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夕学レポート

2013年05月17日

辺境生物が教えてくれること 長沼毅さん

スティーブン・スピルバーグ監督の映画『ジュラシック・パーク』は、バイオテクノロジーを駆使して蘇らせた恐竜の楽園が制御不能に陥るというSF映画である。
映画の中に、2億年前の恐竜をどうやって甦らせたのかという謎を解説する部分がある。
恐竜が闊歩するジュラ紀に、一匹の蚊が木の樹液に絡め取られ、琥珀の中に閉じ込められてしまう。その蚊が吸っていた恐竜の血液からDNAを採取し、恐竜を再生させるというストーリーである。
images.jpg
photo_instructor_662.jpg長沼毅先生の研究は、これとよく似ている(本人がそう言っている)
長沼先生によれば、琥珀が古代生物のDNAを現代に甦らせるタイムカプセルの役割を果たすというのは映画で言う通りだという。
DNAは生物よりもはるかに長い期間にわたって保存される。
湿った状態で室温保管でも千年から万年単位
乾燥状態にして低温保存すれば百万年単位
冷凍状態で保存すれば千万年単位の寿命
生物としての寿命は短いが、生命の原型というのはなかなかしぶとい。
タイムカプセルの役割を果たすのは琥珀だけではないという。
南極の氷床、シベリアやグリーンランドの永久凍土、砂漠にある岩塩なども同じ役割を果たす。岩塩は億万年単位の時間を閉じ込めることができるとのこと。
琥珀の中に2億年前の恐竜のDNAが保たれるということが可能かどうかは知らないが、少なくとも、数千万年昔の古代生物のDNAが存在していてもおかしくはない。
現に長沼先生は、それを探している。恐竜ではなく微生物のDNAという違いはあるが。


タイムカプセルが埋まっている南極、北極、砂漠は、いずれも「辺境」、地球上の極限環境である。人間が行きづらい極地というのは、生命が存在しづらい極地とも言える。
なんらかの理由でそこに閉じ込められ、タイムカプセルに保管されている極限微生物のDNAは、はるかな時間を越えて、生命とは何かを私たちに教えてくれる。
例えば、長沼先生がサハラ砂漠の岩塩から採取した微生物のDNAは、北米のサラド岩塩層(2億5千年前の層)から採取した微生物のDNAと0.4%しか違わないという。
現代のサハラと同じ微生物が、2億5千年前の北米でも存在していたという事実が意味することは何か、仮説の可能性は大きく広がっている。
また南極のボストーク湖では、ロシアの研究チームが3千メートルの氷床を掘削して、その下にある湖の微生物を採取しようという実験が進められている。
ここから、氷床というタイムカプセルに守られた数億年前の微生物が見つかる可能性がある。
更にいえば、NASAの発表によれば、南極の氷床の中から発見された火星隕石の中に、地球上のバクテリアと同じ微生物化石が見つかったという。
このことから、地球生命は地球上で生まれたのではなく、宇宙に漂う前生命物質をもとにしているのではないかという説まであるというから驚きだ。
長沼先生は、極限生物が、紫外線や放射線に対して極めて強靱な防御力・修復力を備え持っていることに驚くという。地球でそんな強い紫外線や放射線に出会うことなどないのに、なぜそのような耐性を持っているのか。
「地球生物は宇宙から来たからだ」
そんな妄想に惹かれてしまうこともままあるという。
そんな無邪気な好奇心が、実は長沼先生を辺境へと誘う誘因力になっているのかもしれない。
長沼先生は、極限生物のもつ、環境適応能力についても説明してくれた。
例えばペンギンは氷の上に素足で立っていて、なぜしもやけにならないのか。いくら足の皮や脂肪が厚かろうが、氷に接してれば末端の静脈血液が冷えきってしまうはず。その冷たい血が心臓に戻れば通常の生命であれば死んでしまう。
ところがペンギンは、太い動脈の周りに静脈がぐるぐるとからみつくような構造になっている。温かい動脈がヒーターとして静脈を温め、心臓へのショックを和らげる仕組みになっているという。
京大の山極先生のゴリラの話北大の長谷川先生のアリの話を聞いても思ったことだが、生命というのは実にしたたかに環境に適応していくのだ。
この記事に書いた内容は、長沼先生の講演の一部分、研究の一側面に過ぎない。
長沼ワールドに興味がある方は、是非、長沼先生の一連の著作を読んで欲しい。興味深い研究成果が満載である。

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