KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2016年11月08日

日本に来たら何食べる?

山内 久未

Beyond Sushi,Tempura

ユネスコ無形文化遺産でもある「和食」。
外国人のお客様にとって、日本の食事は大きな楽しみの一つです。

一昔前は日本食=”Sushi, Tenpura”だったと思いますが、いまや世界中の多くの都市に日本食レストランがあり、お客様は色々なメニューをご存知です。

「今日のランチはとんかつの美味しいお店がいいわ」
「明日のディナーは居酒屋で焼き鳥にしようかな」
「両国で元相撲レスラーの作るちゃんこ鍋を食べてみたいんだけど、どこかお勧めある?」

さらに、インターネットで何でも検索できる今の時代。初めて日本に来るお客様でも簡単に情報検索ができるため、お店の名前や口コミなど、しっかりチェックして来られる方もいらっしゃいます。

「日本に来たら、絶対に久兵衛のお寿司を食べようと決めていたのよ」
「ホテル近くの一蘭に、もう2回も行っちゃったよ!」
獺祭を買って帰りたいんだけど、置いてあるショップを知らないかい?」

ちなみにツアー中、通訳ガイドは基本的にお客様と同じテーブルで、同じ食事をいただきます。こう書くと「美味しいものが食べられて良いねぇ」と羨ましがられることも多いのですが、食事をご一緒するのはガイドの仕事の一部。メニューの内容や食べ方、時には成り立ちや歴史などをご説明しながら、自分もお客様と同じペースで食べ進めなくてはなりませんので、なかなか大変です。胃の調子がイマイチな日に限ってステーキや鰻重が出てきたり、牡蠣が苦手なのに牡蠣小屋で一緒にバーベキューする羽目になったり・・・おかげさまで、ガイド技術はまだまだですが、出されたものはなんでも美味しく・素早く食べる技術だけは上達しました。

Halāl Food ~No lard, No Pork~

寿司からラーメン、とんかつまで、実に多種多様な日本の食事ですが、宗教や信条的な理由、アレルギーなどの体質的な理由で、それを味わうことが難しい方々もいます。
宗教上の理由で、もっとも多いのはイスラム教です。
ハラル(アラビア語: حلال Halāl )という言葉は日本でもかなり浸透してきましたのでご存知の方も多いと思いますが、ムスリムはハラルフード(イスラム教の法律にのっとった食べ物)しか口にすることができません。旅先である日本で、どれだけ厳密にノンハラルを除去した食事をとるのかは御国柄やご本人の考え方によって様々で、豚肉とお酒だけ避ければ良いという方もいれば、きちんとハラル認証を得たレストランを希望する方もいらっしゃいます。

例えば、先にご紹介したパキスタン人ご一行さまは敬虔なムスリムで、食事は全てハラルであると確認できたお店のメニューのみでした。ホテルの朝食はさすがに対応できないので、ご自分でブッフェ台から豚肉や豚エキスを使ったものを食べないように選んで召し上がったそうですが、昼と夜は必然的に、彼らのお国料理であるカレーが多くなります。
昼はインド風カレー、夜はシリア風カレー、翌日の昼はパキスタン風カレー・・・お客様にとってはそれぞれ違うカレーなのでしょうが、私にしてみればどれも同じ「エスニックカレー」。さすがに3日目には耐え切れなくなり、仕事帰りに吉野家に駆け込みました。お醤油とお出汁がたっぷりしみこんだ牛丼を口に入れた瞬間は、心底生き返った心地がしました。

そんなパキスタン人ツアーのすぐ後に、ドバイからお越しのムスリム母娘2人旅の都内ガイドが舞い込んできました。個人旅行のため、ランチは特に予約や指定はなく、「ツアー中にお客様と相談して、どこか適当なところで食事してください」との指示です。「ムスリム」の文字を見た途端、脳裏にパキスタン人ツアーの3日間カレー漬けの日々がよぎった私は慌てて、ランチタイムに訪れるであろう汐留・新橋周辺のハラルフード対応のレストランを片っ端からリストアップしました。案の定、やはり今回もカレー屋さんだらけのリストが完成しましたが、こればっかりはしかたありません。その日はカレーを食べる気満々で、胃袋をカレーモードにしながらツアーの準備を進めました。

そして当日。
午前中に浅草観光、隅田川クルーズ、浜離宮公園の散策を終え、いよいよランチタイムです。待ってましたとばかりに自作のハラル(カレー)リストを片手に携え、お客様に「ランチのご希望ありますか?」とたずねてみました。すると意外なお答えが。

「今日はめいっぱい見て観光して回りたいから、ランチはさくっと済ませたいのよね・・・

 あ!!!あるじゃない!!!あそこ!!!!

お客様の目線の先にあるお店を見て、え?あそこ?と思わずわが目を疑いました。

「日本にもあるなんて素晴らしいわ!最高よ!I love SUBWAAAAAAAAAY!!

そう。世界最大の、つまり世界中どこにでもあるサンドイッチチェーン、あのSUBWAYです。皆さまご存知の通り、SUBWAYはサンドイッチの中身をオーダーメイドでき、目の前のガラス越しに作る様子が確認できます。ハラルに触れるものがないかどうか、自分の目で確認できる安心感が、旅先では大変貴重なのだそうです。そういえば、パキスタンご一行さまの何人かが、海外旅行中にどうしてもハラルレストランが見つからないときは、マクドナルドでフィレオフィッシュをオーダーする、と話していたのを思い出します。プライベートの旅行の時は、旅先ならではの食事が何よりの楽しみな私にとって、はるばる日本まで来たのにカレー三昧というのも驚きでしたが、SUBWAYやマクドナルドという発想はさらに衝撃的でした。一言で「ハラル」と言っても色々なんだなぁ・・・と、すっかりカレーモードだった胃袋にツナサンドをおさめながら価値観や文化の違いというものをしみじみと考えさせられました。

What’s “rice powder”?

私は海外旅行に行くと、必ず地元のローカルなスーパーへ足を運びます。見たことのない食材や、調味料、お菓子・・・現地での日常生活が垣間見えますし、宝探しのようなわくわく感が大好きです。海外のお客様(特に女性)にも同じように思われる方が多く、時折スーパーでのお買い物のエスコートを頼まれます。

抹茶味のキットカットやかっぱえびせん、柿の種などのスナック類、緑茶やほうじ茶などが定番ですが、ある時フィリピンの若いお客様からこんな質問をされました。

「ねえKimmy、さっきからRice Powderを探しているのだけど見つからなくて・・・どのコーナーにあるのかしら?」

ライスパウダー・・・てっきり米粉のことかと思い、売り場にお連れしましたが“NO!”これじゃないと言われてしまいました。化粧品の成分?新発売のお菓子?米麹??と、その後もぐるぐるとスーパー内を巡ってお目当ての商品を探しますが、見当たりません。

なぞなぞに行き詰った心境で、うーんと頭を抱える私に彼女が言いました。
「朝食ブッフェで食べたら美味しかったのよ。さっきシーズニングのコーナーも見てみたけど見つからないし・・・」

・・・!! もしかして!

ようやく答えに行き着き、私はお客様を連れて、ある売り場に向かいました。
私が「これじゃない?」と指差すと、彼女は目をきらきらさせて叫びます。

「これよ!!これこれ!!!ライスにかけるパウダー!!!

そう。彼女が探していたのは、ご飯にかけるふりかけだったのです。なぜ彼女が塩コショウのコーナーを一生懸命探していたのか、ここでようやくわかりました。

私たちにとっては当たり前に身近にある食べ物も、外国の人からすれば日本で出会う、不思議で魅力的な「日本食」なんですね。そう思うと子供のころは大好きだったのに、近頃めったに食べていなかったふりかけが、なんだか急に誇らしい、日本の代表選手のように見えてきます。家に帰ったその日の夜は、久しぶりにNORITAMAをかけたほかほかの白いご飯をお腹いっぱいいただきました。

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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