夕学レポート
2008年01月24日
「巨大なものを小さく説く」 平野啓一郎さん
ウェブ時代に必要な能力について梅田望夫さんの有名な論があります。
ウェブは情報収集の時間と範囲を革命的に変えるので、何かを「知っている」ということでの能力差はなくなる。むしろその知識・情報をどう解釈するかが問われるようになるというものです。
後者の能力のことを「構造化」能力と言います。情報を整理・加工し、意味のあるマップに仕立て上げる力のことです。
平野啓一郎さんは、この「構造化」能力に、ひときわ秀でた人だということがよくわかりました。
今回の夕学のテーマ「ネットは文学の何を変えるのか」は、MCCからご提示させていただいたものです。
平野さんのブログや『ウェブ人間論』を読んで、平野さんが一貫して「大きく変わりつつある時代と場所」を小説のモチーフに選んできたこと。また、現代を「大ききかわりつつある時代」と認識し、その象徴としてウェブに強い関心を持っていると知ったのが今回の依頼の理由でした。
平野さんは、この依頼を正面から受け止めていただき、「ネットは文学の何を変えるのか」を構造的に分析しながら、説明してくれました。
それはハッとするように斬新な視点ではありませんでしたが、それゆえに普遍性があり、われわれビジネスの世界で起きたウェブによる変化を理解するうえで、実に有用なマップとなりました。
常に読者は誰で、何を求めているのかを意識されている平野さんですから、恐らくは、聴衆は自分の世界に置き換えて理解したいというニーズを持っていることを察知されていたのかもしれません。
「ウェブは時間と空間を飛び越える」と言われますが、作家にとってもまったく同じことが言えるようです。
どこに住むか。 どうやって情報収集するのか。どうやって書くのか。どうやって発表し、読者の声を聞くのか。
ウェブによって、作家のワークスタイルは大きく変わったそうです。
より便利に、より効率的になり、これまでは出来なかった新たな試みに挑戦することが出来るようになったということでしょう。
また、平野さんはウェブの登場とは別の観点から、「9.11以降の文学は変わった」という認識を持っているそうです。
ひとつは、「他者との関係性における緊張感の高まり」です。
グローバリゼーションの進展と反比例するように、米国とイスラム過激派に代表されるような、どうにも相容れない他者の存在を意識せざるをえなくなったことです。
もうひとつは、「社会における問題拡散」現象です。
社会的に問題病巣が無数に存在し、外科的な療法での解決が出来なくなったということです。革命で全てが変わるという時代ではなくなったということでしょうか。
こういう時代の文脈の中で、「小説でしかできないことは何か」を平野さんは考えています。
詳細な風景描写や私小説的な生の描き方、タブーへの照射といった、かつての小説の役割は少しずつなくなりつつあり、「新たなに何を描くか」が焦点になります。
いくつかのアイデアをお話いただきましたが、残念ならが時間の関係もあって、詳しく説明できるだけの理解をすることができませんでした。
ここ数年、そしてこれから平野さんが書いてきた(書いていく)作品がその答えなのでしょう。
「巨大なものを小さく説く」
平野さんは最後にそうおっしゃいました。
一人の人間の生活や心理を小さく描き出すことで、巨大で茫洋とした世界を語る。
小説の本質は、実は変わらないのかもしれません。
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