KEIO MCC

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夕学レポート

2010年11月19日

身体に隠された「野生の人格」 甲野善紀さん

「親指というのは、かわいそうな指なんです。いつも支え役ばかりやらされている...」
「手というのは、自由にさせておくとすぐに悪さをします。だからこうして仕事を与えておかないといけない...」
甲野善紀さんは、身体の各部に「人格」を見いだしているかのような話し方をする。ここでいう「人格」とは、「わたしは何者か」を問い続ける近代自我的な人格ではなく、太古の人類が森で生きていた頃の「野性的な人格」である。
甲野さんが身体を語る口ぶりは、師が弟子を愛おしむような愛情に満ちているが、そこには上下関係はない。
わたし達が忘れ去ってしまった能力を、身体の中に隠された「野性的な人格」を通して呼び覚まそうという探求者的な位置取りであろう。
「武術を基盤とした身体技法の実践的研究者」である甲野さんに接触する多分野の関係者は数多いそうだが、「スポーツ系」と「ロボット開発系」の反応が対照的であるという。
「スポーツ系」の人々は、甲野さんの技を「分かり易い原理」で説明しようとする。やがて、言語ではうまく説明できないことがわかると急速に関心を失っていく。
「ロボット開発系」の人々は、甲野さんの技が「既知の原理」で説明できないことに驚く。だからこそ関心を持ち、新奇性を探ろうとする。
両者の反応の違いは、科学の先端にいる人々ほど、科学の限界を知っており、ブレークスルーの萌芽に敏感だからなのかもしれない。
身体の中に隠された「野性的な人格」を通して、未知の身体能力を探求しようという姿勢に、共感覚えるのではないか。


武術の稽古とスポーツの科学トレーニングは、似て非なるものだと甲野さんは言う。
スポーツトレーニングは、鍛えたい筋肉に負荷をかけて再生強化を図ろうとするものだ。10/5に夕学に登壇いただいた清水宏保さん(スピードスケート)は、いみじくも「どこまで筋肉をいじめられるか」と語った。
甲野さん流に言えば、「苦しいのをがまんして頑張る」ということになる。
武術の稽古は、苦しさの対極にある。
いかに楽にやるか、いかに楽しくやるかということらしい。稽古が楽しくて仕方ない状態。はやりの心理学用語で言えば「エンゲージメント」状態にすることが、稽古の本質だという。
なぜなら、身体に潜む「野生の人格」は、いかに楽に動くかを知っており、彼ら(身体)の動きに任せることが、身体能力を発揮することにつながるからだ。
「次の一歩をどこに置くか」を頭で考えるのではなく、足が自然と動く状態を身体に染みこませることが稽古である。
かつての子供達は、生活の中に稽古が埋め込まれていた。水くみ、草刈り、畑仕事等々。
苦しいのをがまんしていたらつらいだけだ。筋肉をいじめようなどは間違っても考えない。
子供達は、いかに楽をして、力を使わず、疲れずに事を為すかに意識と身体の働きを集中させる。かつて農作業や土木労働に組み込まれていた掛け声やリズム感ある動作、民謡なども、仕事を楽しくするための工夫とも言える。
とはいえ、楽しむということは「享楽的」ということではない。
太古の人類が森で生きるということは、命懸けであった。獣の襲撃から逃れるためにサルのように樹木の枝々を飛び渡り、脱兎のごとくに崖を駆け下りる身体能力は、命を守るために培ったものだ。
武術の稽古も、命懸けの精神が必要なのだろう。
だから、甲野さんは、常に、真剣を使って稽古を重ねている。
「野性的な人格」を通して身体能力呼び覚まそうという甲野さんの探求は、いまも毎日続いている。ゆえに甲野さんの技は、日々進化する。
きょうの実演で披露してくれた技のひとつは、一緒に稽古をしている相手役の小野さんもはじめて見たものだという。
人間の身体能力には、40年の修業を積んだ甲野さんでさえ伺い知れない未開拓領域が隠されている。
広大の未開拓領域に向かい、境界を取っ払って異業種の人々と接し、共振し合うことで、偶発的に新しい身体の動きを発見し、それを広めることで人々を触発する。
それが、「武術を基盤とした身体技法の実践的研究者」である所以なのだろう。
「偶発性」「更新性」「無境界性」「共振性」「触発性」
「働く大人の学び」の研究を専門とする若き教育学者中原淳先生が言う「学びの生態系」によく似たダイナミズムが、ここにもある。
追記:
甲野先生のお相手役を務めていただいた小野学さん、お忙しいところありがとうございました。
小野さんは、年間読書数「365冊」を5年間継続している強者です。
こちらのブログも是非ご覧ください。
分譲マンション屋の読書日記
追記2:
・この講演に寄せられた「明日への一言」44件です。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/11月18日-甲野-善紀/
この講演には2件の「感想レポート」を応募いただきました。
・「気づかれざる革命 ~甲野善紀という親指~」(白澤健志/会社員/40代/男性)“>
・「武術「で」学ぶ」(SGGK/会社員/40代/男性)

「頭と体の協力」(城後奈美/心の声を聞いて生きるためのサポート/40代/女性)

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