KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2017年08月08日

ターレと人情

山内 久未

「築地市場」という言葉を聞いて、皆さまは何を思い浮かべますか?
場外市場に連なるお寿司屋さん?
活気あふれる場内市場のマグロの競り?

外国人観光客にとって、築地市場は東京に来たら絶対訪れたいNo.1スポット。個人も団体も、国籍を問わず、「とにかく築地だけはどうしても行きたい!」とリクエストされることが多いです。
そんなお客様とご一緒することが多い私が、築地市場と聞くと真っ先に思い浮かべる、ある乗り物があります。それは「ターレ」です。

築地名物、ターレ

ターレターレとはターレットトラックTurret Truckの通称です。名前はご存じなくても、市場関係者の方が荷物を載せて市場内を縦横無尽に走り回る一人乗りのアレ、とご説明すればおわかりいただけるでしょうか。あのターレ、実物を目の前で見ると意外とスピードが速い!そして大きい!

ただでさえ大勢の観光客でごった返している市場の入り組んだ細い路地を、絶妙なドライビングテクニックで駆け抜けていくターレの動きは、「これぞ職人技!」と拍手喝采を送りたくなるほどですが、浮かれ気分の観光客がきょろきょろフラフラ歩いていると、あわやひかれてしまうのでは?!という場面に出くわし、ひやりとしたことも一度や二度ではありません。

そこで、私がツアーで築地市場を訪れる時は、必ずこのように案内します。

  1. 築地市場は年間40万トンが取引される世界No.1規模の魚市場であり、水産物だけで約400種類以上が取引されています。
  2. プロの業者が取引を行う場内市場と、一般客も気軽に買い物や食事を楽しめる場外市場の2つのエリアに分かれています。(プロの買い付けがほぼ終わった後、朝10時以降であれば場内も見学可能です)
  3. そして、もっとも重要なのは、市場内では “Turret has priority” 市場ではターレ優先です!

特に場内市場は、観光地ではなくプロがビジネスを行う場なので、業者の方の邪魔にならないように見学してくださいね!とお願いします。お客様に楽しんでいただきたいと同時に、安全に気持ちよく過ごしていただきたいからです。

なぜ外国人は築地に行きたいのか?

そもそも、なぜこんなに築地市場が海外の方に愛されるようになったのでしょうか?実際に聞いてみるとその答えは様々ありますが、一言で表すと
世界中のどこにもない、“築地でしか感じられない日本”があるから
だそうです。

寿司をはじめとした豊富で新鮮な魚介類を楽しむという、日本の食文化。
“魚市場=生臭い、汚い”というイメージを覆す、日本の清潔さ。
包丁、食器、小間物・・・食に関わる伝統的な、日本の職人芸。

中には、普段ビジネスの場面ではおとなしくて引っ込み思案な日本人にばかり接しているので、割れんばかりの大きな声を出して呼び込みや競りを行う姿を見て、「日本人もあんなに大きな声が出るんだね!びっくりしたよ!」なんていうちょっぴり苦笑い…なご感想もありましたが、いずれにしても、ありとあらゆる角度から、五感をフル回転して日本を感じられる場所が築地なのでしょう。

先日ご紹介したGlenさんご一家に続いて、今回依頼をいただいたのはアメリカのCarolynさんご一家。ご夫婦と10才&6才の双子の男の子の家族旅行でした。もちろん、初めにリクエストされたのは築地市場です。朝9時に宿泊先の帝国ホテルで待ち合わせることにして、打ち合わせはスムーズに進みました。当日の朝を迎えるまでは・・・。

The 暴風雨・・・どうするKimmy?!

Carolynさんのツアー当日。週間予報では晴れマークだったのが、前夜には雨マークへ。そして、その日の朝、なんと東京の空は黒々とした雲に覆われ、強い風と雨で、バケツをひっくり返したようなThe 暴風雨です。傘だけでなく、私の心まで折れそうになりながら必死の思いで帝国ホテルのロビーにたどり着くと同時にCarolynさんから私のiPhoneにメールが入りました。

「今日・・・出かけるのやめようかしら・・・雨ひどくない??」

えーーーー!!!いや、まあ気持ちはわかるけど・・・。とりあえずホテルのロビーからCarolynさんと電話しながら今後のスケジュールを相談することにしました。本当であれば、別の日程を再調整してガイドできればよかったのですが、超繁忙期の最中で、私の空き日とCarolynさんのスケジュールが合いません。結局、「午後には小雨になる」という天気予報を信じ、少しゆっくりめにホテルを出発し、まずは築地市場に繰り出してみよう!ということになりました。

とはいえ、相変わらずの暴風雨。地下鉄の駅まではなんとかなるものの、通常のツアーでメインとなる場外市場に屋根はありません。困った私は、ある人を頼ることにしました。事前に聞いていたLINEアドレスにテキストを打ちます。

「おはようございます。Kimmyです。この天気なのでやっぱり場外ではなく、場内市場にお客様をご案内しようと思います。お会いできますか?」
相手の方からは、すぐに返事が返ってきました。
「おはよう!雨の中大変だね!こちらは大丈夫だから待ってまーす!

やった!地獄に仏!
暴風雨の中に希望の光が見え、心の中でガッツポーズをとっていると、ちょうどCarolynさんたちがロビーに降りてきました。挨拶もそこそこに、私はご家族にある提案をしました。こんなお天気だからこそ、今日は皆さんを築地の中でも、特別な場所にご案内します、と。

人情あふれる“築地の中の、特別な場所”

その半年前のこと。イギリスからきたご家族のツアーを終えた私のLINEに、旅行会社時代から仲良くしている先輩からメッセージが届きました。

「うちの家族が、Kimmyらしき人が外国人の家族を連れて築地を歩いてるのを見たっていうんだけど・・・もしかして今日築地にいた?」

この先輩のご家族は、場内市場に勤めるプロの市場関係者。その昔、初めての一人暮らしで心細かった私を、先輩が何かと気にかけてくださり、築地やご自宅で食事をふるまってくださるなど、ご家族皆さんが江戸っ子らしい人情深さで温かく接してくださったのでした。その日もまさに築地でガイドを終えたところだったのでそう伝えると、「じゃあ、今度場内を見学するときは、うちのお母さんに連絡してごらん!きっと力になってくれるから!」と、連絡先を教えてくださいました。

場内市場は、あくまでプロのための場所なので、安全面や時間の問題から、特にお子さん連れのツアーでは通常あまり案内していません。でも今回のCarolynさん一家はスケジュールに比較的余裕がある行程だったので、場内市場見学に加え、実際の市場関係者にインタビューできたら思い出に残るのでは?と考え、あらかじめ「アメリカ人のCarolynさん一家を連れていくかも」とお母さんに連絡しておいたのでした。

築地駅に着いてもあいかわらずの土砂降りです。通常のコースであれば、食べ歩きをしながら場外市場の中をゆっくり散策するところですが、今日は真っ直ぐに場内市場の入口へ向かいます。巨大な屋内迷路のような場内市場の中を進み、教えてもらった場所に向かうと、お母さんが手を振って待っていてくださいました。

「Kimmyちゃん、Carolynさん、雨の中築地へようこそ!実はね、サプライズがあるのよ」

そう言ってほほ笑むお母さんの指さす先には、築地名物ターレが止まっています。

「実はね、市場の友人にCarolynさんたちの話をしたら『ちょうど仕事がひと段落したところだから、ターレの後ろに乗っけて、場内市場の中を走ってあげるよ!』って」

なんと!さっそく通訳すると、雨で退屈そうにしていた3兄弟の目が一転。
「え!僕たちこれに乗れるの?!」「やったーーー!!」
テンションは一気に急上昇です。あくまで貨物用の運搬車ですので、大人数が乗り込むわけにもいかず、私はお留守番をして、ご家族5人で体験してきてもらうことになりました。

そして15分後。興奮で目をキラキラさせた5人を乗せたターレが帰ってきました。

「Kimmy!!ターレってすごいんだよ!魚市場の中をジェットコースターみたいに走っていくの!」
「細い道なのに誰にもどこにもぶつからないんだ!マグロも、タコも、ウナギも見たよ!」
「すごいや!築地に来る外国人はたくさんいても、ターレに乗ったことある子は他にいないよね!」

3兄弟が口々に、どれだけ楽しかったかを報告してくれます。Carolynさんも「これはもうKimmyスペシャルね!」とウィンクし、アレンジしてくださったお母さんに何度も御礼を述べていました。

世界中のどこにもない、“築地でしか感じられない日本”がここにあるから

今回のCarolynさん一家がスペシャルな体験をできたのは偶然とタイミング、そして何より、築地を、日本を楽しんでほしいという、お母さんたちの温かい想いと人情深いおもてなしがあったからこそでした。

移転問題で揺れる築地市場は、日本を海外の方にご紹介することを生業とする通訳ガイドとしてなくてはならない存在であり、何より市場関係者の皆様にとって納得のいく形で問題が決着することを願ってやみません。そして人の人情、文化、伝統といった、これまでの築地を形作ってきた世界中のどこにもない、“築地でしか感じられない日本”は、場所が変わろうとも、時代が変わろうともなくなることは決してない、そう信じていたいです。

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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