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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2009年06月26日

『すべらない話』はなぜすべらないのか?(前編)

みなさん、『人志松本のすべらない話』はお好きですか?
私は結構好きで、DVDもレンタルしたことがあります(笑)
ちょうど明日(6月27日)に新作が放映されることもあり、今回テーマとして選びました。
とはいえ、このブログで単にその面白さを主観ベースで述べるつもりはありません。
やはりここでは「なぜ『すべらない話』はすべらないのか?」を論理的に原因分析をしていきたいと思います。
「こんなことも論理的に考えれば、様々なことが見えてくる」というひとつのサンプルとして考えていただければ幸いです。
では、いつものように「分けて」このイシューを考えてみましょう。


さて、この「なぜ『すべらない話』はすべらないのか?」というイシューですが、ここでは「番組そのものがウケた」原因でなく、「そこで披露される個々のネタがすべらない」原因を考えるものとします。
ここで少し講義モードになりますが、このように「イシューを明確に(具体的に定義)する」ことはとても大切です。
こうして『考える範囲』を明確にしないまま思考すると、このイシューを例に取ると「サイコロで話者を選ぶシステムが良い」などの本来のイシューからは外れた仮説まで考えてしまいかねないからです。
つまり『効率的に考える』ために重要ということですね。
では、本題に戻りましょう。
このイシューは、まず「話す内容そのものが面白いから?」と「その伝え方が上手いから?」に分けて考えることができます。
さらにこれらを分けていくと、以下のようなツリーになります。
(もちろんこの分け方が唯一の正解ではありません)
————————————————————–
1.話す内容そのものが面白いから?
  1-1.内容が実話だから?
  1-2.オチが良くできているから?
2.その伝え方が上手いから?
  2-1.話者の話術が優れているから?
  2-2.「物語」形式で語られるから?
————————————————————–
1-1.については、本人の体験談ということで、その芸人さんの生い立ちや価値観などを知ることができるというのがポイントでしょうか。
ネタによっては芸能界の裏側を覗いた気分にもなれるというのも、番組そのものがウケた理由としても挙げられると思います。
キーワードは『リアリティ』かもしれません。
しかし、みんなお笑いのプロとはいえ、その『笑いを嗅ぎつけるセンス』と『面白ければ身内の恥でも晒す』というプロ根性は凄いですねえ。
次の1-2.については、お笑いの専門家でもない私があれこれ言う必要はないでしょう。
起承転結も含め、「よく練られてるなあ」とその構成に舌を巻くばかりです。
また、2-2.についても上記と同様「さすがプロ」のヒトコトです。
特に“擬音マジシャン”の異名を持つ宮川大輔氏の繰り出す独特の擬音の使い方や、“激怒マイスター”木村祐一氏の多種多様な怒りの表現、“家族話の達人”河本準一氏の今その場にいるとしか思えない驚き・落胆の表情などは、もうそれだけでひとつの芸として成立しています。
こうして見ていくと、やはり各出演者の“プロフェッショナリティ”、具体的にはお笑いというジャンルにおける『審美眼』『プロ意識』『ネタの構成力』『差別化された話芸』が、すべらない話を支えていると言えるでしょう。
しかし、私はそうした個々のプロフェッショナリティ以外にも、それぞれの話がすべらない原因があると考えています。
それが2-2.の『物語形式というフォーマット』です。
これについては次回、そう、明日の放送を見た後でお話ししたいと思います。
なんか「コマーシャル明けまで引っ張る」バラエティ番組のようなオチで申し訳ありませんが(笑)

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