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夕学レポート

2019年05月13日

きわめて日本的な「修験道」の世界 田中利典さん

田中利典今回は「修験道の世界~身体を使って心を修める~」と題して、奈良の吉野にある金峯山寺長臈(きんぷせんじ・ちょうろう)田中利典氏による講演が行われた。
「修験道」とは私には耳慣れない言葉であったが、田中氏は「日本古来の山岳信仰に、神道や外来の仏教、道教、陰陽道などが集合して成立した我が国固有の民族宗教」であると説明された。そう言われてもなおピンと来なかったが、修験道の修行をする人は「山伏」であると言われ、「ああ、弁慶なんかのアレのことか」と一応理解はしたものの、ということは山伏が現代にもいるのか?という驚きが今度は頭に浮かんだ。今私の目の前で話をしている田中氏が現代に生きる山伏なのかと思うと、何やら不思議な心持ちがした。
田中氏によると修験道には4つの要諦があるという。
一つ目は、それは「山の宗教・山伏の宗教」であるという点。聖なるものが住まう大自然において、山に伏し、野に伏して修行するのが修験道であるという。


二つ目は「実践の宗教」であるという点で、それは自分の身体を使って行じる宗教であり、一日に10時間以上も山の中をひたすら歩いてクタクタになっていないと体験し得ないものだということ。
三つめは「神仏習合の宗教」であり、極めて日本的な祈りであるということ。田中氏の言葉によれば「修験道は神仏混淆の多神教的宗教であり、『仏教の父と、神道の母の、仲の良い夫婦の間にできた子どものような存在』」だという。修験道では神も仏も等しく拝み、またその両者が融合した権現をも拝む。南北に長く伸びる日本列島では、北方系の文化と南方系の文化の両方が重層的に重なり合って多様な文化が生まれたが、修験道はそうした多様性に根差した宗教であるという。唯一の神を崇めるのではなく、神も仏も等しく拝む、それも山の神も海の神もあの神もこの神も、序列をつけずにどれも崇拝する懐の深い宗教なのだろうと理解した。
四つ目は「優婆塞(うばそく)の宗教」であるという点。優婆塞とは「在家のまま修行する人(男性)」のことで、修験道とは在家主義であり、常に庶民の側にある信仰だという。山で修行をしたら、庶民の中で活かすことをよしとする。山の中にずっといたら「それは仙人ですよ」と田中さんは笑う。
さて、ここまでの話を聞きながら、これまでまったく見たことも聞いたこともなかったはずの修験道の世界を私はとても身近に感じていた。私自身が大自然に囲まれた田舎で生まれ育ち、朝もやに煙る山々の景色をどこか神秘的な思いで眺めた子どもの頃の記憶や、高校では山岳部に所属し、それこそクタクタになりながら数日かけて縦走した時の記憶が呼び覚まされたせいもある。
しかしそれ以上に、あの神もこの神も等しく拝むというその考え方が「ああ私たち日本人は確かにそんな風に考えてしまう、よく言えば寛容で、別の言い方をすれば曖昧さを好む白黒つけたがらない民族だな」ということを思わずにはいられなかったからだ。その多神教的(というか、なんでも拝みたくなる)考え方は、私にはとてもしっくりくるのだ。
私の実家には神棚があり、仏壇もあり、子どもの頃から当然のこととしてその両方を日々拝んできた。帰省すれば仏壇に手を合わせ、墓参りに行く。子どもが生まれた時はためらいなくお宮参りに行った。バレンタインやクリスマスは私にとっては宗教的な意味合いはないけれど、かといって排除しようと思ったことは一度もない。山の神や海の神の存在を信じているとは言い難いが、そうした大いなるものに対する畏怖、あるいは自然の恵みに対する感謝の気持ちは、ごく自然な感情として持ち合わせている。それが神というものだよと言われれば、なるほどそうなのかもしれないと頷くだろう。トイレに神様がいると言われれば、まあそういうのもありだよね、くらいに思う。
自分自身の宗教観などこれまで考えたこともなかったけれど、あえて言えば、私の宗教観とはそんな素朴なものである。この素朴な感覚はもはや宗教とも呼べない程のものであって、それゆえにあまり考えたことがなかったのだろう。今回修験道の話を聞き、もしかしたら私をそのまま受け入れてくれる寛容な器がここにあるのかもしれないと感じた。修験「宗」ではなく修験「道」と呼ぶ辺りも、何やらいい感じだ。○○宗とか○○教と聞くと「正しいところに導いてあげましょう」という雰囲気が漂うが、○○道と言われると「一緒に励みましょう」的なニュアンスとなり、それだけでも敷居が下がる。
なんか、いいじゃない修験道。
私のように思う人が他にもわんさといそうなのに、ではなぜ修験道はここまで知名度が低いのか。
それは、明治元年に政府から出された「神仏判然(分離)令」によるところが大きいそうだ。国民国家の建設に邪魔になるという理由で修験道は政府によって禁止されたのである。
しかし近年、「吉野熊野高野の世界遺産認定」など修験道の復活の動きが見られるようになった。少しずつでも修験道が広まれば良いと思う。それは日本人のメンタリティに合うはずだと直感する。
さらに言えば、今の時代だからこそマッチするというのもある。それは田中氏が最後のまとめにおっしゃったことでもある。
行き過ぎた物質文明の綻び。情報過多社会。そんな現代において、ひたすらに念仏を唱えながらクタクタになるまで山を歩く修験道は、私たちが知らずに知らずのうちに、いやもしかしたらわかっていたけれどあえて目をつむって置き去りにしたものを、取り戻す時空間になるように思う。山懐に抱かれながら、自らの身体を使って行じるという修験道の機会に、私もいつか触れてみたい。
修験道の存在を知ることができ、本当に良かった。
松田慶子

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