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マナブってこういうモノ

2009年04月14日

奥野喜治
全日本空輸株式会社 オペレーション統括本部 品質サポート部 主席

はじめに
私は58才です。60才の会社の定年まで後2年。先日、新しい体重計に乗っかって「体年齢」とやらを測ると52才、気をよくしてその夜Wii sportsで「体力年齢」を測定すると24才、『そうかまだまだ体は衰えていなんだなぁ(ちょっと元気すぎる)』。身体は兎も角として、頭の方は、脳年齢はどうだろうかと、ふと考えてみました。そういえば、我が家の奥さんに時々「一昨日の夕ご飯は何食べた?」と問いつめられ、「・・・・」答えられないでいると、「それじゃ、何作っても同じね」って脅迫される始末。嗚呼。
「会議ファシリテーション」
そんなこんなで体を鍛えるより「脳みそを鍛えなくちゃ」と思い、慶應MCCの重い扉を押し開けました。授業は『会議ファシリテーション』。なんと1週のお休みを挟んで毎週末2カ月に亘って続くプログラムに申し込んでしまいました。
いわゆるスタッフ業務として毎日、調整やら打合せやらはたまたルール作りと、大小さまざまな会議に始まり会議に終わると言っても過言ではないのが日常です。


『会議ファシリテーション』の講義で桑畑講師が真っ先に言われたことは今でもハッキリ記憶に止めています。それは「会議の時間単価を考えなさい、効率と効果を頭に置かない会議にファシリテーションは存在しません」 ふむふむです。そういえば、学生アルバイトの時給の何倍もある時間単価の高そうな人達が額をつきあわせて、結論が出ない会議のなんと多いことか、それよりもその状態を誰も不思議に思わない奇妙さが、恐らくいろんな会社に存在するのだなと。
ピンときました。会議にも共有しなければならないスキル(技術)が必要なのだなと。ほとんどの仕事は会議で決まっていく。だからこそ会議ファシリテーションの技術は必要で重要なのだなと、今更のように思い知ったのです。技術におぼれてはイケマセンが、同じ目的を持つ人達の間で最低限の共通スキルは、効果や効率を生むということを再認識したものです。
のべ6日間のプログラムを終えて数日経ったある日、気がついてみると話が混沌としている会議の席上で、立ち上がってホワイトボードに向かっている自分がいることに気がつきました。その混沌とした議論が、ホワイトボードに論点を書き出し、脈絡を書き示すことでいとも簡単、短時間に出席者の理解が得られ結論を導きだすことが出来ました。また、業務上、たくさんの人の前で話すことがありますが、テーマや対象者に拘わらず「ファシリテーションの重要性」を対話やコミュニケーションの重要性とともにお伝えしています。一人で黙々と作業に打ち込まなければならない開発者や作家などは例外として、ほとんどの仕事が複数の人達のコミュニケーションを基に出来上がっている筈です。その時にファシリテーションを技術として知っているか、いないかでは、業務の効率や効果に大きく影響してくることを実感しています。
知識欲って大事、かも?
食欲、性欲などの生理的な欲求から始まり、自己実現の欲求まで人間には様々な欲求がありますが、その内のひとつとして、古今東西、老若男女を問わず「知的な欲求」は誰にでもあると思っています。生まれてからお喋りが出来るようになるとほとんどの子供は「何で?」と聞きます。これが知識欲の始まりだと思います。本嫌い、文字嫌いの人でも某かの知識を常に求めていると思っています。なぜなら、空腹を満たすことや、金銭を満たすのと同じくらいの、求めれば限りがない価値を「知識」は秘めているからだと思います。
知識とマナブことはもしかしたら同じではないかも知れません。独学好きな私自身が自分で自分のことを否定してしまうようで、言いにくいのですが独学で身に付く知識よりも、同じことを学びたい仲間と一緒にマナブ方が何倍も「知識」が身に付きます。「知識」の溢れようが異なって来ます。一人で「そうかなるほど」とわかることより、仲間と一緒に学んだ「そうかなるほど」の方がずっと長く自分の中に棲み続けるものなんだと、遅まきながらこの年齢になって気がつくようになりました。今まで、なんと時間の無駄遣いをしてしまって来たんだろうかと、反省することしきりです。
今、興味のあること
今は、慶應MCCでのマナビは暫く休止中ですが、今年度の『夕学五十講』の前期には、大変興味があり以前からお話を聞きたかった谷川俊太郎さん漆紫穂子さんのお二人が登壇されますので、今から首を長くして突発的な仕事が入らないようにと祈っているところです。まさに「ドンぴしゃ」です。
詩を書くことを長年の趣味としていますが、谷川俊太郎さんは大好きな詩人の一人にあげることができます。日本ではなかなか詩人の言葉に目を向ける機会が少ないのですが、詩人は、あらゆる芸術や哲学を言葉で表現する人だと思っています。その詩人の言葉や今の生きたお考えを直接お聴きすることが出来るのですから、とても貴重な時間です。意外に詩人は普通の人間だったりするものですが、その普通さの中に秘めた普通との違いを探りに出かけようと思っています。
漆紫穂子さんは、通勤電車の窓から毎日目にする品川女子学院の校長先生です。子供達の良き教育者というより、学校経営が企業経営にも通じるマネジメントのあり方について多くのヒントをいただけるように思っています。特に子供達が未来の自分から今何をしなければならないかと言った28プロジェクトというご指導をされていることに企業も学ぶ必要があると思っています。(余談ですが最近作ろうとしている自分の詩集のタイトルは、「未来からの列車」と言います。)
このお二人の話に直接関係はないのですが、最近興味のあることと言えば、「右脳と左脳のバランス」それに「セレンディピティ(偶然の幸運?ヒラメキ)」です。前者は「固い頭と柔らかい頭のバランス」が必要だということ、後者は「ヒラメキは突然やってこない」というモノです。
「右脳と左脳のバランス」は、あることを考える時の脳みその使い方だと言えます。理屈をきちんと立てることと、こころに響くことと言って良いかも知れません。良く「理系と文系」や「叙事詩や叙情詩」などとカテゴライズして人や物を分けようとしますが、モノの考え方や人間の感情は、そんなにきっちり分類は出来なくて「同時に」や「ミックスして」脳みそを使い分けなければいけない時代になってきていると最近よく思います。
ちょっと専門から離れてみると、難しいことが意外と簡単だったり、長く解けなく難しいと思っていた問題が、ジョギングしている時にふと瞬間に回答を見つけだせたりしてと。。。
これがセレンディピティと言われる「突然のヒラメキがもたらす幸運」に繋がって行くのだろうと思っています。上手に説明できませんが、先のファシリテーションのプログラムでも、一方的に授業を受けるように聞いていたら「そうか、なるほど!」は起こりにくかったと思います。アイスブレークで遊びを交えたり、体を動かしながら参加者とロールプレイをすることで、右脳と左脳をフルに使うことが出来て「そうか、なるほど!」が多く引き起こせたのだろうなと思っています。
「人間は考える葦である」とはよくいったもので、考えることが出来るからこそ人間で、考えない人は、人間を放棄してしまっているのではと思います。考えるから知識が生まれ、知識を欲するから考えられる様になるような気がしています。この先眉間に皺なんて寄せずに楽しく考え続けることが出来たとしたら、それはなんて贅沢で素敵なことかと思ってしまいます。
経営の品質
仕事で向き合っているのは、と大まじめにお伝えすると、「経営の品質」をどう考えるかということ、人が幸せになるために企業は何をしなければならないかということです。私は、航空会社に勤務していますので、空港でたくさんのお客様とお会いしています。飛行機をご利用いただくお客様には様々な選択の理由があります。でも、飛行機をご利用されるのはお客様にとって短時間に目的地へ向かう手段でしかありません。ご要件は目的地に着いたときから始まります。でも、ドラえもんのどこでもドアが発明されない限り、空港や機内で過ごされる間のお客様の貴重でかけがえのない時間を気持ち良く過ごしていただきたいといつも考えています。どうすればお客様にとって価値ある時間を過ごしていただけるのかといつも考えています。
慶應MCCはとてもいい
慶應MCCでの受講は以前に『コンピテンシー・インタビュー』を受講したのと、『夕学五十講』を4年ほど前から、年に2回のペースで受講させていただいています。ひとくちに言って、何が最も良いかと言うと「教室」と「受講生」だと思っています。言いかえれば「学ぶ環境づくり」と「学びの姿勢と熱意」がきちんと整っていると言うことだと思います。他のセミナーやこの種の講義を受けたこともありますが、なかなか慶應MCCの様な「雰囲気」は存在しないと思います。(知らないだけかも知れませんが。。。)
恐らく、多分ですが、慶應MCCを運営されている皆様も同じ気持ちで居られるんだろうなと感じています。それがそのまま慶應MCCの魅力、引きつけるもの、行ってみたいな、マナビたいなの気持ちにさせているんだろうなと思います。これって、とても大切なことですよね。星の王子様ではないですが、「大切なことは目に見えない」んですから、見えないからこそキチンとしなければ誰にも分からないということですね。
時に始めて出会う者同志が同じ場所で学ぶときには、空間の空調や照明、人の出会い、何と言っても雰囲気などの環境はとても大事です。慶應MCCにはそれが準備されていました。会議ファシリテーションで分かりやすく解説をいただいた桑畑講師とその参加者が舞台の配役だとしたら、それを支える黒子やプロデューサーの役目を丁寧に務めておられたラーニング・ファシリテーターの藤野さん達の目に見えないご苦労や舞台準備に支えられて、いい雰囲気に引き込まれて楽しみながら演じるように学べたのだろうと思います。
ちょっと褒めすぎかも知れませんね。何年か後にリタイヤしてビジネスと縁がなくなって慶應MCCとのつながりがなくなってしまったらと思うと寂しくなりますが、だからこそ、「マナブって、こういうこと、かも」とつくづく思ってしまうのです。
これからも体と脳のバランスを上手に取りながら、いいマナビを続けたいと思っています。
おしまい

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