KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

学びの体験記

2026年08月11日

[私をつくった一冊]P・F・ドラッカー著、上田惇生編訳『プロフェッショナルの条件 いかに成果を上げ、成長するか』

慶應MCCの参加者の皆さまに、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。



プロフェッショナルの条件 いかに成果を上げ、成長するか
著:P・F・ドラッカー; 編訳:上田惇生; 出版社:ダイヤモンド社; 発行年月:2000年6月;価格:1,800円税抜

その本には、いつ、どのように出会いましたか?

20代前半、学生時代です。我が家は父も母もドラッカーが好きで、本棚にこの本がありました。『現代の経営』や『マネジメント』は難解なイメージがありましたが、本書は働き方や自己実現というテーマで書かれており、比較的抵抗なく手に取りました。
新卒で金融機関に就職した後も折に触れて読み返してきました。その後、社会人として学び直し、大学院で研究を続け、大学教員・研究者となった今も読み返しています。同じ本でありながら、自分の立場が変わるにつれて響く箇所が変わっていくことも、本書の魅力だと思います。

どのような内容ですか?

本書はドラッカーの単著ではなく、上田惇生氏が「一人ひとりの人間についてドラッカーが扱った内容」を各著作から抜粋・編纂したものです。
強みの活かし方、時間管理、意思決定、自己実現など、ビジネスパーソンに必要な条件が論じられていますが、それ以上に、ドラッカー自身の若き日のエピソードを通じた生き方・在り方の深い考察が随所に光ります。単なる「働き方のハック本」ではなく、仕事の先にある知的活動の本質と、実り豊かで誇り高い人生の在り方に触れることができる一冊です。

なかでも印象深いのが「7つの自己マネジメントの経験」です。オペラ作曲家ヴェルディが80歳を超えて喜劇『ファルスタッフ』を書いた話についての箇所は、生涯を通して目標を持ち続けて自分の道を歩くことの重要性を伝えてくれます。椿姫・リゴレット・オテロといった悲劇で人間の本質を描き続けたヴェルディが、最後に書いたのは「この世はすべて冗談、最後に笑った者が一番笑う」と高らかに歌い上げる人生賛歌でした。その境地に、ドラッカーは生涯現役で道を歩き続けることの意味を見ていたのかもしれません。

また、彫像の見えない部分まで丁寧に彫ったフェイディアスの逸話から「神々が見ている」と語る箇所では、目に見えない部分まで真摯であろうとするこの姿勢は、仏像を彫る日本の職人の心意気にも通じます。

そして晩年のシュンペーターが「優秀な学生を一流の経済学者に育てた人物として知られたい」と述べた「何によって知られたいか」という問い。若い頃に地位や名声を求めたシュンペーターが晩年に至ってこの言葉を残したことは、研究者・教育者となった自分に今も強く響き続けています。

また、「専門知識を一般知識へと統合できない教養は、教養ではない」というドラッカーの断言も忘れられません。知識をただ持つだけでなくケイパビリティの水準まで引き上げること、そして単なる「使用価値」ではなく「本質的な価値」に目を向けること——それこそが教養の意味だと、今の学生たちにも伝え続けています。AIが台頭する現代においても、この問いはむしろ鋭さを増しているように感じます。

この作品をおすすめするとしたら?

20代で読めば働くことの意味を問い直す契機に、40代で読めばキャリアの折り返しを見つめ直す鏡に、50代60代以降では「何によって知られたいか」を静かに問い直す羅針盤になると思います。
人生の段階ごとに異なる顔を見せてくれる、生涯の伴走者のような一冊です。とくに、社会人になってから改めて学び始めたいという方にも、専門書とは違った形で「学び続けること」の意味を考える入口になる一冊だと思います。

あなたににとってどんな出会いでしたか?

この本との出会いは、ドラッカーの視座そのものへの入口でした。本書を通じてドラッカーの生き様に共感したからこそ、全体主義への危機感、資本主義の分析、組織と人間への深い眼差しといった一連の著作を読み解く姿勢が生まれました。

そして、この本を読み続けてきた時間は、私自身が「学ぶ側」から「知を伝える側」へと少しずつ歩んできた時間とも重なっています。

30代前半、大学受験時代に日本史を教えていただいた河合塾の石川昌康先生がMCCに登壇されることを知り、久しぶりに受講したことがMCCとのご縁の始まりでした。仕事をしながら、仕事とは直接関係のない分野も含めて学ぶことの楽しさを改めて知り、その後もさまざまな先生方の講座で学びました。並行して大学院で研究を続け、博士号を取得、今では自身が教える立場に変わりました。
しかし、知を「学ぶ側」と「伝える側」はきれいに分かれるものではないと思います。今も私はさまざまな人から学び続けていますし、学んだことが自分の研究や教育につながり、今度はそれを誰かに伝えていく、その人がまた別の誰かに伝えていく。そうした往還によって知の輪が広がっていくことに、社会人が学び続けることの大きな意味があるように思います。
だからこそ、今も私が大切にしているのは、ドラッカーの「何によって知られたいか」という問いです。亡き古流剣術(直心影流)の師匠から教わった「俺を目指すな、俺が目指したところを目指せ」という言葉とも重なります。教育において、よき価値を伝え、学生一人ひとりが人生のプロフェッショナルとして巣立っていく。そして自分自身も学ぶことをやめない。その姿勢をこれからも大切にしたいと思っています。


 

脇 拓也(わき・たくや)

獨協大学経済学部経営学科准教授。経営戦略論・経営倫理学を専門とし、企業の戦略や組織不正について研究・教育を行っています。
銀行勤務の傍ら埼玉大学大学院修士課程を修了し、その後、慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程を修了(博士〈商学〉)。現在は「実務と学問をつなぐこと」を大切に、研究・教育・執筆活動に取り組んでいます。クラシック音楽鑑賞や古流剣術の鍛錬をライフワークとしています。
MCCには30代前半から参加し、さまざまな講座を受講してきました。大学教員となった現在も、自ら学び続けながら、「学ぶ側」と「伝える側」の双方から知の輪を広げていければと考えています。

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