台育英やん」。一呼吸置いてキャプテンが一言、「去年の二の舞にはならんぞ」。力強く頷いて、彼らはそれぞれの守備位置に散っていきます。迎えた最後のバッターを、エースは空振り三振に切って取りました。片時も忘れることは出来なかった昨年夏のあの日から、ようやく彼らが解放された瞬間でした。

 そして、これからは最強世代にとって未知の領域。夏の甲子園、準々決勝。相手は、大谷翔平を彷彿とさせる大型右腕、渡邉投手擁する浦和学院。先発の渡邉投手から根尾くんが先制弾←打?を放ったのを皮切りに王者の打線が爆発、浦和学院を圧倒しました。藤原くんは1試合で2本のホームランを放ち、結果は11-2で大阪桐蔭の圧勝で終わりました。

 準決勝の相手は済美。2回戦で星稜との延長タイブレークを戦い抜き、劇的な逆転満塁サヨナラホームランで勝利を収めたチームです。甲子園の魔物を味方につけたようなチームに対して、大阪桐蔭は「決勝戦のつもりで戦う」と気を引き締めます。先発マウンドはエース柿木くん。立ち上がりはボールが高めに浮いてしまい、先制点を許します。しかし、打線の援護もあり、大阪桐蔭は逆転。スコアは5-2。最後までエースがマウンドを譲らず、155球で完投勝利。春夏連覇に王手をかけます。

 一方、もう一つの準決勝。古豪・日大三を破り、決勝戦行きを決めたのが秋田の「金足農業」でした。今まで甲子園での優勝経験がない秋田県、ひいては東北の夢を背負う、公立の農業高校です。
 大会が始まった当初はほぼ無名のチームでしたが、3回戦で強豪・横浜を破るなど、徐々に旋風を巻き起こしていきました。その中心にいたのが、エース「吉田輝星」投手。秋田大会からここまで、全試合完投勝利。絶対的エースの存在感と輝きを放ち、一挙に夏の主役に躍り出ました。
 主人公の前に立ちはだかる“ラスボス”として、王者・大阪桐蔭は決勝戦に臨むことになりました。金足農業に、大阪桐蔭から大金星を奪ってほしい。そして東北、秋田に優勝旗を。公立校に甲子園の夢を。そう願っていた人がたくさんいました。

 そして、大阪桐蔭ナインも日本中を吹き抜ける「金農旋風」を十分にわかっていました。決勝戦前夜、藤原くんはノートにこう記しました。「球場の雰囲気もアウェーになるかもしれないが、自分たちがやってきたことを信じて春夏連覇する」。
 その頃、大阪桐蔭のエース柿木くんは監督の部屋を訪れていました。彼は一言、「決勝も投げさせてください」。春の甲子園では、エースとしてマウンドに立つことは出来なかった。今度こそ、本物のエースに。

 決勝戦。試合開始のサイレンと共に一球目を投げ込んだのは、エース柿木くんでした。

 試合が進むにつれて、球場全体を異様な雰囲気が包んでいきます。吉田くんが一球を投じる度に歓声を上げ、拍手するスタンド。金足農業の“魔曲”、Gフレアに合わせて立ち上がり、両手を打ち鳴らし、声を張り上げる。そしてこの雰囲気が、金足農業を主人公に、大阪桐蔭をラスボスに仕立て上げていきます。ラスボスは、最後には負ける運命。途中までは主人公を追い詰めても、最後の最後で……それが物語の決まり事。
 物語のテンプレートをなぞるように、大阪桐蔭は先制点を奪います。さあ、いつ金足農業は逆転する?その瞬間を待ってるぞ。そう思っていた人はたくさんいるでしょう。

 しかし、大阪桐蔭もまた“主人公”でした。
 決して手を抜かない、決して油断しない、決して球場の雰囲気に飲み込まれたりしない。これは、俺達の物語だ。そう高らかに宣言するように、大阪桐蔭打線のバットは快音を響かせ始めました。

 口火を切ったのは、4回裏にリードオフマン宮崎くんが放った3ランホームラン。
 5回裏には、まさかの打者一巡の猛攻。この回、根尾くんはバックスクリーン直撃の2ランホームランを放ちました。たまらず金足農業の内野陣は、マウンドのエースのもとに駆け寄ります。「俺もう投げられない」と弱音を吐くエース。その姿には、いつも強気で、全力で野球を楽しんでいる普段のエースの姿はありません。吉田のこんな弱気な姿は初めて見たと驚きつつ、吉田くんの小学校からの戦友であるセカンド・菅原くんは「俺たちが絶対逆転してやるから、ここは踏ん張れ」と力強い言葉でエースの背を押します。決意を新たにする金農ナイン。
 それでも、大阪桐蔭の打線を止めることはできません。
 6回裏、12-1。とうとう吉田くんはマウンドを降りました。ライトに下がる吉田くんに、日本中が拍手を送りました。代わりにマウンドに上がったのは、4番バッターの打川選手。打川くんの投球練習を、食い入るように鋭い視線で見つめていたのは、大阪桐蔭のキャプテン中川くんでした。昨年夏のあのミス以来、「100%の確認」をスローガンとして掲げてきた彼に油断は1%もありません。
 そしてそれは、他のメンバーも同じ。一切集中を切らすことなく、立て続けにヒットを放ちます。
 それでも金農ナインは、心が折れても仕方ないような場面でも「吉田のために」と足を使って泥臭く、一塁でも前へと食い下がります。

 スコアは13-2。9回表、金足農業の攻撃。マウンドに立つのは、先発のエース柿木くん。2アウト。さあ、あと1球だ。最高の瞬間を予感して、一瞬きらめく大阪桐蔭ナインの表情。打球は緩い放物線を描き、ライトを守る青地くんの頭上に落ちていきます。「もうこのメンバーで試合をするのも終わりなんや」。いつも笑顔を絶やさない彼の目に、涙が滲みました。

 試合終了。
 大阪桐蔭。史上初、二度目の春夏連覇。

 試合終了後、日本一の応援を届けてくれたアルプススタンドに、大阪桐蔭メンバーは深々と頭を下げます。顔を上げた彼らの顔には、とびっきりの笑顔が弾けていました。
 その中でたった1人、いつまでも顔を上げられずにいる選手がいました。キャプテンの中川くんです。こみ上げる感情を堪えきれず、崩れ落ち、顔をくしゃくしゃにして泣き続けます。その周りを取り囲む仲間たち。監督がいつまでも立てないままの彼を引き起こし、中川くんはやっとのことで立ち上がります。アンダーシャツでごしごしと涙を拭いながら、よろよろと歩いていった先に、副キャプテンの根尾くんが待っていました。キャプテンの背中を支え、2人でインタビューのマイクとカメラが待つ場所へ。涙に声をつまらせながら、キャプテンは自分をキャプテンとして受け入れてくれたチームメイトへの感謝を語ります。最後に、インタビュアーが尋ねます。「今年の大阪桐蔭、どんなチームでしたか?」

「最高で、本物のチームでした」

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…本当に「大阪桐蔭物語」という小説があるわけではありません。
 しかし、彼らの歩みは、そしてこの夏の100回目の甲子園は、「まるでマンガ」とすら言われるほど、ドラマティックなものでした。

 大阪桐蔭。彼らのことを知れば知るほど、高校球児全てを応援したくなりますし、「勝ち続けること」そしてチームづくりの難しさを痛感します。

 スポーツでもビジネスでも、そして人生でも「常勝」はありえません。だからこそ彼らのように「負けを力にする」ことが大切なのだと思います。

 最後に、今回お読みいただいた物語を組み立ててくれた我が娘、桑畑幸菜に感謝の意を表したいと思います。ありがとう。今度はプロのグラウンドで彼らを一緒に応援しよう!

(桑畑 幸博)

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