KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2009年11月17日

語らないことで、語る  西水美恵子さん

夕学にも登壇いただいたことがある東洋思想家の田口佳史さんは、東洋文化の真髄を「見えないものを見る、聞こえないものを聞く」ことだとし、その代表例として長谷川等伯の『松林図』を紹介してくれた。
「朧なる松林以外になにも描かないことで、等伯の故郷 能登の冬景色を描いた」とされる傑作である。
『松林図』になぞらえれば、西水美恵子さんの講演は、「語らないことで語る」といえるだろう。
噛みしめるように発する静かな言葉と長い間。沈黙には、人間の集中力を研ぎ澄ます効果があることを、改めて認識させてくれるものだ。会場はシーンと静まりかえりながら、次の言葉を聞き漏らすまいと耳を凝らす。独特の緊張感が漂いはじめる。


「皆さん、貧困という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?」
この問い掛けからはじまった講演は、西水さんが作り出す「場の力」に引き込まれていった。
西水さんによれば、途上国の貧困が教えてくれるのは、国づくりへの3つのメッセージだという。
貧困は、人間がつくりだすものであること。
貧困は、世界の平和を脅かすものであること。
貧困は、日本でも起こりうるものであること。
「アフリカの子供達のために学校を作ろう」
「アジアの人々のために病院を建てよう」
そういったプロジェクトをよく目にする。
しかし、西水さんによれば、多くの途上国の学校は、「大人のために作られている」という。
学校建設のために使われる資材、運搬、建築作業、全てのプロセスに必ずまといつく不正。
年金目当てに殺到するニセ教師、暗躍するブローカーや資格偽造集団。
校舎だけが寂しく建つ学校には、教科書も、教師も、そして子供達の姿もないことが多いという。
援助する側と援助を必要とする側の間に存するブラックボックスは途方もなく大きい。
この現実が延々と続いてきたことで、虐げられた人々には、「怒り」が蓄積されている。権力、体制への不信、政治への幻滅が蔓延している。
彼らの抱く、やり場のない憤怒は、テロ組織や過激宗教グループにとっては、絶好の追い風になる。命しか捨てるものがない若者が次々と仲間に加わってくるからだ。
「悪統治の悪循環」は、途上国だけの問題ではないと西水さんは言う。
日本の政治に、行政に、経済界や労働界に、既得権を守るための行われている癒着や談合、不正はないだろうか。
貧しい人はますます貧しくなり、暗い怒りを胸中に貯めていく。格差社会日本に起きている現象は一過性にものではなく、途上国の「悪統治の悪循環」と構造は同じだと西水さんは指摘する。
この負のサイクルを変えることが出来るのは、制度でも、法律でも、金銭でもない。
正しいリーダーの存在だけだと西水さんは言う。
どんな貧しい国であろうと、国家のリーダーが本気で貧困を解消しようとすれば出来る。
そのリーダーが、残念ながら数少ないだけだという。
西水さんが出会った稀有なリーダーとして、ブータンの前国法ジグミ・シンゲ・ワンチュク氏を紹介してくれた。
中国とインドに囲まれた人口67万人の極小国の国王として、武力以外で国を守り、人々の生活を守るために苦心した彼の思想は、私達にも多くの示唆を与えてくれる。
ワンチュク前国王が提唱したのが「国民総幸福量」という概念である。
経済成長はあくまでも手段でしかなく、目指すべきは幸福である。富は必ずしも幸福と一致はしない。そう説く彼の信念は筋金入りで、改革のために自分の地位にさえも固執しなかった。
貧しい人々を思い、丸太小屋に住むリーダーであったという。
国づくりの要は、ワンチュク氏のようなリーダーを各領域、各階層に育てることだとする西水さんは、現在のミッションを、世界のリーダー育成であると宣言している
自分が変われば、家族が変わる、友人が変わる、社会が変わる、国が変わる。
そう信じて邁進できる真のリーダーを育てることにある。
その瞳には、強い信念の炎が燃えている

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