ファカルティズ・コラム
2025年06月16日
アポトーシス:組織にも必要不可欠な「死」のメカニズム
突然ですが、夏の夕暮れ時、公園や河川敷でモヤモヤと空中に群れている「蚊柱」を見たことはありませんか? あの蚊柱を作っているのは、実はほとんどが「ユスリカ」という、蚊に似ていますが血を吸わない虫たちです。
このユスリカ、成虫になってからの寿命がたったの数日、短いものでは1日とも言われています。さらに驚くべきは、成虫になったユスリカの多くは、口や消化器官が退化して、ほとんど機能しないということです。つまり、彼らは成虫になってからは何も食べず、ひたすら子孫を残すためだけに生き、その短い一生を終えるのです。
なぜ、彼らは「消化器官」という生きる上で非常に重要な機能を、あえて持たないのでしょうか? そして、その短い命を終えるのは、ただの「死」なのでしょうか?
実は、このユスリカの生殖に特化した潔い生き方と、その後の生命の終わり方には、私たちの体や、ひいては会社などの組織にも通じる、ある驚くべき生命システムが隠されています。それが、今回のテーマである「アポトーシス」です。
アポトーシスは、簡単に言うと「細胞の計画的な死」のこと。え?死ぬことが大切なの?って思いますよね。でも、ちょっと想像してみてください。
例えば、私たちは胎児のとき、指と指の間には水かきのようなものがありますが、それが成長するにつれて、きれいな5本の指になります。これは、指の間の細胞がアポトーシスによってきちんと取り除かれたおかげです。
もし、この細胞たちが死ななかったら…想像するだけでちょっと怖いですよね。
他にも、私たちの体では毎日、たくさんの細胞が新しく生まれては、古くなったり、傷ついたりしています。これらの不要になった細胞をそのままにしておくと、体の機能がうまく回らなくなってしまいます。そこで登場するのがアポトーシス。古くなった細胞や、がん細胞のように異常になった細胞を、周りの細胞に迷惑をかけることなく、静かに、そして確実に処理してくれる、まるで体内の掃除屋のようなシステムです。
例を挙げると…
指や手の形成: 受精卵から成長していく過程で、不要な細胞がアポトーシスによって取り除かれ、指や手のような複雑な形が作られます。
免疫細胞の選別: 私たちの体を守る免疫細胞の中には、間違って自分の体の細胞を攻撃してしまう危険なものが存在します。アポトーシスは、このような自己反応性の免疫細胞を排除し、自己免疫疾患を防ぐ役割を担っています。
がん細胞の抑制: がん細胞は、無秩序に増殖する厄介者ですが、正常な細胞にはアポトーシスを誘導する仕組みが備わっています。これにより、初期のがん細胞は自然に死滅することがあります。
このように、アポトーシスは、私たちの体が正常に機能するために、なくてはならないシステムなんです。
さて、ここでちょっと視点を変えて考えてみましょう。私たちの体で、古い細胞や不要な細胞がアポトーシスによって取り除かれるように、会社や組織といった「社会的な体」においても、同じようなメカニズムが必要なのではないでしょうか?
例えば、「3年後のアポトーシス」を前提とした部署の設立という考え方はどうでしょう。
ある会社が、新規事業の立ち上げのために、3年間の期間限定の特別チームを発足させたとします。このチームのミッションは、新しい市場を開拓し、事業の基盤を築くこと。最初から3年後にはチームを解散し、そこで得られたノウハウや成果は既存の関連部署に吸収されることが決まっています。
このような期間限定の部署には、いくつかのメリットが考えられます。まず、目標が明確になるため、メンバーは集中的に成果を出すことに注力できます。 また、「いつか終わりが来る」という意識があるため、常に効率的な働き方を追求し、無駄を省くインセンティブが働きます。 そして、期間終了後の解散が前提となっているため、組織全体の硬直化を防ぎ、新しい風を吹き込むことができます。 まさに、古くなった細胞がアポトーシスによって自然に消滅し、新しい細胞の成長を促すような効果が期待できるのではないでしょうか。
一方で、組織は生まれた直後に、その組織を存続させることを第一の目的としやすいという傾向があります。これは自然な流れであり、組織の安定性を確保する上で重要な側面です。しかし、この「存続至上主義」が強すぎると、本来の目的や役割が形骸化しても、組織を維持すること自体が目的となってしまうことがあります。結果として、時代遅れの部門や、成果を生まない事業が温存され、組織全体の効率を低下させる可能性があります。
「3年後のアポトーシス」を前提とした部署設立は、このような組織の硬直化を防ぐためのアンチテーゼとなるかもしれません。もちろん、メンバーのモチベーション維持や、解散後のキャリアパスの設計など、慎重な検討が必要となるでしょう。しかし、「不要なものを手放し、新しいものを生み出す」という視点を持つことは、変化の激しい現代において、組織が持続的に成長していくための重要な鍵となるのではないでしょうか。
皆さんは、この「組織のアポトーシス」について、どう思われますか?
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