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マンハッタンで出産する(2)

2015年11月10日

寺尾 美香

看護婦さんが部屋に戻ってきました。

”さあ、これからなんとか、かんとか” と言うと、点滴の準備を始めているようでした。

・・・・うーん。。。

わからないけど、されるがままにしてるか、、、と、いつもの感じでやりすごそうかとも思いましたが、やはりここはこれから出産、というシーン。面倒がらずに一応、確認しておくことにしました。
看護婦さん、もう一度ゆっくり説明してくれますが、私の顔が???なのを見て通訳サービスを勧めてくれます。

通訳サービス・・・?!

そうなのです。アメリカでは政府から補助を受けている病院では無料で日本語の医療通訳サービスが受けられると聞いた事がありました。今こそ、それを試す時です!

お願いします、と言うとすぐさまトランシーバーのような機器で看護婦さんがどこかに連絡してくれました。そんなすぐ飛んで来てくれる日本語の通訳さんがこの病院のどこかに常時スタンバイしているのかと思うとびっくりしますが、そうではなく、電話口から美しい日本人女性の声で、”こんにちは。本日担当させて頂きますXXXと申します。よろしくお願いします。” と紹介があり、看護婦さんが話した内容を忠実に訳してくれました。

デパートの受付嬢のような美声で耳に心地よい通訳さんの説明は大変丁寧でよかったのですが、でも、これ毎回ひとつ、ひとつやってもらってたら産まれちゃうよ・・・という程のまどろっこさ。(ごめんなさい…!)

すると隣のソファーでBlack Berry片手に仕事ばかりしていると思っていたダンナが ”要するにこれは、血管確保のための点滴でみんなやるからって。” とサクッと。お、ちゃんと聞いててくれたのね。
そうそう、カメラマンじゃなくてこのために来てもらったんじゃないか!
ここはダンナを頼る事にして通訳体験は1回で終了としました。

間もなく陣痛促進剤が注入され、少しずつ痛みを感じ始めると、ようやく自分の中で ”さあ、産むぞっ!”という気になってきました。

この間、何人もの人が出たり入ったりしては、挨拶だけして帰って行くというちょっと不思議な光景が繰り広げられていました。

”Hi, 私は、麻酔科のXXXXです。”
”私は、研修医のなんとかです。”

大学病院なので、若い人も結構います。どんな時にもまずは自己紹介して相手に警戒心を抱かせない、というマニュアルでもあるのでしょうか。それもなんだかアメリカっぽいけど。。。

そうして痛みもだんだん増してきていよいよ麻酔を入れる時になりました。アメリカは無痛分娩が9割以上と聞いていたし、痛みは少なければ少ないほどいい、と単純にそう思う方なのでこれは大変ありがたい。

ごはんも不味い、入院も短い、くせに費用はべらぼうに高額・・・国籍取得以外にアメリカで産むメリットはもうこの無痛くらいしかない、、、

ヒスパニック系20代とおぼしき男性の麻酔科医のヤングガイ、一回りくらい若そう。傍らでおじいちゃん先生に指南を受けながら背後から痛み止めの麻酔を注入していきます。

(しっかりお願いしますよ~)

心の中で念じながらも即座に痛みが消えるわけではなく、薬で陣痛を誘発しているせいなのか、この時既に転げ回りたいくらいの痛みです。

”今、レベル10段階でいうと、どれくらい痛いですか?” と麻酔科医。
10と即答したいのを我慢して、”8、かな、、いやいや、やっぱり9” とか答えながらも、あぁ、、この先生たちには私らの痛みって一生わかんないんだろうなぁ、などと考える余裕があったので実際はそれ程でもなかったのかもしれませんが・・・

その後も麻酔は管を通して常時注入されている、というすごい状態で再びベッドに横になるよう指示されます。

”痛くなったらこのボタンを押して下さいね。”
って、自分で勝手に薬入れちゃっていいの?!

でも、アジア人の私の身体には効きが良すぎたのか、薬の量を増やすまでもなく、1時間もすると完全に痛みを感じなくなりました。

これが、、無痛分娩か!!!すごい!

でも、、こんなにも何も感じなくて果たしていきめるのだろうか。。

その時、薄手のパーカーのポケットに両手を突っ込んで、サラサラの金髪を無造作にまとめあげた美人が颯爽と部屋に入ってきました。まるでそのへんをジョギングしてるついでに、ちょっとここにも寄ってみたわ、みたいな爽やかさ。

”Hi, 私はDr.XXXXよ。あなたの担当医が来るまでちょっと見てるわね。”

と言うやいなや、子宮口の開き具合をチェックすると、

”まだまだねー。3cmってとこかしら。じゃ、また来るわね~。See you!”

と、登場した時と同じくらい颯爽と去って行きました。あの人、、先生だったんだ。なんとも、、カジュアル。

それにしてもこの病院のお医者さんたちはさっきからそろいもそろって、美しい人たちばかり!

”みんな美人だし、かっこいいし、すごいね。”とダンナに言うと、”そりゃそうだよ。医大に行けるような人は家が金持ちだからな。” と、金持ち=美男美女、というよくわからない持論を展開してきましたが、確かにこの国では、所得と外見の善し悪しにはなんらか相関関係があるのかも。ダンナの持論も一理あるような気がします。整形手術、とかいうことではなく、教育や環境的な要因が大きいような気がするのですが。

それにしても、あの爽やか美人ドクターの言い方だとまだまだ当分、時間がかかりそうです。

ふと周りを見渡すと、モニターを見てなにか打ち込んだり、作業している看護婦さんたち。麻酔科の先生も時折部屋に入って来てはモニターをチェック。そして、もちろん隣ではダンナがずっとiPhoneを見っぱなし。

なんだろう、これは・・・誰も妊婦の私を見ることなく機械ばかり眺めてるこの異様な光景・・・

いくらITの国だからって、少しばかりアナログな感じのあたたかさが恋しくなってきます。

そのうち約束の5時になったのか私の担当医(もちろん美人)が部屋に入ってきてにっこり挨拶してくれると、知らない人と機械ばかり囲まれていた緊張が解け、ようやく少しあたたかさを感じます。

”Hello! どう?調子は?まだ子宮口が開いてないみたいね。また戻ってくるから、昼寝でもしてて。”

と、ドクターはいってしまいましたが、安心したのか本当に寝入ってしまいました。麻酔が効いていなかったら今頃このベッドの上で身悶えていたことを思うと、無痛分娩って本当に偉大です。

そうしてどのくらいの時間が経ったでしょうか。目が覚めて暫くすると、ドクターが戻って来ました。子宮口をチェックすると薄手の手袋をはめ、腕まくりしながら、サラッと一言。

”OK. Let’s have a Baby!”

”じゃ、そろそろ産みますか!” みたいな、軽いノリがおかしくて思わず笑ってしまいます。どこまでもリラックスなアメリカの出産。

思いのほか子宮口が開くペースが早いので、ここで陣痛誘発剤はストップするとのこと。両足を顔の近くまで自分の両手で持ち上げて、10数える間、いきむように言われます。

でもやっぱりいきめない、、、だって全然痛くないんだもん。

誘発剤止めたせいか、なおさら何も感じなくなっています。
ダンナも私の足を持つよう言われ、”え?!僕もやるんですか?!” といかにも心外だなぁーみたいな感じで、慣れない手つきで手伝います。看護婦さんがモニターで陣痛がくるタイミングを見計らっては、”さあ、きた!始めるわよ!”と、カウント10でいきみますが、なかなか難しくて自分でも全然赤ちゃんがおりてくる気がしません。

”もっと、がんばって。そう、もっともっと強く!”

と、夕暮れ時の黄色い西日が差し込む静かな病室に、先生と看護婦さん2人の声が響きます。

途中休みながら、それを何度も繰り返しながらもその間、
ん??先生、なんか見てる?

院内連絡用のタブレットかなんかかと思いきや、

普通にスマホいじってます、、、、

しかもFacebookとかTwitterとかの類のSNS見てるっぽいんですけど・・・これには、片時もiPhoneを手放さないダンナでさえも、”マジか?” の表情。友達から別の先生でも ”分娩の時、スマホ見てたよ” という話を事前に聞いて予備知識があった私はさほど驚きませんでしたが。

でもやっぱりすごいわ、アメリカのドクター・・・日本なら絶対NG。っていうか常識的に考えてまずあり得ない。
もう、イラっとするとか、怒りとかなくて、あまりのカルチャーの違いに笑えてきます。

その後も全く痛みを感じないので、誘発剤を再開すると程なくしてじわじわと陣痛を感じ始め、赤ちゃんの頭でグイグイ押される感覚がわかるようになりました。

その時です。いきなり天井の一部が開いたかと思うと、巨大な丸いライトが突如、頭上に現れました。よくテレビで見る手術台の上とかにある白っぽい電球がいっぱい付いたピカーって明るい照明。

こんなところに隠されてたのか!!

同時に、どこに待機していたのか、数時間前に挨拶してくれた人たちが5-6名、カートに乗せた様々な機器を押しながら足早に部屋に入ってきました。ささーっと青いシートがベッドの下に敷かれ、いつの間にかドクターも青い白衣(白衣とは言わないか、、)に青い厚手の手袋にはめかえ、気付くと部屋全体があの「ER緊急救命室」みたいな雰囲気になっているではありませんか!

それはまるでミュージカル!舞台装置が変わって、ガラっと場面が変わるのを観客席から観ている・・まさにそんな感じでした。

そうか、いよいよ産まれるんだ。

と妙に冷静な自分がいます。
よし、いくぞ、と気合いを入れてカウント10。
頭が少し出てきたようです。
2回目のカウント10で頭がズルッと出た感覚があり、
3回目のカウント10で足まですっぽり出たのがわかりました。

”オギャー、オギャー!!!”

元気いっぱいの産声を聞いて思わず安堵の涙が出そうになったところですっとんきょうなダンナの声。。

”えぇ?!僕がやるんですか?!”

って、今度はなにーー?

目線を下げると、動画撮影中のiPhoneを片手に(←こんな時でも放さない)、ドクターからハサミを渡され、慌てふためきながらへその緒をちょきんと切るダンナの右手が見えました。へその緒ってこんなにも太かったのね、、なんてどこまでも冷静な自分がおかしいくらいです。

そうして、胸の上にまだ生あたたかい赤ちゃんがぽん、と乗せられて、ようやくその存在を確かめることができました。
1人目の時は感動して泣く余裕さえありませんでしたが今回は嬉しくて、ホッとして、あとからあとから涙があふれて止まりません。

あぁ、、、良かった。
元気に産まれてきてくれてありがとう!

寺尾 美香(てらお・みか)
慶應丸の内シティキャンパスで4年9カ月間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。2014年4月よりNY在住。

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