KEIO MCC

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夕学レポート

2008年07月23日

「苗代」という方法 松岡正剛さん

「かつて、一日は夕暮れから始まったのはご存じですか?」
松岡正剛さんは、「夕学」というネーミングに触れていただいたうえで、ある古の風習を教えてくださいました。
古代には、「夕占(ゆうけ)」という習慣があったとのこと。改めて広辞苑で調べてみると「夕方、辻に立ち、往来の人の話し声を聞き、それによって吉凶・禍福をうらなうこと」とあります。
古代、闇夜の辻は、妖怪・物の怪が徘徊跋扈する異界と恐れられていました。異界の闇が、大きく口を開けようする宵闇の辻で、何かに託されたメッセージに耳を澄まそうとする神秘的な行いが「夕占」だったようです。
私が私淑する神戸大の金井壽宏先生は、松岡さんを評して「頭の中に巨大な図書館が入っているような人だ」とおっしゃいます。もちろん、あらゆるジャンルに精通した、その驚異的な知識は「生きる図書館」に他なりませんが、松岡さんの凄さは、膨大な知を独自に編集し、全く異なる他の世界に適用するところにあるのではないでしょうか。
松岡さん流に言えば「なぞらえ」かもしれません。
松岡さんが、「夕占(ゆうけ)」の風習を説明することでなぞらえようとしたことは何か。そんなことを考えているうちに、松岡さんの講義は本題に入っていきました。


「日本は液状化している」と松岡さんは言います。
グローバリズムと情報化社会への過剰なまでの対応に疲弊し、便利だけれど、早過ぎてよくわからない社会になってしまいました。
だからこそ、かつて日本が持っていたメソッドをじっくりと見直してみるべきだ。
それが松岡さんが主張される「方法の国」としての日本論です。
「日本という方法」を理解する前提として、日本と西洋の「神」の捉え方について説明していただきました。
「一神教」と「多神多仏」の違いです。
「一神教」は、例えばキリスト教もイスラムも、砂と石に覆われた荒涼たる大地から生まれました。砂漠の中でオアシスを求めて彷徨う人々がすがったのは、究極の決断を委ねることができる絶対的な神の存在=「主神」でした。
「多神多仏」は、森と水に根ざした宗教です。豊かで選択肢が多いけれど危険も多い。そこでは、じっくり時を待つ熟慮の価値観が尊ばれます。こちらの神は、訪れる神=「客神」です。折口信夫は「マレビト」と呼びました。
つまり、たまに来る神、たまに訪れる仏と交流をする。たまの出会いに心を込めて神や仏をもてなす。それが「祭り」であり、「お盆」の風習として残っているそうです。
松岡さんが紹介された、高千穂の神楽には、古代の神迎えと神送りの風習がいまもはっきりと残っていました。
「日本の神には、三つの特徴がある」と松岡さんは言います。
・神は外からやってくるものだと考える
・神が依り着く「依代」がつくられる
・神はさまざまな形に姿を変える
ここで行われているのが「仮託」の儀式。つまり「仮の姿に何かを託して大切なものを暗示する」という日本独特の思考伝達様式です。
さて、前提として「神」概念と「仮託」の思想を理解したうえで、「日本という方法」の具体例の紹介にはいります。
松岡さんは、グローバルとジャパンを並列しつつ、巧みに使いこなす例として、日本の漢字文化を取り上げてくれました。
縄文以来1万年以上も、無文字のオーラルコミュニケーションだった日本にとって、当時の大国中国からもたらされた漢字は、グローバリゼーションの象徴でもありました。
日本は、漢字をそのままで受け入れずに、記号として巧みに活用しつつ、独自の表記法である「万葉仮名」をつくりあげました。そこには中国風の「音読み」と和風の「訓読み」を混在させた特異な表現形態がありました。
さらに我々は、「万葉仮名」を発展させて、より使い勝手の良い「ひらがな」文字を独自に作り上げました
一つの文字に何通りもの読み方がある日本の漢字文化は、一見非効率のようで、実は便利であり、あいまいなようで、実は豊潤な「日本という方法」の象徴的なものだそうです。
もうひとつ、茶の湯や連歌、庭園作事などの「数寄文化」についても解説をいただきました。
「数寄文化」には、日本特有の「引き算」の方法論が隠されているそうです。
数寄とは、「好き」という言葉から生まれたように「好み」を意味するものですが、松岡さんは、「透く・梳く・漉く・鋤く」という言葉とも関連づけて考えます。
つまり、いろいろな「好み」を「梳いて・漉いて・鋤いて」残った究極の姿が「数寄」であるということです。
かつて千宗室さんが夕学で、「無駄を削いで、削いで残ったものが侘び・さびである」とおっしゃいましたが、まさに同じことだと思いました。
「数寄文化」の担い手だった小堀遠州が手がけた南禅寺金地院等の庭園には、ひとつの庭に、外来の華やかな型と和風の枯れた造作が調和をもって配置されており、引き算の妙が込められているとのこと。
「日本という方法」は、近代にも発揮されていました。
内村鑑三は、『代表的日本人』という作品で、イエスの魂と武士道の精神の相似性を表現しています。この本で取り上げられた日蓮、上杉鷹山、西郷隆盛等5人の日本人は、イエスの魂を持った生粋の日本人、つまり世界に誇るべき代表的な日本人として紹介されています。
儒学や武士道の素養を持った内村は、明治になってキリスト教に出会い渡米します。そこで見たのは、功利主義に染まった現実のキリスト教社会でした。イエスの高邁な理想、それとは遠い現実、日本への熱い思い、錯綜する思考を経て、内村が辿り着いたのが「二つのJ=JapanとJesus」を並列させることだったと松岡さんは言います。
司馬遼太郎は、晩年のエッセイ集『国のかたち』の中で、「間違えを犯した日本に、本来の真水を戻そう」と訴えたそうです。
松岡さんは、日本の「間違え」が戦争の惨禍を招いた近代「国家神道」であり、本来の「真水」が、マレビト信仰に見られる「古神道」の精神だと考えています。
内村鑑三や司馬遼太郎が問うたものは何か。
松岡さんは、それを「和魂洋才」と喩えます。
漢字文化や数寄文化が、当時のグローバリズムである中国文明との「和魂漢才」から生まれたように、近代日本は、西欧文明との「和魂洋才」から、新たな文明を産み出さねばならないという警鐘だったのかもしれません。
それは、我々に向けて鳴らされた警鐘でもあります。
ひとつのやり方が「苗代」という方法であると、松岡さんは主張されます。
水田に直播きで他の籾を捲くのでなく、「苗代」である程度育てたうえで、田に植え替えるように、外来の文化や手法をそのまま取り入れるのではなく、「苗代」のようなところで、もみほぐし、編集したうえで、自分のものにする。
かつて古代人が持っていた「マレビト」を迎え入れる一連の方法を、私たちは現代の諸問題にどこまで「なぞらえる」ことができるのか。
松岡さんが「夕占」の話題に「仮託」して暗示したかったのは、そのことではないでしょうか。

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