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ファカルティズ・コラム

2026年04月10日

巨大なる幻想のシンフォニー:特撮音楽の系譜と「人類の抗い」

このコラムや慶應MCCのメルマガのコンテンツのひとつてある「今月の一冊」でも度々書いているように、私は「クラシック音楽ファン」です。
特にマーラーやブルックナーといった「長大なシンフォニー」や、ラヴェルやチャイコフスキーに顕著な「流麗なメロディ」に強く惹かれます。

しかし私にはもうひとつ「特撮オタク」としての顔もあります。
(他にも「競馬ファン」や「ハードロックファン」など、様々な顔もありますが)

本日はこの「クラシック音楽」と「特撮」を結びつけて語ってみたいと思います。

そもそも、日本の特撮映画・テレビ作品を語る上で、その音楽は単なる背景音(BGM)の域を遥かに超え、一つの独立した音楽ジャンル、あるいは「現代の管弦楽作品」としての地位を確立しています。

これは複数の著名オーケストラが、演奏会やレコードで「SF交響ファンタジー(ゴジラ等東宝特撮映画の曲を再構成したもの)」や「交響詩ウルトラセブン」を取り上げている事実からも知ることができます。

今回のコラムでは、クラシック音楽の語法がいかにして巨大怪獣やヒーローの魂となったのか、その系譜について怪獣という圧倒的な自然の脅威に対し、知性と組織力で立ち向かう人間の「意志」を音面化した「人類の抗いの音楽」という視点で辿ってみたいと思います。



1. 祝祭的マーチと玉砕の美学:伊福部昭

日本の特撮音楽の祖として万人が認めるのが伊福部昭です。
現時点での最新作「ゴジラ -1.0」でも轟く「ゴジラのテーマ」は、ゴジラの巨大さ・凶暴さだけでなく、ある種の神による自然災害に対する「畏怖」も表現しています。

そしてそれに続いて流れることも多い「対ゴジラマーチ」。「ドシラ、ドシラ、ドシラソラシドシラ」というフレーズは、一度聞いたら忘れられません。

ちなみに続けて流れることも多いので、この曲を「ゴジラのテーマ」と勘違いしている方も多いのですが、本来それぞれ別の曲で、こちらはゴジラと戦う人類側の「戦う覚悟」「大切なものを守る意志」を表現しています。

変拍子を交えた複雑なリズムと土着的エネルギーに満ちた、ストラヴィンスキーの「春の祭典」にも通じる「戦士の舞踊」と言っても良いでしょう。

「対ゴジラマーチ」以外でも「怪獣大戦争」や「メーサー殺獣光線車のテーマ」に見られる金管楽器の咆哮は、圧倒的な破壊者に対する人類の「不屈の精神」を鼓舞します。

また同時に、その高揚感の裏には、神のごとき存在に挑む人間の傲慢さと、怪獣の反撃によって散りゆくものへの鎮魂歌(レクイエム)のような悲哀が通奏低音として流れています。



2. 科学への信頼と理想主義:冬木透・宮内國郎

そしてテレビの時代が訪れます。
ゴジラシリーズでその技術を磨いた円谷英二がテレビに進出したのが「ウルトラQ」に始まるウルトラシリーズです。

1960年代、ウルトラシリーズにおける人類側の音楽は、より明るく、「科学の勝利」を信じるモダニズムに溢れていました。

来るべき21世紀は科学の進歩によって素晴らしい時代が訪れる。誰しもがそう信じていた時代です。
都市空間に張り巡らされた透明なパイプの中をクルマが走り、宇宙開発も進む。ウルトラセブンにも時計型のテレビ電話などが登場し、子供だった私も未来を夢見てワクワクしていました。

それを象徴していたのがウルトラマンやウルトラセブンの音楽です。

冬木透による、「帰ってきたウルトラマン」に登場する、怪獣攻撃部隊「Monster Attack Team」通称MATの出撃シーンでかかる「ワンダバ」に代表される力強いコーラスや、宮内國郎によるウルトラマンの「科学特捜隊のテーマ」などは、整然としたリズムと明快な和声で構成されています。これは混沌(カオス)としての怪獣に対し、人類が「秩序(ロゴス)」をもって対抗していることを音楽的に表現しています。

加えて冬木はウルトラセブンの最終回でシューマンのピアノ協奏曲を使ったり、セブンの主題歌で「英雄の調」と呼ばれる変ホ長調に乗せてホルンを大活躍させるなど、より「かっちりしたクラシック」を取り入れることにも長けていました。



3. 都市防衛のリアリズムと軍事的緊迫感:大谷幸

しかし1990年代になると、60年代に夢見ていた「科学が勝利した輝かしい未来」は21世紀になっても訪れないであろうことが見えてきます。
日本ではバブル崩壊による「失われた10年」の始まりと、デジタル化(インターネット、Windows 95)による社会構造の激変が重なった、暗くも新しい文化が生まれた激動の時代でした。

また冷戦終結という国際情勢の転換点でもあり、国内では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など大きなショックが相次ぎました。

そんな中、1995年にスタートしたのが平成ガメラシリーズです。
そもそもが夢物語である特撮ドラマであるにも関わらず、あえてリアリティを追求したこのシリーズにおいて、音楽もまた「リアルかつ身近な危機」を表現していました。

音楽を担当したのは大谷幸。彼は人類と怪獣との戦いを、リアリティのある「国家の防衛システム」として描き出しました。

あえて従来のヒロイックなマーチを排し、刻々と変化する戦況を反映するような、無機質で緊張感あふれるミニマルなフレーズを多用しました。

また、政治と軍事のリアリズムの中で、淡々と任務を遂行する自衛隊や科学者のプロフェッショナルな姿を、打ち込みによるシンセサイザーと生楽器のハイブリッドな響きで冷徹に描写しました。

ちなみに大谷は平成ガメラシリーズを担当した金子修介監督がメガホンを取った「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」でも音楽を担当しています。
本作のゴジラは「太平洋戦争で散った英霊の怨念」という暗く重い設定であり、それに則ってガメラ以上に、そして従来のゴジラ音楽以上に重く、緊迫感のある音楽が、やはりシンセサイザーとフルオーケストラとのコラボレーションで奏でられています。



4. 組織の連帯と叙情的な献身:大島ミチル

2000年代に入ると、またガメラとは異なるアプローチが、特撮の本家ゴジラから生まれます。

「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」から3作のゴジラ映画の音楽を担当したのが大島ミチル。私と同年代の女性作曲家です。

彼女はこの作品で初めて従来の伊福部作とは異なる「ゴジラのテーマ」を作曲しました。
昭和版のような土着的なメロディでなく、ゴジラの「かっこよさ」と「巨大感」を重厚なリズムとシンフォニックな構成で表現しました。

また、ゴジラと戦う「機龍隊」と彼らが搭乗してゴジラと戦う「メカゴジラ(3式機龍)」のテーマ曲では壮大な管弦楽法を駆使し、鋼鉄の巨体に宿る「人間の魂」を表現しています。
勇壮ながらもどこか優雅さを湛えたメロディは、死を賭して戦う隊員たちの高潔な精神性を、ウルトラセブンの主題歌と同じ「英雄の調」で称えました。

しかし当時はアニメを除けば日本映画の冬の時代。
ゴジラも2004年の「ゴジラ FINAL WARS」を最後に冬眠に入ります。



5. 官僚機構の行進と破滅へのカウントダウン:鷺巣詩郎

ゴジラ映画が冬眠から覚めたのは2016年、「シン・ゴジラ」でした。

東日本大震災の記憶も生々しいこのタイミングでのゴジラ。

それは紛れもなく震災とそれに伴う福島第一原発事故のメタファーであり、政府の災害対策と外交、そして科学者たちと協力する民間企業の奮闘が描かれていました。

音楽を担当したのは鷺巣詩郎。父は漫画家でありテレビ特撮「スペクトルマン」を生みだした「うしお そうじ」であり、まさに特撮音楽を手がけるべく生まれてきた作曲家と言っても過言ではありません。

ポイントでは伊福部の「ゴジラのテーマ」や「怪獣大戦争マーチ」を使いつつも、全体的にドラマをまとめているのは彼の音楽。特にゴジラ第四形態が東京に上陸し、夜の都心を火の海(と放射能汚染)に沈めるシーンで流れる「Who will know」は、およそシーンとはかけ離れた女声独唱とコーラスをフィーチャーした美しく静かな曲です。

しかしそれだけにこのシーンの悲劇性や悲惨さ、そして人知の及ばない強大凶悪な力の前に為す術の無い無力感が伝わってくる「ニッポンへのレクイエム」となっています。
私は劇場でこのシーンを観て「もうやめてくれ…」とつぶやいてしまいました。

そして本稿のテーマである「人類の抗い」という視点では、人類の戦いを「巨大な事務作業」と「知性の総力戦」として再構築しました。
エヴァンゲリオンでもおなじみの「ドン・ドン・ドン・ドン・ドンドン」というティンバニのリズムの繰り返しとそこに乗るエレキギターのハードなリフは、まさにその象徴です。

ここで私たちは「頑張れ!」と登場人物やスクリーンには表れない名も無きエンジニアや自衛隊員たちを応援しています。



いかがでしたでしょうか。
少し特撮オタクとして熱く語りすぎたかもしれませんが、「人類の抗い」という視点での特撮音楽の系譜に興味を持っていただければ幸いです。

そしてぜひ、ネット配信などでご紹介した特撮音楽を聴いてみてください。

最後にそのきっかけとして、2027年1月までの限定で配信されている、NHK交響楽団による「SF交響ファンタジー」をお聞きください。


 

桑畑幸博

桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント

慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力

大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。

主な著書
屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版

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