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夕学レポート

2015年05月21日

日本とハリウッドの架け橋 奈良橋陽子先生

yoko_narahashi.jpg講演の途中、講師の奈良橋陽子先生が言葉を詰まらせる場面があった。
話が今井雅之さんに触れた瞬間だ。
癌で闘病中の今井さんに託されて、現在『The winds of god』の演出を手掛けている。
“sorry”と涙を堪える姿を見て、胸が詰まるような気持ちになったのは、私だけではないと思う。
奈良橋先生は、今井さんをはじめ数々の俳優を輩出するキャスティング・ディレクターとして世界で活躍されている。
記憶に新しいのは、朝ドラ『マッサン』エリー役のシャーロットさん。NHKのプロデューサーの「初の外国人ヒロインでドラマを作りたい」という情熱に打たれて、喜んでキャスティングを引き受けたと逸話を聴かせてくれた。
数多くのオーディション映像の中、シャーロットさんを一目見て「彼女だ」と思ったそうだ。問題は日本語が全くできないということ。ただ、スカイプやメールで対話をしてみると、精神的な強さを感じ、彼女なら絶対にエリー役を務められると思ったそうだ。


日本人俳優をハリウッドに紹介する時も、言葉の壁を痛切に感じるという。
なるべくなら英語ができたほうが良い。しかし、言語の壁を越えて、その人の持つ魅力には抗えない。映画『SAYURI』で置屋の女将を演じた桃井かおりさんは、英語が全くできなかったが、その個性とカリスマ性で監督に選ばれた。
奈良橋先生は幼少の頃から高校生までカナダで過ごしたことと、演出の経験から演劇を取り入れた英会話教室も開いている。
英会話は1ヵ月あれば充分身につくという。
なぜ日本人は英語が話せないのか。
先生によると「間違えるのが恥ずかしい」という日本人の考え方が英会話習得の邪魔をしているという。
私は高校生の時にオーストラリア、その後カナダで少し勉強したので、そのことは痛感している。
まず英語を母国語としている人たちと話すのに気後れする。まさに、先生の言う「間違えたら恥ずかしい」という気持ちだ。
一転、同じ英語を話すにしても、英語を母国語としないアジア圏の留学生やルームメイトのチリ人やトルコ人とは、よく話せた。相手も間違えるからである。
あと、お酒を呑むと英語が流暢になるということもあったが、これは気が大きくなったからだろう。
講演中、先生に指されて答えた男性は英語が流暢ではなかったが、カタコトでも伝えようとしていて素晴らしい勇気だった。見習わないと、と思った。
「演技には大事なことが3つある」と、奈良橋先生はご自身の経験を通して掴んだことを教えてくれた。
“truth of self”
“purpose for action”
“talk and listen”
・truth of self
自分の中の真実の声を聴くこと。
人間には様々な感情がある。
私自身、自分の感情の中に極悪非道人もいるし、ヤンキーもいる。ごみ屋敷の住人もいる。心の中のどっかには、マザーテレサみたいな自分だっているだろう。(きっと、いるはず!)
そして、それらは全部ひっくるめて真実の自分だ。
相手に共感できたり、芝居を見て感動できたりするのは、自分の中に様々な人間がいるからだと思う。それを自分と繋げ、引き出して真実を表現することが役者なのかなと、奈良橋先生の話を聴きながら思った。
そして、その役者の中の真実を見た時に、観客は演技だと言うことを忘れて感動するのだと、先生は続けた。
・purpose for action
「俳優は人を感動させる前にactor(=行動する人)である」と先生は言った。
行動は言葉より強く伝わるというのだ。
行動するには必ず目的がある。奈良橋先生が今井雅之さんとともに、『The winds of god』を手掛けているのも、神風特攻隊の話を後世に伝える目的があるからだと言った。
・talk and listen
話すためには相手の話をよく聴くことが大事だと言う。
私には、役者を職業としている友人がいて、彼、彼女らが人に対して何かを伝えようとする意力はすごいなと会う度に思う。
絶対に相手に伝わるまで話す。「今日は稽古で時間が無いから、30分くらいしたら帰る」と予定していても、相手が理解していないと感じた場合は、1時間ぐらい平気で延長して話す。
さらに、人との会話に適当な言葉で答えない。真剣に考えすぎて黙ってしまうこともあるので、基本的にカフェに4時間くらいいることになるのだが、”talk and listen” について彼らは技術ではなくて、”truth of themselves” で語る。
そして、会話の内容はおおよそが”purpose for action”。今現在出演しているドラマ、映画、舞台で伝えたいこと。自分が役者をする目的、今後やりたい役などである。3点全てが繋がっている。
この3点は、俳優、役者業だけでなく、人と開いたコミュニケーションをとる際に、そして相手と信頼関係を築くために、ビジネスマンとっても大事なことだと先生は話してくれた。確かに、役者の友人と話しているとすごく話も聞いてもらった感じがするし、パワーも貰える。すごく心が動かされて、素直に一生応援してあげたいなと思う。
今回の講演「日本とハリウッドの架け橋」は、「ためになった」とか「面白かった」という言葉で表現するのは相応しくない。
ただ、奈良橋陽子先生の発する言葉に感動した。
そして、数日たった今も先生の講演を思い出しては胸に迫りくるものがある。
それは、先生が”truth of self”を語ってくださったからだと思う。

ほり屋飯盛
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