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夕学レポート

2011年07月11日

「脳を鍛える」ということ 川島隆太さん

photo_instructor_553.jpg川島隆太先生が脳科学を志したのは中学生の時だったという。
好きな女の子に振られ、自分の気持ちが伝わらない、相手の心がわからない、いったい人間のこころとは何なのか、という思春期特有の悩みに直面した。
その悩みの末に、「人間の心は脳の中にどう表現されているのかを知りたい」という関心を持ったというのが、脳科学の道に進む出発点になったとか。
ニュートンを彷彿させる思考・関心のジャンプが出来たあたりは、早熟の天才科学少年だったのかもしれない。
さて、川島先生によると、「脳は小宇宙」という俗説的な表現は、実に理にかなったものだという。
大脳の平均ニューロン数は2×1010個。銀河の星の数とほぼ同じだという。
その統計情報処理能力は4×1015bit。最先端PCのCPU処理能力が64bitであることを考えると、とてつもない高性能マシンでもある。
わからないことが、まだいくらでもあるわけだ。
川島先生の専門を、分かり易い言葉にすれば、「脳を鍛える」方法の開発である。
具体的には、脳の「前頭前野」の機能を高める方法を開発することだ。
人間の前頭前野は、思考、集中、意思決定、行動・感情制御、意欲、コミュニケーションといった機能を受け持つ。人間を人間たらしめる、いわば”人間らしさ”を所管する場所である。
残念なことに、前頭前野の働きは、加齢とともに緩やかに減少することが分かっている。従って、「脳を鍛える」ことで、この減少を抑えることができる。あるいは、若年層であれば、機能そのものを向上させることもできる。


前頭前野の働きは、「作動記憶」のトレーニングによって鍛えることが出来るという。
「作動記憶」を私なりに推察すれば、トランプの神経衰弱ゲームをやる時にフル稼働する機能と言えるのではないか。
「さっきめくられたスペードの8は、確かこの辺りだった…」といった具合に、少し前に行った作業を一時的に記憶しておく機能である。
任天堂の脳トレをやったことがある方はすぐにピンと来るはずだ。あのゲームは、「作動記憶」トレーニングそのものである。
「作動記憶」を鍛えれば、作動記憶力が高まるという直接的な学習効果があることはすぐにわかる。実際に脳トレをやると、着実にスコアはよくなる。
しかし、この研究がすごいのは、訓練されていない他の機能まで向上する副次的効果があることだという。
例えば、大学生を対象にした「作動記憶」トレーニングの結果、スケルトン競技の成績が向上したという実験結果がある。
「作動記憶」を鍛えたことで、状況把握力や、瞬時の判断力、意欲など、前頭前野が司る他の機能までも向上した結果ではないかと川島先生は言う。
同様に、「作動記憶」トレーニングによって、論理的思考力、問題発見能力、創造的思考力といったより高次な能力も向上するという実験結果もある。
そう考えると、かつての日本の津々浦々で行われていた寺子屋式の教育メソッドは、極めて理にかなっていたことがわかる。
四書五経を、百字百回ひたすら素読を繰り返す「作動記憶」トレーニングによって、知らず知らずのうちに、集中力、前向きな意欲、問題解決能力が養われていたということになる。実に興味深い話である。
脳トレは、筋トレと一緒で、いま出来る範囲のギリギリのことを繰り返すことで鍛えられる。筋トレが長続きしにくいように、脳トレも、誰もができるトレーニングといえない。
そこで、よりスマートに、やさしい行為方法を開発して、認知症予防への摘要も始められている。
読み書きや計算のドリルを、認知症のレベルに応じて適切に選択できるように四千種類の難しさで用意し、実施することで大きな効果も上がっている。
講演では、そんな学習療法の様子や患者さんの表情が劇的に変わっていく光景が映像で紹介された。
川島先生は、任天堂の「脳を鍛える大人のDS トレーニング」の大ヒットで得た印税を、個人では一切受け取らずにすべて大学の研究資金に回していることはよく知られている。
MRIや脳波測定機器など億単位の研究機材とそれを置く建物、動かすスタッフの人件費も含めて10年間分の研究維持経費を賄うメドがたったという。
「国立大学でありながら、皆さんの税金を使わずに研究を進める体制が出来ました」
川島先生は、そう胸をはる。
現在開発中の新しい脳トレは、先述の問題解決力、創造的能力の向上を狙うものらしい。その成果は、安価なゲーム式トレーニングとして社会に広まると同時に、「人間の心は脳の中にどう表現されているのかを知りたい」という川島先生の研究資金に還元されていくことになる。
脳トレ狂想曲を乗り越えようとしている、産学連携による研究資金獲得の数少ない成功モデルに、もっと関心がもたれていいと思う。
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/7月11日-川島-隆太/

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