夕学レポート
2006年11月14日
「人の心に届く音楽を」 千住明さん
千住三兄弟のお母様、千住文子さんの著書『千住家の教育白書』には、明さんの「はじめての作曲」にまつわるエピソードが綴られています。
「(明氏が)小学校の高学年になったある日、私はランドセルの中に投げ込まれていた紙を見つけた。 小さい字で書かれた楽譜のようなものだったが、いつものマンガであろうと見過ごしていた。
数日後、担任の先生から電話がかかってきた。
「アキラ君が私の還暦祝いに作曲をしてくれました。いま私の娘にピアノで弾いて聞かせてもらったとこ ろです」
<中略>
楽譜といえるかどうか。それでも人間の心を表現する歌、一つの言葉であったのではないか。
“先生おめでとう。元気でいてね。うれしいよぼくは。心配だよ僕は。先生おじいさんにならないでね”
このような先生に対するお話であったと思う。
楽譜に似せた形で語ったアキラは、その時初めて曲を書いた。」
母親だからこそ見届けることができた、いまをときめく作曲家千住明さんの原点です。
ポップスとクラシックの垣根を取り払う独自の音楽領域を切り拓いてきた明さん、日本画の伝統的な殻を打ち破って新境地を拓いた兄の博さん、妹の真理子さんも含めて、千住三兄弟に脈々と流れている開拓者精神は、父君である千住鎮雄氏の影響が濃いとのことです。
慶應工学部(現理工学部)の教授であった千住鎮雄氏は、工場の工程改善や作業改善を通じて生産性を向上させるにはどうすればよいかを研究する「経営工学」の専門家でした。
この分野の日本におけるパイオニアとも言える人で、工学部に管理工学科を創設した方でもあるそうです。
「新しいもの挑戦すること」「はじめての道を歩むこと」に何よりの価値や生きがいも見いだす精神は、しっかりと子ども達に受け継がれ、三人とも、芸術の世界で新たな道を切り拓いた人として名を成すことになりました。
また、千住さんの講演の中でも、お父さんの言葉として語られたいくつかの至言があったことも印象的でした。
「人生はロングレース」
「人生には、何度か重要なKeyに出会うことがある。そのチャンスを逃さずにキーを回せ」
「空いている電車に乗れ、混んできたら違う電車に乗り換えろ」
「どんなことでもいい。超のつくようなプロになれ」
「30歳までに決めればいい。人生は30歳からやり直せる」
「人生の定理は、結果=才能×努力だ」
これらの言葉は、お父様が幾多の困難を乗り越えながら獲得してきた「人生の持論」だったわけですが、千住さんは、その言葉を胸に刻み、時に拠り所としながら、ご自身の「人生の持論」を作ってきたことがよくわかりました。
明さんの言葉を借りれば「親父はハーモニカしか吹けなかった」という方だったそうですから、三兄弟の芸術的な才能は、どちらかと言えば激情派であったお母様譲りなのでしょう。しかしながら、重要な局面で指針となる「心に残るメッセージ」をしっかりと残したという意味で、実に父親らしい父親でいらしたようです。
テレビドラマ『砂の器』の挿入歌であったピアノ交響曲「宿命」の誕生秘話も、千住さんのプロフェッショナルズムがよく伝わるお話でした。
「宿命」は、1974年の映画版『砂の器』(管野光亮氏、芥川也寸志氏の合作)が有名です。
クライマックスで、全国を放浪する親子の美しくも悲しい映像と重ねながら主人公和賀英良が叩きつけるようにピアノを弾くシーンは、強く印象に残っています。
今回のテレビ版で、千住さんに要求されたのは、映画版のイメージ・印象を崩すことなく、まったく新しい音楽を創ることだったそうです。細かいスペックでの制約も数多くあったそうです。しかも他の挿入歌を含めてわずか、3週間で20~30曲を創り上げるという厳しい納期でした。
ギリギリの条件で、せっぱ詰まった状況の中で、最高のパフォーマンスを出すことを求められたそうです。
しかし、逆にこの厳しい条件が、オーダー作家として20年以上生きてきた千住さんの職人魂に火を付け、講演でも流されたあの素晴らしい「宿命」が生まれました。
「もう当分こういう仕事はしたくない」と思ったほど疲労困憊したそうですが、お話の端々から、最高のパフォーマンスを出せたというプロとしての自負が伝わってきました。
「音楽は相手に聞いてもらえてはじめて意味がある。相手の心に届くかどうかが重要なのだ」
千住明さんは、はじめて作曲をした小学生の頃に抱いていた思いをそのままに、これからも素晴らしい作品を送り出しつづけていくのでしょう、
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