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ファカルティズ・コラム

2011年10月21日

ジョブズは何を残したかったのか(後編)

スティーブ・ジョブズの2005年のスタンフォード大学卒業式でのスピーチから何を学ぶことができるのか…その後編です。
少しおさらいをしておくと、ジョブズの論点は以下の3つでした。
(1) connecting dots
(2) love and lost
(3) death
前回は(1)の”connecting dots”から、点と点を繋ぐためのセレンデピティ(幸運をつかむ力)についてお話ししました。
今回は残りの2つ、”love and lost”と”deathh”について。

では、(2)の”love and lost”、「愛と喪失」からいきましょう。
前項”connecting dots”では大学時代~Apple創業までを語っていましたが、ここで語られているのは、Apple創業後の挫折、そう、創業者でありながら会社を追われたあの件です。
スピーチの中では語られていませんが、彼をAppleから追い出したのは、彼自らが経営者としての手腕を見込んでペプシコからヘッドハントしたジョン・スカリーでした。
ジョブズがスカリーを口説いた「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか?」は有名なセリフですね。
さて、この皮肉な運命。ジョブズの嘆きと怒りは如何ばかりだったでしょう。
しかし彼は言います。
「Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりわからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれたのだ」
まあ確かに彼はその後NeXTとPixarを興し、成功するわけですが、単に結果論でなくそう心から言えるところが彼の彼たる所以(笑)
ここまでポジティブになれるのか、と思いますし、「人間万事塞翁が馬」という割り切りも凄い。
ただ、彼は精神的にタフであっただけではないようです。
彼が立ち直ることが出来た理由、そして信念を持ち続けられた理由、それが『愛』、いや、こういう陳腐な言葉でまとめず、もっとストレートに言えば、「とにかく新しいテクノロジーが、そしてそれを考えることが大好きだった」からです。
ここでのジョブズのメッセージは、あえてベタな言い方をすれば、
「好きこそものの上手なれ」だ。自分の好きなものと、それを好きな自分を疑うな。
ではないでしょうか。


では最後の(3)、”death”。
彼の死という事実の後、この部分を見ると、以前とはまた違った感覚に襲われます。
癌の告知とそこからの生還。
死を目の前にして気づいたこと。
彼は「人間はいつ死ぬかわからない」という当然の事実を初めて、そして強烈に『実感』したのでしょう。
「あなたの時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間を無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見に自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。」乱暴に言えば「好きなことしないとダメだ」と言ってるわけです。
さて、ここであなたも考えてみてください。
ジョブズは、人生を懸けて何を残したかったのでしょう?
Appleという会社? MacやiPhoneなどのプロダクト?
いや、それらによって変革された社会やライフスタイルでしょうか?
これらは全てジョブズの『アウトプット』です。
確かに形として残るアウトプットを残したいと思う人は多いでしょう。「子供を作る」などもその範疇です。
ただ、人が残すことができるのはアウトプットだけではありません。そう、そのアウトプットを生み出す『プロセス』も私たちは残すことができます。
ジョブズで言えば、彼の「先を読む力」や「プレゼンテーション能力」など、個人としてのスキルがあります。
そしてAppleに残した自由かつ創造的社風など所謂『DNA』、そして開発やプロモーションなどの『仕組み』もアウトプットを生み出すプロセスです。
しかし、私は彼が残したかったのはもっと別のものだったように思えてなりません。
特にこのスタンフォード大でのスピーチからはそう感じるのです。
彼が本当に残したかったもの、それは彼の『生き様そのもの』だったのではないでしょうか。
「俺を見ろ」
「俺を超えて見せろ」

これが彼が若く前途有望な卒業生達に伝えたかったことであり、人生を懸けて残そうとしたものなのかもしれません。
それは裏返せば、若い人達に強い危機感を感じていたとも言えます。


さて、この仮説を是とした時、あなたはジョブズの期待にどう応えますか?
私は私にできることをやるしかありません。
少なくとも、ジョブズの危機感を杞憂に終わらせるような人材を育てること。
そして理想としては、ジョブズを超えるような人材を育てること。
そのためにも、ジョブズが最後に繰り返した言葉を肝に銘じようと思います。
” Stay Hungry. Stay Foolish. “

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