ファカルティズ・コラム
2025年04月24日
「の」を省略することの意味
「今回の企画の内容の問題点は、近年のZ世代の既存のニーズしか見ていない点にあります」
こんな文章を見たらあなたはどう感じますか?
文章の内容としては問題ないとしても、何か間延びした稚拙な印象があるはずです。
では、なぜそう感じるのか。
はい、もうおわかりですね。「の」が多すぎること、そして連続しているからです。
「の」は、前後の二つの名詞を繋いで連体修飾語を構成します。 名詞の間に現れる助詞の「の」は実質的に何の意味もなく、文法的働きを示すだけです。
このような機能を持つ「の」は「連続して3回以上は使わない」のが、先の例のように間延びした稚拙な文章にしないための暗黙のルールです。
では先の文章を「の」の3連続にしないためにはどうしたら良いか。
ひとつの方法が「他の言葉への置き換え」です。
先の文章であれば、たとえば以下のような言葉で「の」を置き換えることができます。
「今回の企画の内容<における>問題点は、近年のZ世代<が持つ>既存のニーズしか見ていない点にあります」
いかがでしょうか。かなり間延び感と稚拙さが解消されています。
そしてもうひとつの方法が「省略」です。
先の文章ならこんな感じ。
「今回の企画内容の問題点は、近年のZ世代の既存ニーズしか見ていない点にあります」
さらに「置き換え」「省略」を組み合わせると…
「今回の企画内容に関する問題点は、近年のZ世代における既存ニーズしか見ていない点にあります」
となります。
当初の「の」が連続した文章とは全く異なる「社会人っぽい」文章ですね。
もちろん「間延び・稚拙」の回避目的でなく、慣用的に「の」が省略されるケースもあり、これは地名・人名などの固有名詞に多く見られます。
「東京(とうきょう)」は元々は「東の京」ですし、「岡本(おかもと)」の語源は「岡の本(ふもと)」から来ています。
ちょっと面白いのは、書き言葉では「の」が省略されていても、読みでは「の」を省略しない例も多いこと。
「山手線」の読みは「やまのてせん」で、「石巻」は「いしのまき」などがそれです。
ちなみに「山手線」は戦後はGHQの指導で「やまてせん」が正式名称だったのですが、横浜の「山手(やまて)」駅と紛らわしいとの理由で再び「やまのてせん」と呼ばれるようになったらしいです。
もうひとつちなみに「渡辺」さんを「わたなべ」「わたべ」のどちらで読むかも難しいですが、「わたなべ」の「な」も元々は「の」と同じ意味だったようです。
しかしそれ以上に「渡辺」「渡部」「渡邊」「渡邉」問題が…
少し脱線しましたが、私は「の」の省略には別の意味もあると考えています。
先日QUORAで以下の質問がありました。
「黒澤映画、ジブリアニメ」このように名詞として名詞を修飾するとき、「の」を省略するのも日本語でよくある方ですか?口語体の会話ではどちらをより使うと思いますか?
そして私の回答がこちら。
———————————————–
「黒澤の映画の人物描写の特徴は~」といった表現は助詞「の」が3回続き、IMEから「『の』の連続」と警告が出ます。その理由は「の」が3回以上続くと口語体の説明口調になってしまい、稚拙な文章に見えるからです。この場合の修正方法は「言い換え」と「省略」で、前者は「黒澤の映画における人物描写の特徴は~」のような「の」→「における」などであり、後者なら「黒澤映画の人物描写の特徴は~」となるわけですね。
このように書き言葉では「稚拙な文章に見えないための省略」が行われますから、ご質問に対しては「はい、日本語ではよくあることで、かつ省略しない方がより口語的表現となります」が回答となります。
しかし、本当に「の」の省略はそれだけが理由でしょうか。
個人的な意見ですが、「黒澤の映画」と「黒澤映画」は異なるニュアンスがあると考えます。
「黒澤の映画」と「の」を省略しない場合は文字通り「黒澤監督が撮った映画」のこと。単なる事実の説明です。
それに対して「黒澤映画」という「の」を省略した表現からは、ひとつの映画のジャンルであり、黒澤監督の想いやコンセプトまでも包含した「世界観」を持つ言葉なると思うのです。
同様に「ジブリのアニメ」が単なる説明なのに対し、「ジブリアニメ」という表現には「ジブリの世界観」が内包されているように感じます。
———————————————–
「黒澤」「ジブリ」のような「固有名詞」が「映画」「アニメ」といった「普通名詞」を修飾する場合、間に「の」が入ると回答で述べた通り単に事実の説明になってしまいます。
しかし「の」を省略した「黒澤映画」「ジブリアニメ」という表現になると…
それはひとつの「コンテンツのジャンル」や「ブランド名」を示す言葉になり、それを私は「世界観を内包させる」という「の」の省略のもうひとつの意味と考えています。
これはコンテンツ界隈だけではありません。
「宮崎の地鶏」でなく「宮崎地鶏」
「日本のサッカー」でなく「日本サッカー」
「ホンダのイズム」でなく「ホンダイズム」
これらは全て世界観が内包された、わかりやすく言えばより具体的に「それがどういうものなのか」がイメージしやすく、興味を持たれやすい表現です。
あなたが思いつく、「の」を省略することで世界観を内包した言葉は何がありますか?

桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント
慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書
『屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
『リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
『「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
『すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
『偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版
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