KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2024年11月19日

「ヤバい」と「エグい」

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<ヤバい>

やばいとは、危ない、不都合な状況のこと。やばいとは、のめり込みそうなくらい魅力的なこと。【年代】 江戸時代~

若者の間で「怪しい」「格好悪い」といった意味でも使われるようになるが、この段階ではまだ否定的な意味でしか使用されていない。これが1990年代に入ると「凄い」「のめり込みそうなくらい魅力的」といった肯定的な意味でも使われるようになる。
やばいはカタカナのヤバイやヤヴァイといった表記が使われることも多い。

(日本語俗語辞書より)
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「マジやばい」

調べてみましたが、「危ない、不都合な」といったネガティブな意味で使われていた「やばい」が「のめり込みそうなくらい魅力的な」というポジティブな意味で若者を中心として使われるようになっていったのは1990年代後半から2000年代前半にかけてのようです。

今ではすっかり私のようなシニア層まで普通に使うようになったこの言葉。
言葉は生き物ですから、TPOさえわきまえていれば「言葉の乱れ」と目くじらを立てる必要はないと言えます。

ちなみに2015年に実施された「あなたの言葉を辞書に載せよう。2015」キャンペーンでの「ヤバい」への投稿では、様々な面白い定義が優秀作品として選ばれました。

その中で私が「ヤバい」と思ったものをいくつかご紹介します。

1. 「いとをかし」の現代版。
  →上手い! 現代版『枕草子』の感嘆表現ですね。

2. 高ぶる感情を上手く説明できないときに若者がしばしば使う言葉。特に意味はない。
  →「特に意味は無い」、ここがポイントですね(笑)

3. 形容詞と思えば腹も立つが、感嘆詞と考えれば筋が立つ。
  →確かに! 達観してますね。

さて、そして「ヤバい」に続いてここ数年急速に一般化してきた言葉に「エグい」があります。
WBCの侍JAPANの打撃練習で、大谷選手のスイングと打球を間近で見た万波選手が「エグっ!」と驚嘆していましたね。

辞書で引くと…
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<エグい>

1 あくが強くて、いがらっぽい感じがする。えがらっぽい。「山菜を食べたあと、のどがえぐい」

2 俗に、むごたらしいさま。また、どぎついさま。「えぐい描写」

3 我が強くて思いやりのないさま。きつい。「では何か…、えぐい事でもお言いなしたのですかい?」〈三重吉・小鳥の巣〉

(デジタル大辞泉より)
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うーん、やはり「やばい」と同様元々はネガティブな意味ですが、最近では「引くほど凄い」というポジティブな意味として使われるようになっています。

言語学者の新野直哉氏は、ある雑誌のインタビューで

「この言葉は、1981年にテレビの風邪薬CMで使われ、そこから『やばい』と同様、良くも悪くも程度がはなはだしい、インパクトが強いということをあらわす流行語になりました」

と解説しています。このポジティブな「えぐい」の流行は長く続きませんでした。ではなぜ、最近になって「エグい」がまた広く使われるようになってきたのか。

新野直哉氏はこう言います。

「『やばい』が多用されるようになって年月が経ち、使い古された感じが出てきて以前のようなインパクトがなくなってきたので、より新鮮でインパクトのある語として『えぐい』が使われるようになったのではないかと思います。今使っている若い層は、以前流行したということは知りませんからね」

なるほど。

しかし、本当に「エグい」は「ヤバい」の単なる代替品なのでしょうか。皆さんはこの2つの言葉にどのような意味の違いを感じていますか?

桑畑個人としては、以下の3通りの解釈ができると考えています。

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解釈A
<単純な代替え、同内容の新しい表現>

新野氏の言われるように、より新鮮でインパクトのある表現が求められた結果。
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解釈B
<表現における「感情」と「事実」の優先順位の違い>

先の新定義の優秀作である「高ぶる感情を上手く説明できない」からもわかるように、「ヤバい」は自分の感情を表現することに重きが置かれている。
対して「エグい」は自分がいかに感嘆したか、より先の例で言えば打球の飛距離や速度が「並外れている」という事実を表現することに重きが置かれている。
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解釈C
<「ポジティブな感情」と「ネガティブな感情」の優先順位の違い>

「このパスタはヤバい!」のように、「ヤバい」は褒め言葉であると同時に、「美味しさに感動」といったポジティブな感情を表現したい場合に多用される。
対して「大谷さんの打球はエグい!」には「引くほど凄い」という「恐ろしさ」や大谷選手に対する「羨望」「嫉妬」といった感情が背後にあり、自身のネガティブな感情の吐露という側面がある。
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いかがでしょうか。
ロラン・バルトの理論で言えば、どちらの言葉も「並外れて凄い」というデノテーション(明示的意味)は同じですが、微妙にコノテーション(暗示的意味・ニュアンス)の異なる言葉であると言えるのではないでしょうか。

そうすると、いまだにサッカー界で語り草になっている「大迫ハンパないって!」は…

上記解釈Aでは「大迫ヤバいって!」、解釈Cを採用すると「大迫エグいって!」となるのかもしれません。


 

桑畑幸博

桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント

慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力

大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。

主な著書
屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版

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