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夕学レポート

2013年06月20日

人生に正解はない、働き方にも正解はない。  古市憲寿さん

作家 山本一力氏の代表作『あかね空』は、江戸時代の起業物語としても読める。
京都生まれの主人公栄吉は、二十五歳で江戸に出て、深川の三軒長屋で豆腐屋を始める。数え十二で修業を始めて以来コツコツ貯めた十五両が元手で、あとは自分の腕と出入りの大豆問屋の紹介人脈だけを頼りに単身江戸へと乗り込んだのだ。
いまでいえば、大阪で板前修業を重ねた高卒の若者が貯金百万円を資金に、東京下町のアパートの一室で弁当屋を始めるようなものかもしれない。
ちょっと無謀な挑戦に思える。
ところがおもしろいことに、栄吉の周囲の人々は、彼の挑戦に驚くことなく「若いのにたいしたものだ」と評価し応援してくれる。
長屋の隣人(大工)は祝儀代わりに豆腐製造用の大桝をただ同然で設えてくれた。長屋に出入りしていた棒手振りの豆腐屋もライバルでありながら陰で支えてくれる。
栄吉も、大工も、棒手振りも皆同じ「働き方」で生きている。「雇われないで生きる」人々である。
栄吉は起業家、大工はひとり親方の自営業、棒手振りはフリーエージェント的営業マンといったことろか。
江戸時代の日本は、それが当たり前の生き方であった。
photo_instructor_656.jpg古市憲寿さんによれば、この感覚はなんと1970年代まで通用していたらしい。
『ドラえもん』の第一回(1970年)には、未来からやってきたドラえもんが、のび太がどんな人生を送るかを彼に教えてくれる場面がある。なんとのび太は、就職できずに、仕方なく会社を興し、しかもなんとか7年間も持ちこたえていた(結果的に潰れたけれど)。
あの、のび太でさえ起業家になれる。しかも作者(藤子不二雄)も、読者も、それが不自然なこととは認識していない。
生きていくために会社を興すという生き方は、つい40年前までは、ごく普通の感覚であったということだ。
起業家、ノマドワーカー、フリ-エージェントは、皆同じ範疇に入る人達である。組織に雇われないで生きることを選んだ人達である。
日本では、雇われていないで生きること・働くことがマジョリティである時代が随分と長く続いていたことになる。


古市さんによれば、1970年代以降日本人の働き方は大きく変わる。会社に雇われて生きる人が増え、会社に雇われていない人は漸減した。
かつて(1950年代)は、国民の6割をしめた「雇われない生き方」が、いまや1割ちょっと。サラリーマン=会社に雇われて働くことが当たり前の社会になった。
おもしろいことに「雇われない生き方」に稀少性が出たことで、起業家、ノマドワーカーなどの生き方が「あこがれ」の対象として語られるようになり、日本社会を変える起爆剤的な期待を込められるようになった。
一方で、「雇われる生き方」と「雇われない生き方」の中間的存在であるフリーターが増え社会問題化している。
この変化が意味することはいったい何だろうか。
古市さんは、社会学の視点から分析する。
起業家が減ったことは、日本人(若者)の精神性、忍耐力、挑戦意欲の減退云々の問題ではない。むしろその人が置かれた環境や社会の構造に注目するべきである。
社会構造が変わったことで、働き方のメインルートが変わったと理解した方がいいのではないか。
社会の起爆財として、起業をいたずらに礼賛するのはおかしい。
若者の挑戦意欲が高いから国家の起業率が高いわけではない。実は貧しい国ほど起業率は高くなる。
むしろ、起業という選択は「生きるために合理的だから選ぶ」と、考えるほうが正しい。
日本社会が貧しかった時代には、のび太でさえ起業をしていたのだから。
起業家の姿も一部の例外にスポットをあて過ぎてはいないか。
起業大国と言われる米国でも、FBやGoogleはレアケースであって、ほとんどの起業は建設業や製造業だという。実際は、必要に迫られて生計のために起業する人が多い。
人々の働き方は、その時々の社会状況に依存する。
日本人の働き方に普遍性や”らしさ”などないのかもしれない。
日本人は集団志向が強く企業戦士に向いているという考え方は一面的である。
かつては、起業家、ノマドワーカー、フリーエージェントが当たり前だった時代もあったのだ。
社会を変える起爆剤になるような起業家を輩出しなければならない、という考え方も虫がよすぎる。
万が一の場合の緩衝帯を会社に依存している日本社会は、会社が国家を代替している。会社を離れてリスクを取る起業は、とてつもなく難しいことである。
では日本の社会は絶望的なのか。
古市さんは、けっしてそう捉えてはいない。シニカルなようでいて楽観主義の若者でもある。
現代社会には、新しいタイプの「雇われない生き方」を主体的に選び取っている優秀な若者も出てきた。古市さんも一員であるゼント社の松島隆太郎氏、東京ガールズコレクションプロデューサーの村上範義氏等々(いずれも『僕たちの前途』で紹介されている)
お金を稼ぐことに執着しない。会社を大きくしようとも思わない。仕事のために嫌な人と組むことをしない。でもやると決めた仕事には全力を尽くす、波長の合う人とはとことん助け合う。
そんな起業家もいる。
働き方が、その時々の社会構造に大きな影響を受けるとしたら、いまの日本は、多様な働き方を少しずつではあっても認めることができる豊かな社会になったとも言える。
人生に正解はない、働き方にも正解はない。

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