ファカルティズ・コラム
2025年10月01日
データセンター建設ラッシュの光と影
今、日本列島は静かなる建設ラッシュに沸いています。その主役は、私たちのデジタルライフを支えるデータセンターです。スマートフォンのアプリ、ネットショッピング、AI技術の進化等々、これら全ては、巨大な「情報の倉庫」があってこそ成り立っています。
世界的なデジタル化、特にAI技術の爆発的な発展により、データセンターの需要は青天井です。日本国内においても、その建設は加速しており、国際的な調査では、2020年代半ばにかけての日本のデータセンター市場の成長率は、世界でも有数の高水準にあると予測されています。
具体的な数字の裏付けは変動しますが、GoogleやMicrosoftをはじめとした主要IT企業の相次ぐ巨額投資計画が、この勢いを物語っています。
では、なぜデータセンターの建設ラッシュが起きているのか。
一番の理由は、クラウドサービスおよび生成AI需要の拡大です。
特に私たちの仕事や生活で急速に活用が進んでいる生成AIは、大容量のデータ処理と低遅延(レイテンシ)が必須であり、かつユーザーに近い場所でのデータセンターが必要不可欠になっています。
また日本は地震国ですが、適切な地盤の選定や耐災害性の高いインフラ整備により、アジア太平洋地域におけるハブとしての地位を確立しつつあります。
さらに経済安全保障やデジタルインフラ強化の観点から、国内建設を後押しする政策も後押ししています。
特に千葉県印西市は、今や「データセンター銀座」と呼ばれるほどのデータセンター集積地となっています。
印西市は千葉県北部の下総台地に位置しているため地盤が強固で地震に強く、また活断層リスクや津波や洪水の浸水リスクが低くも低いと評価されています。
加えて、都心や成田国際空港へのアクセスが良好で、機器の搬入や技術者の迅速な対応がしやすいこと、そして計画的なニュータウン開発により、共同溝による電力・通信ケーブルの地中化が進んでおり、災害時の安定稼働に寄与していることも、印西市での建設ラッシュを支えています。
実際印西市の固定資産税におけるデータセンターへの依存度は2023年度で51%となっており、市の財政を安定させる大きなメリットとなっています。
しかし、この建設ラッシュは「光」だけではありません。
静かなる「影」の部分として、各地で住民による反対運動が起きています。
東京都日野市や千葉ニュータウンの一部地域など、住宅地に近接したエリアでの建設計画で、住民による反対運動が報告されています。
反対の理由はいくつかあります。
1. 騒音問題:データセンターはサーバーの冷却のために空調設備を24時間365日稼働させます。この室外機や冷却機器から発生する低周波音や騒音が、住民の生活環境を脅かす最大の懸念材料となっています。
2. 日照権・景観の悪化:地上50メートルを超える巨大なデータセンターが建設される計画もあり、これにより近隣住宅の日照時間が減少し、街の景観が悪化することが懸念されています。
3. 環境負荷:大量の電力を消費し、冷却に大量の水を必要とすることから、温室効果ガスの排出や水資源の使用による環境への影響も大きな問題です。
4. 地域との調和:人々の出入りが少ない「箱もの」施設が、駅前などの一等地に建設されることに対し、「地域の発展に資するのか」「都市機能との不協和を生むのではないか」という疑問の声も上がっています。
データセンターの建設ラッシュは、デジタル社会を生きる私たちにとって、極めて重要な「光と影」を投げかけています。
この状況に対し、私たちは単なる傍観者や反対者としてではなく、インフラの利用者であり地域の構成員として、建設的な視点を持つ必要があります。
A) 「利便性のコスト」を正しく理解する
私たちが享受しているAIの進化、ストレスのない高速な通信環境、災害時の安定した情報網は、全てデータセンターという巨大インフラの存在の上に成り立っています。
反対運動の根底には、騒音、排熱、景観悪化という直接的な不利益があります。しかし、事業者側から住民に対して「直接的なメリットはありません」という回答があった事例が示すように、デジタル社会の利便性の享受者である私たち一般市民が、そのコスト(環境負荷、騒音、景観など)を理解し、建設の必要性を受け止める姿勢がまず必要です。
B) 「対立」から「対話」へ
住民の懸念を解消するためには、事業者と自治体による情報の透明化と徹底した地域への配慮が不可欠です。
先に述べたように地域住民に直接的なメリットがない場合、税収や雇用といった間接的な効果を具体的に説明し、地域との連携策(例えば、緊急時の電力融通、地域環境活動への参加など)を積極的に提案すべきです。
また、冷却ファンの騒音低減技術(大型・低回転ファンへの交換)、熱交換器や液浸冷却(サーバーを冷却液に浸す)などの静音かつ高効率な最新技術の採用を、自治体が指導し、建設段階から導入を義務付ける必要があります。
建設予定地の選定や設計の初期段階で、近隣住民グループと専門家を交えた対話の場を設け、懸念事項を設計に反映させる「共創的なプロセス」が求められます。
C) 持続可能性を最優先するデータセンターを評価する
データセンターの消費電力と水資源の使用量は膨大です。私たちは、再生可能エネルギーを調達していること、水のリサイクルや効率的な冷却技術(フリークーリングなど)を導入していることを、事業者選定や評価の基準とすることも検討すべきでしょう。
「データセンター建設ラッシュの光と影」は、デジタル化の恩恵を享受し続けるために、私たちが地域環境とどう共存し、持続可能なインフラをどう構築していくかという、現代社会における根源的な問いを突きつけているのです。
桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント
慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書
『屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
『リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
『「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
『すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
『偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版
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