KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2007年02月16日

「ソーシャルアントレプレナー」 犬飼基昭さん

夕学では、これまでにもJリーグチームの経営者の方にご登壇いただいてきました。
新潟アルビレックス社長の池田弘会長FC東京の村林裕専務。そして、三人目がきょうの講師、前浦和レッズ社長で、現Jリーグ専務理事の犬飼基昭さんです。
一説には、Jリーグのチェアマン候補の一番手と目されていた人物と言われていますが、対談者である二宮清純さんの言葉を借りれば、「次の日本サッカー界を担って欲しいリーダーの一人」であることは間違いないようです。
浦和レッズの大成功は、改めて説明するまでもありませんが、「地域がチームを育て上げる」というJリーグの理念を具現化したうえで、経営的にも、成績面でも特筆すべき実績を残してきました。その舵取りを担い、いまは専務理事としてJリーグ全体のディレクションを司る犬飼さんが語る「Jリーグのネクストステージ戦略」とは何か、多くの聴衆が興味を持って聞き入りました。


犬飼さんが語る「Jリーグのネクストステージ戦略」の語り出しは、きわめてベーシック、しかしながらその分スケールが大きいものでした。
「サッカーを通して、子供たちの健全な発達に関与・貢献をすること」
犬飼さんは、昨年「JFAこころのプロジェクト」を立ち上げました。元Jリーガーや現役選手、なでしこジャパンの選手たちが、全国津々浦々の学校に出向いて出張授業をやるものです。
それは単なるサッカー教室ではなく、子どもにとって憧れの存在である選手達が、幼い頃どんな夢を描き、その夢に向かってどんな努力をしたのか、夢の先輩、夢の先生として、子どもに夢を語ることだそうです。
1月30日には、北沢豪さんによるテスト授業が品川区の浅間台小学校で行われたばかりだとか。
そこでは、学級崩壊が取りざたされ、集中力の欠如が心配されている子供たちが、目を輝かせ、一言も聞き漏らすまいと北沢さんの話に耳を傾ける姿があったそうです。
また、スポーツ教育におけるスポーツクラブの役割を定着させることも掲げていらっしゃいました。
子供の運動能の基礎固めには10歳から15歳に何をやるのかが重要だそうですが、日本の6・3・3制の学校教育制度では、5年間の真ん中で分断がおきてしまいます。
スポーツクラブはここをつなげる役割を担うことを多くの方に理解してもらうことだそうです。
10歳から15歳の時期には、教師が子供と一緒に身体を動かし「やって見せる教育」が不可欠にもかかわらず、高齢化がすすむ教師にはそれが望めない。であるならば、地域のスポーツクラブから体育専任講師を派遣し、体育の授業を委ねてもらうことを考えているそうです。
犬飼さんが教育委員を務めるさいたま市では、実現することになったそうですが、全国に同様の制度が普及することが犬飼さんの夢でもあるようです。
さて、ここまで聞くと、教育への関与・貢献の意義はわかるけれど、それでJリーグは強くなるのか、代表チームはW杯で勝てるのかという疑問が沸きます。
しなしながら、犬飼さん達の頭の中では、矛盾なく繋がっているようです。
犬飼さんが、昨年のドイツWカップではっきりと見えたことは「W杯の決勝トーナメントに残る国々は、その国のプロリーグのトップチームの戦い方を色濃く反映している」という事実だそうです。
そのうえで、日本の選手たちの分析してみると、スター選手に依存するのではなく、攻守にバランスの取れた11人の組織サッカー、しかも司令官の指示で駒のように動く組織サッカーではなく、一人ひとりが考えながら守備から攻撃まで幅広くこなす、自律型組織サッカーに適性を持った選手が増えているということだそうです。
そんな選手を数多く育成するには、16歳までの育て方が一番重要で、あらゆるポジションを経験し、夢と挫折を経験しながら、身体と心のバランスを育む必要があります。
「サッカーを通して、子供たちの健全な発達に関与・貢献をすること」は、サッカーの裾野を広げつつ、優秀な人材を早期から理想的に育て上げていく「日本型選手育成システム」に他ならないと犬飼さん達は考えているようです。
犬飼さんの話を聞きながら、Jリーグというのは「ソーシャルアントレプレナー」なのだとつくづく感じました。
慶応SFCの金子郁容先生によれば、「ソーシャルアントレプレナー」とは
1. 社会をより良くしようというミッション性が明確にある。
2. 経済的リターン(利潤)と社会的リターンの両立ができること。
3. 継続的な事業として社会の問題を解決していくこと。
4. イノベーションを実践していること
だそうです。
「ソーシャルアントレプレナー」としてのJリーグは
・サッカーを通じて、社会の問題を解決できる。
・その過程で、サッカーの裾野拡大とエリート育成を両立することが可能になり、プロスポーツとしてのサッカーの発展と確立に繋がる。
・そのためには、新たな挑戦が不可欠である。
そう整理できるのではないかと思いました。
対談者である二宮さんは、サッカーを愛するがゆえに厳しい指摘もされました。
「いまのJリーグは地域密着という言葉を隠れ蓑にして、こぢんまりと小さくまとまってはいないか。ジーコやリネカーを連れてきた創設期のエネルギーはどこに行ったのか。ジダンやベッカムを取りにいくチームがひとつもないのは悲しいことだ」
ジダン、ベッカム獲得の是非はともかく、二宮さんが言いたかったのは、Jリーグが13年立って失いつつある、アントレプレナー精神だと思います。それをもう一度思い出せということでしょう。
2万人のスタジアムを満員にして、そこそこの選手が、そこそこの活躍をして、経営的に黒字になれば良い、という発想ではなく、10万人のスタンドを超満員にするレアルマドリードやマンチェスターUに匹敵する世界のビッグチームを目指せ、という激励の言葉でもありました。

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