KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2019年06月14日

ビズリーチからはじまる生産性革命 南壮一郎さん

南壮一郎「どれどれ?経歴も申し分ない」
「へー、そんな経験が!」
「即戦力じゃないか!」
「ぜひ欲しい!」
「おい君、彼はいったいどこで!?」
この後に続くのはもちろん「ビズリーーーチ!」である。ビズリーチのテレビコマーシャルは登場人物が少なく、ほぼセリフだけで物語が進んでいくため、映像の派手さもない。しかし何故かインパクトがある。
株式会社ビズリーチは、代表取締役社長である南壮一郎氏が自身の経験からはじめた求職者課金型の転職サイトである。南氏が楽天イーグルス退職後に転職活動をはじめた際、いくつかの転職エージェントに登録して27社を紹介された。しかしそこに同じ企業はなく、求職者と採用者のマッチングプロセスが不透明であり、違和感をもったのがはじまりであった。


転職エージェントを利用したことはないが、現在大学4年の私は絶賛就活中なので、2020年新卒就活サイトを利用している。これにもスカウト機能はあるが、私自身の詳細は開示されていないので、新卒=21歳と企業は思い込んでいるようで、けっこう優良企業からバンバンスカウトがくる。しかしその割に、ESや適性検査段階で年バレ(30代後半)しているのかSPIの点数が低いのか何なのかわからないが落とされることもある。情報の非対称性から非効率が生まれているのだ。
ビズリーチは企業と求職者が直接やりとりできるプラットフォームがなかった人材業界において、人材データベースを企業に開放することで採用市場を可視化した。求職者は職務経歴書をオンラインで公開し、採用者側の企業が「ダイレクトリクルーティング」できるようにした。ダイレクトリクルーティングとは南氏オリジナルの造語で、企業が欲しい人材を獲得するために、企業自身が採用手段を主体的に考え、能動的に実行する採用活動のことである。情報が透明化され、求職者と採用者が効率的にマッチングできるような仕組みが大ヒットし、現在登録者は160万人、採用企業は1万500社に達している。
今、日本の「働き方」が大きく変化してきている。日本的経営三種の神器といえば、ジェイムズ・アベグレンが唱えた終身雇用、年功序列、企業別組合であり、それらが日本の高度成長期を支えたとされているが、もう終身雇用は事実上継続不可能になってきている。昔は転職を繰り返すことのほうがネガティブな印象であったし、ビズリーチのCMでも「中途採用にはなかなかいい人がいない」と言っているが、雇用の流動性が高まっている現代では生涯一つの企業で働き続けると考えている人のほうが少ない。人々の働き方だけでなく、「働き方に対する価値観」が変化しはじめているのだ。
そもそも、日本独特だと思われている終身雇用は伝統的なものではない。少なくとも第二次世界大戦後にはじまった比較的新しい慣習である。またアメリカの雇用流動性の高さも伝統的なものではなく、1980年代くらいまでは終身雇用が当たり前だった。
例えばアメリカ企業のIBMは、70年代~80年代はコンピューターパソコンの製造業者であり、当時働いていた人々は長期雇用が当たり前であった。しかし90年代にはソフトウェアの開発・製造、2000年代にはコンサルティング会社へと、一企業のなかでペティクラークの法則に従うかごとく第二次産業から第三次産業へとシフトしていった。その過程で約15万人の人員整理を行った。生産性の低い人材は解雇され、残った生産性の高い人材には高い給料を渡して、より生産性の高い仕事をしてもらった。このような企業のシフトが終身雇用を崩していき、アメリカの生産性向上に寄与した。
IBMが行ったような移行は、当時のアメリカ企業全体がはじめていた。そして、それは現代日本の「働き方改革」と似ていると南氏は言う。当時のアメリカは生産性を高めるために雇用の流動化だけでなく、女性活躍推進も行った。現代の日本も女性が活躍できるように国をあげて取り組んでいる。
また、このようなシフトは明治維新にも似ているそうだ。生産性の高い人物たちが、明治政府を樹立して日本を開かれた国にしただけでなく、自ら欧米に赴き、新技術や憲法、政治を学び取り入れた。一方、それまでの支配階級であった武士たちは士族として年金をもらってしばらくは生活をしていたが、それも打ち切られていった。そのまま年金をもらって生き延びた人たちもいたが、新しい時代に取り残されないために、自分の生産性をあげるべく勉強をして、積極的に生きた人たちもいた。
南氏は「事業を通じて世の中を変化させる」経験を楽天イーグルス時代にしてきた。今ではビズリーチをはじめとする様々な事業を通して「雇用の流動化支援」と「生産性向上支援」に貢献している。何も国の政策だけが、世の中を変化させるのではない。雇用が流動化されれば、良い企業では高い給料で良い人材が雇われ、その企業の生産性と利益も高くなる。反対に悪い企業には人材が集まらなくなり、そのような企業は淘汰されていく。そして日本全体の生産性が向上していく。このように企業が変化していくあかつきには個人だって変化しなくてはいけない。
南氏は中学1年生までの7年間をカナダで過ごし、その後大学進学のため再びアメリカに渡るまでを日本で過ごした。異なる環境に身を置くと、それまでの価値観が通用しなくなる。環境やパワーバランスをじっくりと観察し、自分がどうやったら生き残れるかを課題とし、解決方法を模索して生きてきたそうだ。日本全体と個人の関係も同じであるという。これまでは空気が読めて、残業可能で、ほどほどの能力で上司の存在を脅かさない人材が優秀とされていた。
しかし、時代の変化とともに優秀な人材の定義も変化している。これからは本質を見抜く力や変化への柔軟性、イノベーションを起こせる人材が優秀とされる。そんな「時代の変化」をよく観察して、「自分」との溝を埋めていかなくてはならない。そのためには、業務の生産性を高めて、残業などせずに早く帰って勉強するなどの投資をする。勉強して自分のスキルを磨けば、今の職場でだけでなく、転職市場での自身の価値も上がる。生き延びるのではなく、環境の変化に合わせて自分を変化させていく攻めの働き方(生き方)がこれからの私たちに求められているのである。
ほり屋飯盛

メルマガ
登録

メルマガ
登録