夕学レポート
2026年01月28日
松本 紹圭氏講演「グッド・アンセスター~私たちはよき祖先になれるか~」
子孫への責任を問う「グッド・アンセスター」というテーマを聞いた時、正直なところ、人はそこまで遠い未来に目を向けることができるものだろうか、と疑問を持った。そもそも「よき祖先」とはどんな祖先なのだろう?
先に結論から言ってしまうと、講演の中でこれらの問いに対する直球の答えを得ることはなかった。
なぜなら、講師の松本さんご自身が「『よき祖先になる』とはどういうことか」をいまだに思索し、機会があるごとにさまざまな人の意見を聴いているからだ。ちなみに、意見を聴く相手として名前を挙げたのがオードリー・タンさんや『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリさん、セールスフォースのCEOなど、とにかく豪華なことに驚いた。
それにしても、夕学講演会に参加していつも感じるのは、「ひとつの問いに真摯に向き合い、その問いを磨き上げてきた人が紡ぐ言葉は、たとえ答えまでの道のりが半ばであっても十分に傾聴に値する」ということだ。もちろん講演テーマにもよるが、お手軽に回答をもらうことよりも、その人が答えを求めている姿に触れられることにこそ価値があるのかもしれない。
会社=道場
遠い未来を考える前に、まずは今、ここに立っている私たちが生きるのに不可欠なのが労働だ。
これまでは「学校を卒業したら間を空けずに就職し、そのまま企業で働き続ける」のが当然だったが、昨今では卒業後に世界中を旅する人がいたり、学生時代から起業する人も少しずつ増えてきている。
とはいえ、学生生活が終わったら間髪入れずに会社員生活を選択する人がまだまだ大多数だろう。では「企業の中で生きていく」とはどういうことなのか。
ビジネスは、ある種「勝つ」ことを目的とした闘いの場だ。でも松本さんは、「企業は戦場ではなく、道場的なものに転換するタイミングが来ているのではないか」と語った。集団生活の中で自分自身を磨いたり、仲間といかに高め合いながら暮らしていくか、を学ぶ場としての企業。
ここで少しおもしろかったのが、「企業が掲げる美しい理念に惹かれて入社したのだが、実際にその会社での生活が始まってみるとやたら戦闘的な言葉が飛び交っていて、『思っていたのと違う』と辞めてしまう若い人がいる」という話。私が社会に出たのはバブル崩壊後の1994年だが、就活時に説明された企業理念など右から左で、まったく意識していなかった。会社の理念なんて、実際と乖離しているのが当然と思い込んでいたからだ。これは個人的な感覚なのか、時代の風潮なのか。同世代のみなさんの声を聞いてみたいものである。
それはさておき、ここ数年、新入社員研修の仕事をとおして若い人たちと話をすると「この会社の理念に惹かれて入社しました」という声を聞くことが少なくない。そしてその理念はたいてい社会貢献や環境保全など、利他的な要素を多く含んでいる。「他者のために働きたい」という彼らの美しい志が守られ、満足して働き続けられる環境が継続的に提供されることを願うばかりだ。
遠くに見えて、実は身近にある
「祖先」とか「子孫」と聞くと、たいそう遠い過去・未来の話のような気がする。しかし松本さんが話してくれたオードリー・タンさんのエピソードを聴いたら少し考え方が変わった。
オードリーさんは「1日ごと、朝に生まれて夜に死ぬ」と考えているそうだ。毎日輪廻している。そう考えると、今日の自分は明日の自分の祖先と言える。
なるほど、遠い子孫のために良きアンセスターになろうとするのは確かに難しい。でも明日の自分のために今日の私が少し気をつけることはできそうだ。
また、松本さんの「行動はクセの固まりなので、クセを変えることで行動も変えられる」という話も大いに励みになった。「自分のここが嫌だなあ」と思ったとしても、年齢を重ねると「そうは言っても、もう変えられないだろう」と思い込みがちだ。でもクセを矯正することで自分の欠点を変えて「良い自分」に近づけられるのなら、何歳からでも始められそうだ。今日の自分が少しずつでも良い方向を目指すことで、明日の自分を喜ばせることができるのならチャレンジする甲斐がある。
今回の講演のベースになっている書籍を読むことでこのあたりの理解を深められそうなので、本レポートを書き終わったら早速読み始めるつもりだ。
今日から始めるグッド・アンセスターへの一歩
この講演で私が最も考えさせられたのは、「自分の足元をしっかり見つめる」ことの重要さだ。
もちろん長期に立った思考は大切なのだが、そこから生じる理想と現実の間にある矛盾、概念的な議論と生身との間にある困難。これらのはざまで引き裂かれて身動きが取れなくなってしまっては本末転倒だ。むしろ自分がどこに立っているのかをきちんと知った上で、「明日の自分・未来の子孫のためにできることは何なのか」考えること。
それが「よき祖先」になるための最初の一歩であり、と同時に今日の自分の生を充実させるヒントにもつながるのではないか。
(千貫りこ)
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松本 紹圭(まつもと・しょうけい)

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- 僧侶
- 東京大学哲学科卒。武蔵野大学客員教授。インド商科大学院(ISB)にてMBA取得。世界経済フォーラム(ダボス会議)のヤング・グローバル・リーダー(YGL)に選出され、現在はGlobal Future Council on Responsible Leadershipのメンバーを務める。古くからの叡智と現代のリーダーシップ論を往還しながら、「よき祖先(Good Ancestor)」となるための道を経営者と共に探求している。著書『お坊さんが教える、こころが整う掃除の本』は世界20ヶ国語に翻訳され世界的ベストセラーに。翻訳書に『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』。近著に『Work Like A Monk』(米英にて出版)等。
- note:https://note.com/shoukei
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