KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2010年10月06日

「イケてるストーリーが人を動かす」 楠木建さん

『ストーリーとしての競争戦略』のまえがきに、楠木先生が、中古車買取業「ガリバー」の戦略を考えた村田育生氏(当時:代表取締役副社長)に初めて会った時の逸話が書かれている。
初対面の楠木先生に対して、村田さんは「ちょっと、この話聞いてよ!」という感じで、ガリバーの戦略を語ってくれたという。その姿は、自分で話すのがおもしろくて仕方ないという調子で、いかにも楽しそうだった。
「こういうことをやると、こうなって、そうするとこういう動きが出てくるはずだから、きっとこうすれば上手くいく!...」という風に、流れるように話が進み、中古車販売業界には素人であった楠木先生も「なるほど」と頷けるような納得感があったという。
そこには、戦略コンサルが駆使する「テンプレート」もない。ベンチャーファンドが重視する「ビジネスモデル」もない。
あるのは「イケてる」ストーリーであり、語り手と聴き手に共有された高揚感であった。
確かに、革新的なビジネスアイデアの多くは、レストランの紙ナプキンやコーヒーショップのコースターの裏側に殴り書きされたメモから始まるという。
それを逆手に取った『Back of the napkin』(紙ナプキンの裏)なんていう思考法も喧伝されているほどである。


「ストーリーとしての競争戦略」は、もっと論理的である。
紙ナプキンやコースターなどの”まやかし”を排して、徹底的に論理的に分析しているところに秀逸さがある。
「分析的な戦略」を否定しているが、極めて「分析的な戦略」理論といえるだろう。
さて、楠木先生は、戦略の本質は二つに集約できるという。
「違いをつくること」「つなげること」である。
他社との違いをつくる(だす)ためには、事業の意味や提供する顧客価値の定義を吟味することが必要である。ターゲット顧客の選択と集中(楠木先生によれば「嫌われる顧客を明らかにすること」)も欠かせない。
戦略具現化に向けた打ち手が、論理的につながっていることが、戦略に一貫性をもたらす。
楠木先生流に言えば、静止画ではなく動画にすることだ。
世の中には、美辞麗句を羅列するだけで、因果関係が見えてこない戦略(=静止画戦略)が氾濫していると楠木先生は指摘する。
そして、「ストーリーとしての競争戦略」理論の最大のキモは、「クリティカル・コア」と名付けられた概念である。
小説にせよ、映画にせよ、演劇にせよ、よいストーリーに共通するのは、ストーリーの読者(聴衆)を「グイっ」と引き込んでいくドライバーが仕込まれていることだ。
「えっなんで!」「どうして、そうなるんだ!」「これからどうなる?」と思わせる大胆なスートーリーチェンジが行われる。クライマックスを盛り上げる伏線になる。
楠木先生は、サッカーやラグビーの「キラーパス」に喩える。
その一本のパスが通ることで、局面が一気に転換されて、シュート(トライ)場面を切り開くことができる。
「クリティカル・コア」は、他社から「真似されないこと」が条件となる。
ただし、「真似したいけれど、出来ない」のではなく、意図的に「真似をしない」のである。巷間言われる「コアコンピタンス」「組織能力」といった概念とは似て非なるものだ。
また、他社が「真似をし過ぎて、行き過ぎる」ものが最高であるという。
楠木先生は「仙台のコギャル仮説」という独自理論(知りたい方は是非本を読んでください!)を使って説明してくれた。
質疑応答で言及された「フォードの失敗」も分かり易かった。
トヨタの強さがジャスト・イン・タイムにあること痛感したフォードは、トヨタ式生産方式を、必死で真似しようとした。その結果、トヨタが呆れるほどに過剰なジャスト・イン・タイムを追究してしまい、機能しなかった。
競合他社が、意図的に「真似をしない」or「真似をし過ぎて、行き過ぎる」理由は、「クリティカル・コア」に非合理性が埋め込まれているからだと楠木先生は言う。
それだけを見ればムダで、遠回りなことをやっているように見える。
ところが、その非合理性が、一貫性のある動画に流し込まれると、ストーリー全体の合理性を産み出していくのである。
アマゾンの「物流センター&IT投資」、ガリバーの「買取専門」、スタバの「直営方式」、アスクルの「文具店活用」etc。いずれもクリティカル・コアの例である。
一見、非合理なので、業界人ほど真似をしなかった。コンサルや投資家も評価しなかった。しかしそれゆえに、気づいた時には、圧倒的なキラーパス効果を発揮した。
「イケてる」ストーリーを生み出す人間は、語りながらにして自分が楽しんでいるものだ。「○○せざるをえない」などという表現は絶対にしない、と楠木先生。
楠木先生のモットーは、「ゆるく生きる」ことだという。「歌って、踊れる唯一の経営学者」であることを自慢する。
研究(仕事)を楽しくて仕方ないと思える環境にすることに、こだわっているのかもしれない。
楠木先生は、2001年、2006年に続く三度目の夕学登壇である。
これまでも、その都度「なるほど!」と思わせる概念を解説してくれた。今回は、概念に加えて、プロセスの面白さを教えていただいたような気がする。
「ストーリー・テリング」を実践している人だと思う。
追記:
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらを
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/10月-6日-楠木-建/
この講演には4名の方に「感想レポート」の応募していただきました。
・「ストーリーとしての競争戦略」に出会って、感じたこと(井上さん/会社員/29歳/男性)
・自分がおもしろいと思える戦略ストーリーをつくるために(月兎さん/会社員/30代/女性)
・ストーリーとしての競争戦略を受講して(阿部 隆司さん/会社員/50代/男性)
・「ストーリーとしての競争戦略~優れた戦略の条件~」とは(KLMさん/会社員/39歳/男性)
こちらをご覧下さい。
2010/10/06 楠木 建氏講演「感想レポート」

メルマガ
登録

メルマガ
登録