夕学レポート
2008年06月16日
やみくもに守らない、やみくもに取り入れない 西尾久美子さん
「祇園祭のお稚児さんが決まった」というニュースが先日ありました。
京都の街、特に八坂神社から鴨川をはさんだ河原町通りまでの一帯は、7月17日の山鉾巡行に向けて、まつり準備が日々整えられていきます。一年のうちで、もっとも京都らしい季節の訪れかもしれません。
そんな京都の雰囲気を夕学の会場に持ち込んでいただいたように、西尾先生は、あでやかな着物姿で登場されました。
聞けば、学会を含めて重要な場での発表は、いつも着物と決めているとか。
柔らかな京ことばにのせて、京都花街の基礎知識をご紹介いただく姿は、西尾先生自身がお茶屋のおかみさんではないかと錯覚してしまうほど決まっています。
おそらくは意図的に披露されていると思われる、時折かいま見せる「いけず」な物言いも含めて、完璧な演出には恐れ入りました。京都を堪能した2時間でした。
さて、本題です。
西尾先生によれば、京都に限らず、全国の花街の全盛期は昭和の初頭とのこと。東京7500人、大阪5000人、京都には1800人の芸舞妓さんがいたそうです。
それが現在では、東京7500人→300人、大阪5000人→20人と激減し、多くの花街が消滅してしまいました。
その中にあって、京都の芸舞妓さんの人数は1800人→300人と減少幅が少なく、この10年に限っていえば、逆に微増ながらも伸びているそうです。
その秘密は何か、花街という特殊な世界の伝統から、普遍的な真理を導きだしたのが、西尾先生の『京都花街の経営学』でした。
花街のビジネスシステムは、戦略論的に、マーケティング論的に、地域開発論的に、さまざまの理解することができますが、私は、人材開発論として西尾先生のお話を聞いておりました。
企業の人材開発担当者風に言えば、花街の芸舞妓さんの「コア・コンピタンス」は、「座持ち」の能力にあるそうです。
お客様の気持ちや場の雰囲気を読み、適切な反応をできるかどうかにあります。
芸事の技能、立ち居振る舞い、話術等の専門性は、「座持ち」という基盤のうえで、状況対応的に出し入れされることで、はじめて意味を持ちます。
「座持ち」というのは、言い換えれば「場を読む」ことですが、最近の若者が“「命を掛けている(明治大学 諸富先生)”という狭い概念ではなく、極めて高度な、「対人・対集団能力」と言えるでしょう。
西尾先生によれば、この「座持ち」の能力を、10代の女性が、短期間(2年程度)のうちに、獲得するためのノウハウが、あらゆる仕組みの中に埋め込まれているのが花街です。
これまた人材開発論的に言えば、「組織能力」としての人材開発力を、花街という有機体が蓄積しているそうです。
ひとつは、花街の疑似親子関係・姉妹関係です。
新人芸舞妓は置屋のお母さんと親子同然の契りを結び、全幅の信頼を寄せることになります。お母さんは、生活の面倒を見ることはもちろん、我が子への教育投資と同様に、新人舞妓の高額の着物を買い与え、芸事を習わせます。
また同じ置屋(場合によっては他の置屋)の先輩芸妓と「姉さん」の杯を交わし、公私にわたるOJTの責任を担ってもらいます。
ふたつ目は、「女紅場」と呼ばれる芸舞妓さんの学校システムです。
花街の芸舞妓として必要な芸事を体系的に学ぶ学校が、花街の共有資産として設置され、技能育成の場になっています。
みっつ目は、技能発表の場としての「踊りの会」です。
春と秋に観光シーズンに行われる「都をどり」は、芸舞妓が、技能を披露し合い、競い合う場として機能しています。低コストの興行の側面持ち、花街全体の共通経費を賄う仕掛けにもなっています。
年に数回の晴れの舞台に向けて腕を磨く、いわゆるイベントペーシングの働きをしています。
そして、最大の特徴が、育成のための「評価」が、仕事の場に重層的に組み込まれている点でしょう。
座持ちの評価、芸事の技能評価は、置屋のお母さん、姉さんだけでなく、他の芸舞妓、お茶屋のお母さん、顧客等、あらゆる関係者が、その都度本人やお母さん・姉さんにフィードバックする習慣が、文化として根付いているそうです。
「言うてくれはる」ことの意義と重要性を、言う側も、言われる側も十二分に認識し、そこからリフレクションしていきます。
まさに「失敗経験から学ぶ」能力が磨かれるわけです。
また、売上評価という定量評価も、オープンにフィードバックされるそうです。
年のはじめに、年間売上ランキングが公表されることで、健全な切磋琢磨が起きます。
全ての評価が、評価のための評価ではなく、育成と結びつけて始めて意味を持つことの認識共有が、花街全体でなされていることが、それを促進しているそうです。
花街のビジネスシステムは、日本型経営の縮図とも言えます。
完全にクローズドではないけれど、完全にオープンではない。
仲間に入る以上は、長期的な関係を結ぶこと了解し、すべての論理がそれを前提に組み上げられています。
長期的な関係を前提にした合理性。それは、まぎれもなく日本的経営の特性のひとつです。
以前、夕学に登壇いただいた北海道大学の山岸先生の言を借りれば、「安心社会」の典型でしょう。
山岸先生は、マクロな状況から見れば、日本は「安心社会」から「信頼社会」への転換を迫られていると言います。京都以外の花街が衰退した理由のひとつには、それがあるのかもしれません。
ただ、京都の花街は、自分たちの流儀を盲目的に守り続けるのではなく、長期的な関係を前提にした合理性に則って、意味があるものは残し、帰るべきものは大胆に変える、したたかな強さがありました。
新人の芸舞妓を、ネットを駆使して全国から募ることに積極的な一方で、顧客に対しては、「一見さんお断り」の流儀を頑として変えません。
しかもその判断を、特定のリーダーに委ねるというのではなく、業界全体の叡智として意思統一させている点に、もうひとつのしたたかさがあります。
やみくもに守らない。やみくもに取り入れない。
飛躍的な成長は望めないけれども、特徴ある商品・サービス・業界を維持・発展させるために、どのようにして時代と付き合っていくべきか。素晴らしいヒントが隠されているのではないでしょうか。
京都1200年の叡智なのかもしれませんね。
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