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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2018年03月13日

『ビジネススクールで教える経営分析』太田康広(日経文庫)

ビジネススクールで教える経営分析
著:太田康広 ; 出版社:日経文庫 ; 発行年月:2018年2月; 本体価格:929円

「ざっくりイメージすることから理解を深め
指標の使い方をあっという間にマスター」

と帯にあります。
経営分析とは財務諸表などの会計情報から、企業の実力や問題点を定量的に分析することです。それがそう簡単に理解できかつできるようになるはずはありません。“あっという間にマスター”は少なくとも言い過ぎでしょう。
と、私は正直なところ思いました。しかし実際この一冊を手にとってみると、とても腑に落ちました。一番には、“ビジネスを学ぶ”とは、つまり、こういうこと、という感覚です。

著者の太田康広先生は慶應義塾大学ビジネススクール教授で、慶應MCCでも『会計情報から経営を読み解く』プログラムに13年にわたり登壇いただいています。その太田先生が、“普通の企業人が、自分の仕事の役に立たせるため、自分でやる経営分析もあるはず”と執筆されたのが本書です。

全5章のタイトルが優れています。 “普通の企業人”の目線によるメッセージにもなっているのです。

第1章 「ひと目でわかるように」
第2章 「ビジネスのスピード」
第3章 「キャッシュまでの距離」
第4章 「利幅とスピードの借金の力」
第5章 「この会社、カネ貸して大丈夫か?」

特に第5章は多くのビジネスパーソンが一度は思ったことがあるのではないでしょうか?
なぜ経営分析が必要なのか?大きく言えば、この会社は大丈夫だろうか、という疑問への答え、不安に対する安心の根拠やつきあい方のコツを探したいからでしょう。ビジネスではさまざまな企業とさまざまな関わり方があります。お金を貸すとはつまり、この会社をどこまで信用できるだろうか、の意味。どんな業界・業務の普通の企業人も自分と関わりのあるものだと感じます。

第5章の事例の一つに、スカイマークの倒産を解説しています。LCCはビジネスニュースでも話題で、利用者としての実感も加わるので、イメージしやすいビジネスです。
大きな有形固定資産に伴う大きな変動費。価格が安いため利益率が低くなるかわりに、搭乗率で効率を高めて収益を上げていくビジネスモデル。太田先生の説明を読むだけで、ビジネスの特徴が、財務諸表の図と数字にするするとつながっていきます。

そこから「この会社、カネ貸して大丈夫か?」の答えが見えてきます。
借金がないことは良いことと思いがちですが、お金が必要になったとき頼りになるメインバンクがないことでもあります。変動費というと事業規模や事業計画に応じて調整が可能なイメージですが、エアライン業界には、変動費の大部分が固定費同様の性格を持ち、コントロールがきかない、つまり事業収益に連動して変動費が調整できないという特徴があります。
なぜスカイマークが倒産したのか、その疑問に図と数字が答えます。そして、こうした事例が自分のなかでイメージとして蓄積されていきます。

経営分析の一般的な本はおおむね、指標や式をいかにわかりやすく解説するかに力が注がれています。説明の仕方や文章は工夫されていますが、必ずしも丁寧さや平易さが “解かる”にはつながらないことがあります。そんな中、この一冊が示す、疑問が沸いてくるように進めるスタイルはビジネスの学びにおいてとても大事なポイントだと思います。

今から13年前、私は慶應MCCで太田先生に初めて登壇いただいたとき、プログラムを担当していました。海外のビジネススクールの教壇に立ち、専門分野が最先端だった先生のレクチャー内容やレベル設定は特に難易度が高く、数字が苦手な私には歯が立ちませんでした。振り返れば当時の私はまだこの仕事を始めて間もなく、マネジメントはもとより営業や企業との契約といったビジネス経験全般が乏しかったので、そもそも経営分析がどういうものか、なぜ必要なのかをわかっていませんでした。数字が苦手で経験も浅い私が投げかける、低レベルかつ生意気かつたくさんの疑問に、先生は常に丁寧に向き合い、わかるように説明をしようと、いつも接してくださっていました。

ジャーナリストの池上彰さんが著書『相手に「伝わる」話し方』で、思いやりということを述べられています。

「相手は何を知りたいのだろうということを、常に考えます。そして、そのためにはどんなことを話せばいいのか考えます。」「それが、思いやりなのです。」

読む文章と話す文章の違いはありますが、この一冊に私は、太田先生の思いやりと工夫、そしてご苦労を感じました。あの頃から13年。太田先生がたくさんの“普通の企業人”たちに対してレクチャーやディスカッションのファシリテーションをしてこられた経験をふまえて綴られた一冊なのだなと感じるのです。

(湯川 真理)

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