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夕学レポート

2021年01月12日

池上 彰「世界の読み方2021」

池上 彰
ジャーナリスト
講演日:2020年11月9日(月)

池上 彰

11月3日の米国大統領選挙投票日前後、池上彰さんはTV各局の報道番組、ワイドショーから引く手あまたの状態であった。
池上無双と評される、その鋭い切っ先で、大統領選挙をスパッと切って欲しいということであろう。
投票日前日の番組では、民放女性アナウンサーが容赦なく迫ってきたという。

「池上さん、いったいどちらが勝つと思いますか?」

池上さんと同じNHK出身の某氏がトランプ勝利を明言していることを意識してか、池上無双ばりの刃(やいば)を向けてきたようだ。

「私はバイデンだと思います!」
池上さんは、ジャーナリスト生命を掛けて、そう断言したという。

投票日当日夜の番組で、別の局のアナウンサーが同じ質問を投じてきた際には、次ように返した。

「バイデンが滑り込みで勝つが、トランプが次々と訴訟を起こして長引くでしょう」

結果はどうなったか。
説明するまでもなく、池上さんのジャーナリスト生命は守られ、本日(11月9日)の夕学五十講は、期せずして池上さんの勝利宣言?の場を兼ねることになった。主催者としては、アナウンサーに感謝したいところである。

「ホワイトハウスでは、泥船から逃げ出そうという人達が右往左往している」
池上さんは、そう評している。
メラニア夫人が敗戦を受け入れるように説得している、娘婿のクシュナー氏も説得中だ、周囲がクシュナーに説得してくれと頼み込んだのが真相らしい等々、ホワイトハウスからの情報は錯綜している。11月10日の新聞では、エスパー国防長官が解任(辞任説もあり)されたという。米国政府の中枢が機能不全に陥っていないかと心配になるほどだ。

バイデン勝利でホッとしている人は多いが、今回の米国大統領選で浮かび上がった「アメリカの分断」は深刻である。
トランプが獲得した7100万票は、12年前のオバマの獲得票を300万も上回ったと聞く。

「分断はトランプの4年間で生じた問題ではない。すでに分断していたからトランプが登場した。この4年で(分断)に拍車がかかったということだ。」

池上さんはこう喝破する。
バイデンが勝利宣言の第一声で語った「アメリカの融和」にはイバラの道が待っている。
バイデンが進めるマスク義務化政策は、分断の亀裂をさらに広げる素(もと)になってしまうかもしれない。アメリカの抱える構造的な問題は深刻である。

さて、池上講演のもうひとつのテーマは、「コロナの拡大をどうみるか」という俯瞰的な話であった。

「未来から現在を振り返る」

コロナ禍を考える時、池上さんが重視する視点である。
仮に30年後の2050年に身を置いたとして、2020年を振り返って、コロナによって起きた(変化した)と総括できる事象は何か、に思考を巡らせようということだ。

リモートワーク、在宅勤務の普及が一気に進んだことは間違いない。30年後に、コロナによって2020年に「働き方革命」が起きた、と振り返ることになるかもしれない。
池上さんが注力する大学教育も大きく変わった。いくつもの問題点を抱えてはいるが、オンラインだからできるメリットに、多くの大学人が気づいたことも事実だ。

マイナンバーカードの普及など、笛吹けど踊らず状態だった行政のIT化も岩盤規制が崩される可能性がある。「コロナ禍でデジタル化が急激に進んだ」という考察が30年後には一般的になるであろう。

池上さんによれば、歴史を振り返って気づくこともあるという。
感染症が歴史を変えてきた、という事実にである。
池上さんは、ボッカッチョの『デカメロン』を紹介してくれた。
1348年に大流行したペストから逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった10人の男女が、退屈しのぎに繰り広げる艶話集である。

『デカメロン』の文学史的な意義は、この本がルネサンス文化の嚆矢である、という点にある。
当時、感染症の前に為す術がなかったことでキリスト教会の権威は失墜していた。長い間欧州の中世的秩序を縛っていた宗教的な頸木・窮屈さから解き放たれたことで、人間の自由な表現欲求が開花した。
ルターの宗教改革も、活版印刷や羅針盤技術の発明も、同じ文脈にある。
ペストの大流行がルネサンスの促進剤になったのである。

もちろん感染症が変えた歴史には、多くの悲劇がある。
インカ帝国を滅亡の一因には、スペイン人が持ち込んだ天然痘の流行があったと言われている。
北米に入植したピューリタンが有していた感染症ウィルスが先住民に広がり、部族ごと全滅する悲劇もあった。ピューリタンは、先住民が消えた土地を「神が与えてくれた土地」と信じて開拓に勤しんだ。アメリカ建国史のダークサイドである。
神の福音が実現した(ように感じた)ことを信じる力が、いまも続く米国福音派(トランプの岩盤支持層)の原点だという。

1918~19年に大流行したスペイン風邪は、折からの第一次世界大戦で世界中に拡大した。5000万人の人が亡くなり、日本でも45万人の死者が出たとされる。
スペイン風邪は、連合国と同盟国の双方の兵士の間に蔓延し、戦争終結のきっかけになったと言われている。

感染症が、民族の消滅や戦争の終結をもたらした。感染症が歴史を変えたのである。

翻って、今回のコロナによる死者は世界で125万人に達し、収束の気配を見せぬままに拡大を続けている。
私達は、コロナによって生まれた(変化した)というプラス面をいくつ積み上げることができるでだろうか。
また、コロナによって引き起こされる悲劇、惨劇をどこまで抑制できるであろうか。
それが問われていることを感じた夜であった。

(慶應MCC城取一成)

池上 彰(いけがみ・あきら)
池上 彰
  • ジャーナリスト
1950年生まれ(長野県松本市出身)。慶應義塾大学経済学部卒業。1973年NHK入局。社会部記者やニュースキャスターを歴任。1994年から退職する2005年まで『週刊こどもニュース』の初代「お父さん」役として編集長兼キャスターを担当する。
在職中から執筆活動を始め、現在は大学、出版、放送など各メディアにおいてフリーランスの立場で活動する。鋭い取材力に基づいたわかりやすい解説に定評がある。
2013年には、前年放送の『池上彰の総選挙ライブ』(前述)が高く評価され、第5回伊丹十三賞を受賞。
名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授、信州大学特命教授、立教大学客員教授、愛知学院大学特命教授、順天堂大学特任教授、関西学院大学特命教授。

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