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2026年02月09日

菊澤 研宗著『組織の不条理を超えて 不敗の名将・今村均に学ぶダイナミック・ケイパビリティ論』

菊澤 研宗
慶應義塾大学名誉教授、城西大学大学院経営学研究科長


はじめに

 1980年代の半ばごろ、私は防衛大学校で経営学の教官をしていた。当時、防衛大では経営学の評判が悪く、民間企業が金もうけをするための学問だととらえられていた。そして学生たちが経済活動へ関心を持ち、任官を拒否して企業に就職してしまう原因だとみなされていた。80年代バブル期の労働市場は売手優位で、大学生にとって非常に就職しやすい環境であった。その影響もあり、防衛大では民間企業へ就職する学生の数が異常に増え、学内では経営学への風当たりが強まっていた。
 そのころ、すでに、野中郁次郎先生を中心とした執筆陣によって『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(ダイヤモンド社、のち中公文庫)が上梓され、ベストセラーになっていた。しかし野中先生は防衛大学校から一橋大学に転出され、学内でのインパクトは薄れつつあった。
 私はこうした状況で、経営学も軍事組織に応用でき、十分に有用な学問だと証明する必要にせまられていた。そこで書き上げた本が『組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ』(ダイヤモンド社、のち中公文庫)である。軍人の一人ひとりは優秀だった日本軍が、組織として誤ったのはなぜだったのか。その原因を、現代日本にも見られる病理として経済学理論で分析した。そして、この本を執筆する過程で出会ったのが、日本陸軍の今村いまむらひとしだった。
 一般に研究者は、対象を批判的に分析することで新しい知見を見出そうとする。日本軍を分析するときも同様で、つい問題のある軍人に注目してしまう。たとえば、ノモンハン事件やガダルカナル戦で強硬な作戦指導を行い、多くの将兵を無駄死にさせた辻政信つじまさのぶ。また、補給なきインパール作戦で多くの将兵を餓死させたぐちれんなどである。
 ところが、そのような批判的な観点から見て、どうしても否定できない軍人がいたのである。それが今村均であった。彼は、戦場において一度も負けなかった。戦後、ダグラス・マッカーサーが彼を評して「リーダーとしての行動に真の武士道を見た」と言ったという逸話も残る人物である。
 これまで今村均については、戦時下における倫理的・人道的なマネジメントが大きくクローズアップされてきた。それゆえ今日、彼は「聖将」「仁将」と呼ばれている。しかし彼の軍事組織マネジメントは、倫理的であるのみならず経済合理的でもあったことに注目したい。さらに、変化に対応して自己変革ができる、持続可能なマネジメントでもあった。
 本書は今村均という軍人の伝記ではないし、今村均を中心とする軍事史でもない。本書は、歴史を学ぶのではなく、歴史に学ぶという本なのである。つまり、刻々と変化する戦場で展開された今村均のマネジメントを分析し、現代のような激変する世界で停滞し続ける日本企業へ、何らかのヒントを与えようとするものである。
 今年、2025年は昭和100年にあたり、戦後80年でもある。この節目に、本書が、現代日本のビジネスパーソンにいくらかの示唆を与えることができるならば、著者としてこれほど嬉しいことはない。日本企業の復活に期待したい。


組織の不条理を超えて 不敗の名将・今村均に学ぶダイナミック・ケイパビリティ論』(2025年、中央公論新社)の「はじめに」を著者と出版社の許可を得て掲載しました。無断転載を禁じます。


菊澤研宗

菊澤 研宗(きくざわ・けんしゅう)

慶應義塾大学名誉教授、城西大学大学院経営学研究科長

1986年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。防衛大学校教授、中央大学大学院国際会計研究科教授を経て2023年3月まで慶應義塾大学商学部教授。その間、ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員(1年間)、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員(2年間)として在外研究に従事。専門領域は経営学、組織の経済学、比較コーポレート・ガバナンス論、ダイナミック・ケイパビリティ論。

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