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夕学レポート

2015年01月27日

内田和成教授に聴く、「ゲーム・チェンジャーの競争戦略」

photo_instructor_757.jpg 「既存事業の防衛戦略 ―新たな挑戦者にどう対応すべきか―」と題して行われたこの講演の最後に内田教授は、「またか、と言われそうだけど」と独りごちながら、20世紀フランスの文学者マルセル・プルーストの次のような言葉を紹介してみせた。
 『本当の発見の旅とは、新しい土地を探すことではなく、新しい目で見ることだ』
 慌てて手元の書物を紐解いてみる。2009年の著書『異業種競争戦略 ビジネスモデルの破壊と創造』、そしてこの日の講演に合わせるかのように発売されたばかりの新刊『ゲーム・チェンジャーの競争戦略 ルール、相手、土俵を変える』。5年の時を挟んで双璧を成す両冊の掉尾を、内田教授は確かに同じプルーストの、同じこの言葉で結んでいた。
 そしてその前段に添えられた教授自身の言葉もほぼ変わらない。
「私の経験からいうと、ほとんどの場合、答えはすでに皆さんが持っている、あるいは、皆さんがいまやっていることのなかにあります。」


 答えはすでに自分のなかにある。
 そのことに気づかないチルチルとミチルが、幸福の青い鳥を探して幻想世界へと旅立ったのは1908年のこと。ベルギー生まれの劇作家モーリス・メーテルリンクが児童劇『青い鳥』を発表したこの年は、奇しくも隣国の文豪が『失われた時を求めて』の原点となる作品の執筆に着手したその時でもあった。
 答えはすでに自分のなかにある。だとしても、それを見つけ出すのは思いのほか難しい。ひとの目は外に向かって開かれている。新しい土地を探すのには長けていても、自らのうちを覗き込むようにはできていない。それは、21世紀を東洋の島国で生きるビジネスマンにとっても同じことである。
 そこで内田教授は、まず「自」ではなく「他」の姿を私たちの目に焼き付けようとした。
 ゲーム・チェンジャーとは、新しい戦い方で業界を大胆に変えていくプレーヤー、既存企業の側から見れば「新たな挑戦者」である。この、他者としてのゲーム・チェンジャーを、教授はまず鮮やかに分類して見せる。ソートに用いられるのは「儲けの仕組み」を縦軸に「製品やサービス」を横軸に、それぞれの新旧で分けた次の四類型である。
 A:プロセス改革型(Arranger)
 B:秩序破壊型(Breaker)
 C:市場創造型(Creator)
 D:ビジネス創造型(Developer)
 各類型について教授は、流麗な口調で豊富な事例を並べつつ、それがなぜゲームを変え得たのかという理由も併せて解き明かす。
 A:既存のバリューチェーンを見直す「プロセス改革型」。
   アマゾン、セブンカフェ、ゾゾタウン。
 B:既存の儲けの仕組みを無力化する「秩序破壊型」。
   スマホゲーム、リブセンス、コストコ。
 C:顧客が気付いていない価値を具体化する「市場創造型」。
   JINS PC、東進ハイスクール、青山フラワーマーケット。
 D:想像力と創造力を発揮する「ビジネス創造型」。
   価格.com、オキュラスリフト、カーシェアリング。
 これら錚々たる「新たな挑戦者」たちが次々と突き立てる「矛」に対し、既存企業の防衛戦略、つまり「盾」はどうあるべきか。
 ここでも教授は、「挑戦者」の時と同じ四類型を用いて説明する。
 A:顧客視点で足下を見直す「プロセス改革型」。
   野村證券のネット取引、コマツのコムトラックス。
 B:既存の儲けの仕組みを否定し、事業の定義を変える
   「秩序破壊型」。
   ブリヂストンのリトレッド事業。
 C:新しい製品やサービスを増やす、あるいは市場をずらす
   「市場創造型」。
   ヤマト運輸のクール宅急便、ベルリッツのビジネス教育。
 D:有効な防衛戦略にならないことが多い「ビジネス創造型」。
   CCCのTポイントカード、ネスレのドルチェグスト事業。
 わざわざ四つの類型に分けたのは、単に説明のわかりやすさのためだけではない。防衛側の既存企業にとって、挑戦者側と同じ型で迎え撃つのは一般的に不利となる。つまり、同じ土俵で勝負をしないためには、挑戦者がどの型で攻め入ってきたのかを正確に把握する必要があり、そのための類型化である。
 そして、型が違えばいい、というものでもない。教授は、B「秩序破壊型」は自己否定の要素が強いという意味で防衛戦略としてはもっともリスクが高いと言い、D「ビジネス創造型」は(攻撃戦略としてはともかく)そもそも防衛戦略としては有効なもの足り得ないと言う。
 すると残るは、顧客視点で足下を見直すA「プロセス改革型」と、新製品・新サービスを増やすC「市場創造型」に絞られる。しかも挑戦者側がA・Cどちらかの型で来れば、既存企業が選ぶべき型は、自動的にもう一方に決まってしまう。
 ここまで制約が強いと、既存企業の側が採るべき策はむしろ簡単だ。
視座・視野・視点を自在に変えながら、プルーストの言う「新しい目」で自らの姿を見つめ直す。生み出している価値はなんなのか。いまだ見えない顧客の真のニーズとはなんなのか。
 このような思索を深めながら、A「プロセス改革型」とC「市場創造型」を中心に、新たな挑戦者にやられる前に先んじて打ち手を考えておく。そして案出された打ち手を、リスクを恐れず、勇気をもって次から次へと試していく。その帰結として、当然のように大小の失敗が積み上がるだろう。しかしその山の中にきっとあるであろう、微かに光を放つ密やかな成功の種を見つけ出し、それをビジネスに育て上げていく。
 そう、お気づきの通り、結局のところそれは自らが「新たな挑戦者」、ゲーム・チェンジャーになっていく過程である。受け身の防衛戦略で現状に留まろうとする限り、その企業に未来はない。自ら変わることのできる者だけが、ゲームを変えることができるのである。
 チルチルとミチルは長い長い旅の果てに、自宅の鳥籠の中に幸福の青い鳥を発見する。しかし、手にしたと思った刹那、ふとした隙に鳥はするりと指の間を抜けて大空へと飛び立ってしまう。
 ビジネスにおける青い鳥もまた、すぐ目の前にあるけれど、手にした瞬間に色褪せ、消え失せてしまうものかも知れない。それは、どこか特定の企業、特定の事業の中に約束されてあるものではない。青い鳥は、不断に考え、追い求め、自ら変わろうとし続ける、その姿勢の中にのみ存在する。
 青い鳥を追い続けるのは難しい。しかし、ひとたび自らが青い鳥になってしまえれば、そこには無窮の蒼穹が広がっている。

白澤健志
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