夕学レポート
2009年02月20日
「強い映画」
「映画産業の斜陽化」というフレーズは、テレビの登場以降、幾度となく使われてきましたが、『踊る大捜査線』の大ヒットをエポックとして、企画から興行まで、映画が全てにおいてテレビに依存せざるをえないという一方的依存体制が定着してきた感があります。
現在、興行収入10億円以上のメガヒットを狙うことができるのは、ジブリアニメかテレビ局製作ものだけで、老舗映画会社の作品は、漫画やベストセラー本の映画化で、安全パイを狙うという路線に安住しているようです。
その昔「5社協定」などという、いかにも日本的な護送船団方式を作り上げていた大手映画会社のうち、大映、日活が姿を消し、他社も往事の隆盛見る影なしといった状況です。
そんな映画界にあって、「agora」で映画の講座を担当していただく李鳳宇さんは、ひときわ光彩を放つ、異色の存在と言われています。
20年前、徒手空虚の李さんが起こしたシネカノンは、規模は小さいながらも独立系の映画会社として、企画製作、買付配給、興行まで幅広く手がけ、話題作、ヒット作を世に送り出してきました。
「月はどっちに出ている」「シュリ」「誰も知らない」「パッチギ」「フラガール」等など。
「月はどっちに出ている」は、在日の主人公たちのリアルな姿を描いた刺激的な作品として話題を呼びました。
「シュリ」「JSA」は韓国映画の高いエンタテイメント性を知らしめ、韓流ブームの火付け役になりました。
巣鴨子供5人置き去り事件というショッキングな実話をテーマにした「誰も知らない」は、いまをときめく是枝裕和監督の出世作でした。
「パッチギ」「フラガール」は、興行的にも大成功を収めた、歴史に残る日本映画です。
映画通でなくとも知っているこれらの作品は、いずれも李鳳宇さんが配給or製作してきたものです。
ルビー・モレノ、柳楽優弥、沢尻エリカは彼の作品で一躍脚光を浴びました。
「冬のソナタ」をNHKに仲介したのも李さんだそうです。
黒沢明をはじめとして、映画監督が経営する独立プロダクションは、作品性には優れてはいても、経営には無頓着で台所は火の車というのが通り相場でした。
シネカノンは、作品性重視の映画と、大衆にも受ける佳作とを、実にバランスよく組み合わせ、着実にヒットを飛ばし、経営者としても卓越したセンスを感じさせてくれます。
李鳳宇さんがこだわるのが、「強い映画」です。
彼の「強い映画」論については、夕学でもお話いただきましたが、ひと言で言えば、「人を動かす力」を持った映画を意味します。
時代を越えて生き続け、人に強い影響力を持ち続ける映画。
人の心を震え動かす力を内包している映画。
李鳳宇さんは、それを「強い映画」と呼びます。
一本の映画が、社会を動かすことがある。
一本の映画が、人生を決めることがある。
だとすれば、そんな「強い映画」を通して、作り手が訴えたいメッセージを読み解くことは、発想を豊かにし、異質な他者への理解を促進することに繋がるはずです。
今回、李鳳宇さんと語らう【強い映画】では、毎回課題映画を鑑賞して、「映画ノート」を作成してもらいます。
李さんが、パリ留学中に映画に通い詰めながらやったことと同じことをやってみようという企画です。
彼は、7冊の「映画ノート」を唯一の財産として帰国し、横浜の友人が出してくれた1000万円の資金を元手として映画ビジネスに飛び込んだといいます。
「映画ノート」が人生を切り拓いたとも言えます。
課題映画は、李さんに選定してもらいました。
私の大好きなケン・ローチの「麦の穂をゆらす風」もあります。
この映画が主題にしている1920年代のアイルランド内戦は、現在も続く朝鮮半島の南北対立とまったく同じ図式があてはまります。80年前の湿った大地で起きたのと同じ悲劇が、いまも隣国で起きているかもしれません。
ケン・ローチの一連の作品は80年代からのサッチャリズム以降の英国を扱っています。
民営化や規制緩和が進み、金融市場が開放され、自由で健全な競争が「英国病」を救うと信じられていた時に、改革の裏側で埋もれていった名もない人々の悲劇を照射しています。
「自分は弱い卵の側に立つ」と宣言した村上春樹のスピーチを聞いて、私はケン・ローチを思い出しました。
日本アカデミー賞を受賞した「フラガール」もあります。
逆境をはね返して成長する主人公を描いたエンタテイメント青春映画として評判を呼んだ映画ですが、ほんの少し視点をずらして目を凝らせば、違った光景が見えてきます。
ハワイアンセンターに希望をかけた60年代の常磐炭坑は、衰退に悩む現代の地方を象徴する姿です。夕張市、軽井沢、黒川温泉、由布院等など。
変わりゆく時代の中で、何を変えなければならず、何を変えてはいけないのか。あの映画はそれを問うていると李さんはいいます。
『苺とチョコレート』というキューバ映画もあります。
カストロがまだ元気一杯だった15年前のキューバを舞台にして、きわどい台詞を散りばめながら同性愛や体制批判を正面から描いています。
もし、これと同じ映画を旧ソ連で作ろうとしたら、中国で作ったら、北朝鮮で上映しようとしたら、はたしてどうなったか。
他の社会主義国家では考えられない表現の自由と社会的包容力。
スパニッシュ独特の価値観、度量の大きさ、柔軟性がもたらすものは何かを考えながら見ると世界の見方が少し変わるかもしれないと李さんは示唆してくれました。
一本の映画に、作り手が込めた、幾筋もの物語、幾通りもの人生、幾つもの真実。
それをどれだけ読み解けるか。
映画を観ることは、時代を観ること、社会を観ること、人間を観ることに他なりません。
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