KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2017年11月08日

恋愛問題に効く経済学!? 安田洋祐先生

photo_instructor_897.jpg

経済学は役に立たない?

正直に言おう。講演を聴き始めてすぐに、自分の失敗に気づいた。
テレビでお見かけする安田洋祐という先生は俳優並みの若きイケメンで眼福だし、マーケットデザインってマーケティングか何かの面白い話だろうな〜、くらいの軽い気持ちで受講申し込みをした私。
なのに、どうやら経済学の話だったようだ。そう、あの「憂鬱な科学」とも言われる経済学だ…。
経済学と聞いても、中高時代に習った”需要と供給””景気循環””インフレとデフレ””独占・寡占”や、大学の教養で習った”トレードオフ””インセンティブ””三面等価の原則””見えざる手”といった単語くらいしか思い浮かばない。新聞で”リフレ派”の文字を見れば、足裏マッサージの話かと思うほどのレベルだ。


語源についての豆知識はある。「経済」とは中国の古典にある「経世済民=世を経(おさ)め民を済(すく)う」の略。民を救うために様々な公的対策を行うことを意味しており、明治時代にeconomyの訳語として使われるようになった。
なのに現代の経済学はどうだ。安倍首相は世界的権威の経済学者たちにたびたび助言を受けているそうだが、それによって打ち出されたアベノミクスは私のような庶民をちっとも救ってはくれない。「3本の矢」でデフレを脱却し、名目経済成長率3%を目指すと高らかに謳われたものの、表明後5年たった今なお、20年以上続いているデフレと経済成長の著しい鈍化はとどまるところを知らない。
折しも先週発売のNews week日本版の表紙には、でかでかと「特集:役に立たない?経済学~経済学者の経済予測はなぜさっぱり当たらない?」とのタイトルが躍っていた。

実用的な経済学があった!

仮定とデータと数式を使った机上の空論…そんな経済学へのイメージが先行し、身構えて講演を聴き始めた私だったが、その予断はものの数分で打ち砕かれた。
今日のテーマのマーケットデザインというのは、「工学的」で「実践的」であることが特徴なのだという。
理論だけでなく、実験やシミュレーションを通じて事前に実用性の検証を行うという工学的なプロセスを重視するし、それに基づいて細かくデザインされた新たな提案がそのまま現実の制度設計にダイレクトに応用され、実際に役立っているというのである。
マーケットデザインには既にたくさんの成功事例がある。代表的なものが「オークション設計」と「マッチングメカニズム」だ。
「オークション」は欧米では1990年代から利用されてきた。帯域ごとに電波利用権(免許)を割り当てる”周波数オークション”は、OECD加盟34ヶ国のうち31ヶ国が導入済という(日本は未導入)。また国債の販売においては日本政府もオークションを利用している。一般にもなじみの深いところで言えば、Yahoo!やGoogleなどの検索エンジンに表示される検索連動型広告の広告スペースの価格決定にも、オークションが利用されているそうだ。
原理的にはネットオークションなどと同じ。市場に出されているあるモノに対して買い手同士が競争し、最高値をつけた買い手が落札するという制度だ。最終的に勝者となるのは、そのモノを最も欲しいと思い最も高値をつけた買い手であるため、その取引の価値を最大化することができる。
もうひとつの「マッチングメカニズム」は、人と人、人と組織などを最適に結びつけるための仕組み。オークションとは違ってお金が動くわけではないので、一見マーケットとは関係ないように思えるが、これもまた立派な経済学の所産だ。
代表的な実践例が”研修医マッチング”。医学部の卒業生が病院で実地研修を行う研修医制度は世界各国で採用されており、日本でも医療制度改革の目玉として2004年から新医師臨床研修制度がスタート、2年間の臨床研修が義務づけられた。これに合わせて、どの研修医がどの病院で働くかを一定のルールに従って決める画期的な方法として採用されたのが、アメリカでは20年前から導入されていた”研修医マッチング”だ。各学生が自分の行きたい病院のランキング・リストを、各病院が欲しい学生のランキング・リストを、それぞれオンラインで提出し、それらのリストに基づいてマッチングの運営主体が中央集権的に学生と病院をマッチさせている。毎年8〜9000人の研修医がこの恩恵に浴しているという。
“臓器交換メカニズム”では、生きたドナーから患者への腎臓移植の際などに、生物学的な適合条件によって希望がかなえられない不幸な組み合わせをシャッフルすることで、できるだけ多くの臓器移植マッチングを可能にする。”公立学校選択制”では、キャパシティの限界で全員の第1希望を実現することのできない学校選択において、先述の研修医マッチングと同様に、希望ランキング・リストに基づいて生徒と学校とを最適にマッチングする。臓器交換メカニズムも公立学校選択制も、アメリカでは利用がかなり進んできているという。

合コンにも応用できるアルゴリズム

“画期的な方法” “最適にマッチング”と書いたものの、希望ランキング・リストを突き合わせるだけでなぜ最適なマッチングができるのか。それはゲーム理論の研究者・ゲールとシャプレーによって1962年に見いだされたアルゴリズムによって明らかにされている。
講演で安田准教授は、このアルゴリズムを『3対3の合コン(男女のマッチング)』を例に取ってスライドで図示しながら明快に説明した()。手順はこうだ。

  1. 各男性が第1希望の女性に一斉にプロポーズ
  2. 複数の男性からプロポーズされた女性は、その中でベストの男性をキープして後はリジェクト
  3. リジェクトされた男性は第2希望の女性にプロポーズ
  4. 女性は毎回ベストな男性をキープ、残りをリジェクト
  5. 男性はリジェクトされるたびに残りの中でベストの女性にプロポーズ

リジェクトされる男性がいなくなるまで作業を繰り返すと、この作業がストップした段階でマッチング結果が確定する。
なるほどこれに従えば、参加者全員が”マッチしたくない相手とは絶対にくっつかず”に、”自分がマッチできる可能性のある相手の中で最適なパートナーとくっつける”ということがわかる。仮に好みに関して嘘をついたとしても、誰一人として得することはない。この状態を「安定マッチング」といい、全員がハッピーになれる方法なのだ。
安田准教授は「このGS(ゲール-シャプレー)メカニズムは、単純で役に立つ魔法のメカニズム」だという。研修医マッチングや臓器交換メカニズム、公立学校選択制といった採用例以外にも、昨年度からは新たに東京大学の進学振り分け制度にこのGSメカニズムが採用され、おおむね好評だという。
講演ではさらに、物々交換において全員が最もハッピーになれる方法Top Trading Cycles(TTC)メカニズムや、選挙の投票における多数決以外の方法をマーケットデザインによって検討できる可能性についても話が及んだ。

みんながハッピーになれる

ひと通りの講義のあと、演壇中央に出された椅子を断り、すっくと立ったまま質疑応答に入った安田准教授は、会場内から次々と上がる質問に一瞬の淀みもなく明瞭に答えて行く。その表情がやや変化したのは、若い銀行マンが立ち上がって質問した時だった。
「僕は24歳で年齢イコール彼女いない歴なんですが、自分の選好をさらけ出すお見合いパーティーのようなシステムの方が、自由恋愛よりもマッチングしやすいということでしょうか」
質問者は自らの切実な悩みに、マーケットデザインが光明をもたらすことを期待したのだろう。果たして、微かにすまなそうな表情を見せた安田准教授の答えは、「GSメカニズムにおいては仮想的に全員が誰かを選ぶことになっているが、実際のお見合いパーティーでは誰も選ばない人も出て来るので、成立するカップルが減る可能性が出て来る」というものだったが…。
「経済学とは、天気予報を正確に見せかけるために存在する学問だ」というアメリカンジョークがあるというほど、「役に立たない」と揶揄されがちな経済学。しかしそんなイメージはこの講演で完全に覆された。電波行政や医療制度といった国家的な問題から、一人の青年の恋愛問題まで…。マーケットデザインは実に広汎な問題の解決に役立ち、多くの人をハッピーにするポテンシャルがある。何より嬉しいのは、それを活用する際には難しい数式など不要、誰もが今すぐに簡単に使える、実用的な方法だということだ。
最近ちょっとギスギスしてきた我がオフィスを、TTCメカニズムを使った席替えでハッピーに解決してみようか…と思いながら会場を後にした。

※講演で使われた図は下記サイトでシェアされているので興味のある方はどうぞ。
『マーケットデザイン入門』

(三代貴子)

メルマガ
登録

メルマガ
登録