ファカルティズ・コラム
2025年04月08日
「にわか」を切り口にJリーグのビジネスを考える
最近ネット界隈を中心にサッカーJリーグに対する批判が増えています。「税リーグ」と揶揄されるように、主にスタジアムの建設・維持を自治体に依存する構造になっているクラブが多いこと。そしてリーグ規定で天然芝のグラウンドを義務づけているため、その養生のために他のスポーツ・イベント、そして市民の利用が制限されていることも「税金使うのに公共性が低すぎる」と批判されています。
さらにJリーグにとって逆風となっているのが、バスケットボールのBリーグ人気の高まりです。
元々Jリーグは「地域に根ざしたスポーツでの地域活性化」が売り文句でしたが、同じ地域密着型のBリーグはアリーナの公共性が高い(他の用途に貸し出せ、かつ災害時の避難所にもなる)ことから市民の理解が得られやすいため、しばしば比較されてしまいます。
またバスケットボールの背景にストリート文化があることから、野球やサッカーに比べ若年層のファンが多いことも今後の成長が望めます。
さて、本エントリーで私がやりたいのは「Jリーグ批判」ではありません。
確かに私は東京ドームに通うほどのジャイアンツファンですが、「趣味はプロ野球観戦」と言えるようになったのはここ数年です。
サッカーやバスケットボールも国際大会はテレビで見て応援していますし、Jリーグが盛り上がっていた頃は千葉を拠点としたJEFユナイテッド市原(当時の名称)を応援していました。
野球もサッカーもバスケットボールも、そして相撲やテニスなど全てのスポーツは「尊い」のです。
そしてそのスポーツの「日本代表」の活躍は国民を元気にし、経済を活性化させます。
そのベースはやはりプロスポーツ。野球のWBCやサッカーのワールドカップなどで「○○ジャパン」が活躍しているのは、間違いなく選手と所属チームが「プロ」だからです。
では「プロ」とは? それは当然「それで稼ぐ」ことですから、プロスポーツとして成立するには単に選手がプロであるだけでなく、それ自体が「稼げるビジネス」であることが条件なのです。
では、Jリーグを稼げるビジネスにするには?
それを今回は「にわか」という切り口で考えてみようと思います。
「にわか」
本来の意味は「急であるさま」「急にそうなったさま」「一時的であるさま」などですが、スラングとしては「年季が入っておらず造詣も浅い一過性のファン」を指す意味でも用いられます。「にわかファン」という表現もありますね。
現在、プロ野球が盛り上がっています。
以前は全国区で人気のある巨人と阪神くらいしか儲かっていませんでしたが、今や平日でも3万人以上の観客が入りますし、それに伴いチケット価格は上がっています。(ダイナミックプライシングを導入した神宮球場は席と日程によっては過去の数倍のチケット料金!)
加えてレプリカのユニフォームや各種グッズ、そして球場の飲食店も大繁盛で、スポンサー収入と放映権料を合わせると、年間の市場規模は2000億を超えると推定されています。
それに対してJリーグの市場規模は年間約1500億。この数字だけを見るとプロ野球と大差ないように思えますが、プロ野球のチーム数は12、Jリーグのクラブ数はJ1-J3で60もあります。
よってチーム平均売上はプロ野球167億、Jリーグは25億と7倍近い差が付いています。
これらプロ野球ビジネス成功の要因の一つは、間違いなく「にわか」のおかげです。
ご存じの通り「大谷翔平」選手がメディアで取り上げられない日はなく、先日東京ドームで行われたドジャースVSカブスのMLB東京シリーズは、練習日ですらスタンドは大賑わい。
大谷選手以外でもドジャースには元オリックスの山本投手に元ロッテの佐々木投手、そしてカブスには元広島の鈴木選手と元横浜DeNAの今永投手。MLBには他にもパドレスのダルビッシュ投手(元日ハム)や松井投手(元楽天)やエンゼルスの菊池投手(元西武)、そして今年オリオールズに入団した菅野投手(元巨人)が主力として活躍しています。
そして今後もヤクルトの村上選手をはじめとして、メジャーリーグを目指してる選手も多いこと、そしてWBCを制覇した「侍ジャパン」のメンバーは多くが国内チーム所属ということから、MLBとWBCでの大谷選手の活躍から入った「にわか」はプロ野球にも注目するわけです。
対してJリーグはどうでしょう。はい、やはり海外で大活躍ですね。プレミアリーグではブライトンの三苫選手やアーセナルの富安選手にリヴァプールの遠藤選手、リーガ・エスパニョーラにはレアル・ソシエダの久保選手、ブンデスリーガにはフライブルクの堂安選手など、今や日本代表27人の内23人と、なんと海外クラブ所属が85%となっています。
これは「日本サッカーの躍進」という点では喜ぶべきことではありますが、国内のJリーグに対する関心の低下にも繋がっています。
先に紹介した三苫選手は1年、鎌田選手も3年のJリーグ在籍期間で海外に移籍しています。
海外だけでなく国内での移籍も含めると、Jリーグのクラブ平均在籍期間は3年弱。
「川崎フロンターレの顔」だった中村憲剛選手のような長期在籍は希であり、このあたりも「にわか」がJリーグに「ハマり続ける」ことを疎外しています。
もちろんチームを強くするための移籍市場の活性化は「悪」ではありません。これはJリーグに限らず海外リーグも同じであり、野球でもMLBは近い状況です。
では、この「クラブ在籍期間の短さ」を前提として、どうやったら各クラブが「にわか」を増やし、かつ「にわか」を「常連」にしていくか。これを考える必要があります。
まず「にわかを増やす」ためにはどうするか。
それには、野球と同様に「日本代表への注目」を利用することが考えられます。
要するに「日本代表はJリーグが育てた」というキャンペーンを張るのです。様々なメディアとイベントを通じて、Jリーグと元所属クラブがそれぞれプロモーションを打つことで、「次の日本代表を探せ」という空気を作ります。
在籍期間が1年でもいいじゃないですか。Jリーグの試合に出て注目されて移籍したのは事実ですから。
そうして興味を持ってもらったら、テレビや配信そしてスタジアムで一度は観戦してもらう。
そこで求められるのは「ハードルの低さ」です。
ハードルの低さとは具体的には「金銭負担の低さ」「アクセスの便利さ」「安心感」です。
スタジアムで「まずは安い席で見るか」となるとゴール裏ですが、そこはガチなサポーターだらけで、初心者は安いからといって避けた方が無難です。実際、ゴール裏の雰囲気に耐えきれず「一回限り」になってしまう「にわか」は多いです。
ここで今さらガチなサポーターに大人しくしてもらうのは無理ですから、ここはリーグとクラブのゾーニングが必要だと考えます。
大きくは「応援席」と「観覧席」を分け、応援席は基本立ち見にするくらいでいいでしょう。
そして応援席のチケット代を値上げし、客単価を上げます。神宮球場のレフトスタンド、サッカーで言えばアウェイゴール前が阪神戦だけ1万を超えても完売になりますから、サッカーでも現実的です。
反対に初回観戦は1500円程度、映画を観るより少し安めで専用席を設けて販売します。会員予約専用にすれば初回かどうかの管理もしやすいですし、別に同伴者名義で2-3回初回利用されてもたいした問題ではありません。
これで低い金銭負担で安心してスタジアムデビューできます。
スタジアムの物理的なアクセスは如何ともし難いですが、有料のパブリックビューイングなら解決できます。既にこれは各クラブが行っていますが、まだまだ数は少ないようで、少なくともホームゲームは全試合映画館で生中継しても良いと思います。
次にテレビや配信での視聴ですが、現在Jリーグの試合はJ3を除き全てDAZNの独占配信です。登録後1か月は無料で見られるので「にわか向き」ですが、問題は「登録すら面倒くさい」と感じている人が多い点。デバイスのIPアドレスの特定で登録操作を無くすことはできないのでしょうか。
こうした施策で「にわか」を地道に増やしたら、次は「常連」つまりリピーターになってもらい、リーグに「課金し続けて」もらう。
ベストは「ガチのサポーターになってもらう」ことでしょうが、人数で言えば「ガチではないが課金し続ける」層の方が席数を見ても圧倒的にボリュームは大きいです。
…ただ、これが難しい。
Jリーグには「3回目の壁」と言われているものがあります。スタジアムに訪れる新規顧客(にわか)が10人いたとして、2回目に来場するのが2人、3回目は0.8人にまで落ちてしまう。3回以上になるとリピーターになるけれど、そこにたどり着くのが非常に難しいということが「3回目の壁」です。
なぜこれほどまでに離脱率が高いのか。
リクルート(じゃらん)の調査によれば、「コスパが悪い」「サポーターが熱すぎ」がツートップの離脱要因です。サポーターの熱さは先に述べたゾーニングが対策になりますが、コスパの悪さの解消が難題です。
野球と異なり、サッカーは45×2の90分、集中して観るスポーツです。そのため野球のような「相手チームの攻撃時にトイレ行ったり買い物・飲食する」ことが難しくなります。各クラブはスタグル(スタジアムグルメ)の充実やイベントなど頑張ってはいますが、課金の機会が少なくては売上は上がるはずもありません。
この状況でどうやって「コスパが良い」と「にわか」に感じてもらうか。
ひとつの方向性は「サッカー以外でも楽しんでもらう」ことでしょう。野球の「ボールパーク」と同様、スタジアムの近隣にショッピングモールや映画館などを作って相乗効果を狙うのです。その地域の特性を活かすなど、まだまだ工夫の余地はあるはずです。
さて、今回のコラムは少し長くなりました。
野球もサッカーもバスケットボールも、それぞれのプロリーグが稼げるビジネスであれば、競技レベルも向上します。Jリーグなくして今の日本代表の躍進はありえなかったのは事実です。
やれ「サカ豚(サッカーファンの蔑称)」や「焼き豚(野球ファンの蔑称)」といがみ合っている暇があったら、バスケファンやラグビーファンも巻き込んでプロスポーツビジネスを発展させるための戦略を考えるべきだと思うのです。
桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント
慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書
『屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
『リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
『「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
『すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
『偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版
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