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夕学レポート

2010年07月09日

歴史から学ぶ経済学 若田部昌澄さん

リーマン・ショックからほぼ2年。
-未曾有宇の金融破綻は回避できたものの、回復状況は国ごとにまだら模様で、成長の足取りは鈍い。なによりも「出口戦略」をどう描くかという大きな問題は積み残されている-
これが世界で共有されている経済の現状認識になる。
この認識を踏まえて、世界恐慌や昭和恐慌など「危機時の経済学」を専門とする若田部昌澄先生は、経済学を取り巻く二つの「危機」に言及した。
1)いま世界が直面する経済危機
2)経済学そのものの危機
1)の危機は、冒頭の現状認識に起因するからわかりやすい。
2)の危機は、「なぜ、経済学は、この危機が予測できなかったのか」「合理性で塗り込められた既存経済学への批判が、行動経済学ブームを誘っている」といった声として喧伝されている。
若田部先生は、世界大恐慌時の状況と比較できる諸々の資料を提示しつつ、「経済学の歴史的な知見は、十分に有用である」と語る。


鉱工業生産額、貿易額、株価等々の落ち込みは、世界恐慌の再現を示す、つるべ落としであったものが、世界協調のもとで迅速に実行された初期対応の成果で、歯止めがかかったことをはっきりとわかるからである。
今回の初期対応が上手くいったのは、経済学が歴史から学んでいることを示している。
一方で、わからないことが多いのも事実である。金融への規制が議論されているが、これでバブルが発生しないという保障はない。有効な予防策は見つかっていなに等しい。
そもそも、歴史の試練を経て、私達が持ち得た経済学の成果は何であろうか。
「市場をうまく使うことが、何よりも重要だという認識であろう」
若田部先生は、そう言う。
共産主義の終焉が示すのは、「市場」による自由な経済の強さに他ならない。
そして、「市場経済」を前提として、世界で共通認識になっている経済政策の基本は、下記の3つであるという。
1)経済成長 → そのための規制緩和、民営化、競争政策
2)景気の安定化 → 金融政策への重点移行
3)所得再分配 → この打ち手は、国ごとの根本思想に依存する。北欧型、米国型等々。
3つの経済政策の基本を実行してきたから、この半世紀の世界経済は飛躍的に発展してきたと若田部先生は言う。
一人当たりGDPは2倍近くに増加し、世界貧困率は1/4までに減少した。
ただひとつ、日本だけが、このトレンドに乗れずに漂ってしまった。
「失われた20年」と言われる事象である。
日本だけが、デフレ不況から抜け出せず、失業率の改善も進まない。
金融危機の発生源とは遠く、影響が少ないはずなのに、実体経済の落ち込みは一番ひどい。
いったい、何がいけなかったのか。
先述の3つの経済政策の基本のうち、2)の景気安定のための施策を間違えてきたからだと若田部先生は主張する。
端的にいえば、金利政策の失敗。金融緩和を怠ったことでデフレを放置したことである。
90年代は、自民党政権下で度重なる財政出動を実施した。いままた、民主党政権のもと、異なった形での財政出動政策が取られようとしている。
財政出動は、一時的な景気回復にはつながるが、貨幣の量が増えなければ金利が上がり、外国からの資金流入を招き、やがて円高が進行する。その結果輸出は減少し、景気はシュリンクする。
マンデル・フレミング効果と御ばれる現象を繰り返し、いままた同じ轍を踏もうとしているのが日本だという。
70年前、世界は、どうやって大恐慌から抜け出したのか。
大規模な財政出動が効を奏したといわれているけれど、実際はそうではない。むしろ、金本位制から脱却するという決断を早く出来たかどうかが、恐慌の谷の深さを決めた。
財政出動と同時に、金融政策を実施することこそが、決め手になった。
日本で言えば、高橋是清の英断が、昭和恐慌が比較的軽微で済んだ理由だという。
危機の経済学を専門とする若田部先生の口から聞くと、説得力がある。
では、いま日本に必要な金融政策=金融緩和策とは何か。
金利がゼロに近づいている以上、出来る打ち手は、「日銀による資産購入」しかない。
長期国債、住宅担保証券、外債を、日銀がお金を刷って買い上げていくことである。
インフレターゲット論、リフレ政策と呼ばれる政策である。
同種の議論は、10年前にも、盛んになされていた。夕学で主張した経済学者もいた。
当時、大勢を占めなかったのは、「インフレターゲットは、インフレを制御するために考案されたもので、デフレ対策として使っている国はない、リスキーな打ち手だ」という意見があったからだ。
しかし、今回の経済危機の結果、韓国をはじめ多くの国で、「結果としてのデフレ対策」として実施され、すでにストレステストは終えている。10年前とは状況が違う、と若田部先生は主張する。
はたして、どうか。
経済学者も、政治家も、インフレターゲット論、リフレ政策を主張する人は、いまも少数派である。日銀は、頑として拒否している。
正直いって、その是非はよくわからない。
ただ、世界恐慌時の金本位制脱却に比肩するほどのビッグイベントがないと、デフレ脱出は難しいという若田部先生のお話には、説得力がある。
現代の高橋是清の出現が待たれる。
歴史を通して経済学が進化するということは、歴史的知見が現在の政策に生かされる道筋をつけることでもある。
アメリカは、バーナンキ、ローマーという大恐慌研究の専門家が政府の要職についている。「歴史から学ぶ」体制が整えられているわけだ。
日本はどうだろうか。
経済財政諮問会議を復活して、若田部先生もメンバーに加える。菅政権に、そのくらいの度量があってもよいと思う。

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