夕学レポート
2015年10月27日
大竹文雄教授に聴く、「経済学的思考法」のエッセンス
行動経済学者である大竹文雄・大阪大学社会経済研究所教授の講演は、「小学生の算数レベルの」3つのクイズで始まった。
問1「バットとボールが合わせて110円です。バットはボールよりも100円高いです。ボールの値段はいくらですか?」
問2「ある工場では5台の機械が5分間で5個のおもちゃを生産します。100台の機械で100個のおもちゃを生産するのには何分かかりますか?」
問3「ある池に浮き草の塊があります。毎日、浮き草の面積が倍になっていきます。もし、48日で浮き草が池全体を覆ってしまったとすれば、池の半分を覆うのに何日かかったでしょうか?」
順に、10円、100分、24日、というのが「直観に基づく、よくある誤答」だと大竹先生は言う。正解は5円、5分、47日。だが、ハーバードやMITの学生でも全問即正解できるのは1/3程度に過ぎず、しかもその人たちは「神様を信じない傾向がある」らしい。
先生が専門とされる行動経済学は、これまでの経済学が仮定してきた完全合理的な「経済人(ホモ・エコノミクス)」という概念に懐疑の眼を向け、より現実に即して人間の経済的行動を説明しようとする、いわば従来の主流派経済学へのアンチ・テーゼである。2002年、カーネマン氏がノーベル経済学賞を受賞したことで一般に知られるようになり、その流れの中で2007年に日本にも行動経済学会が設立された(現会長は大竹先生)。
この日、先生は数十枚のスライドを用いてお話をされたが、配布資料は要目だけの1枚であった。そのため講演の全部は紹介できない。その代わり、会場でも販売されていた近著『経済学のセンスを磨く』(日経プレミアシリーズ)で大体の話題がカバーされているので、興味のある方はそちらをあたっていただきたい。
さて、この日1枚のみ配布された資料(レジュメ)の内容は以下の通り。
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- 錯視と意思決定のバイアス:私たちの視覚には、錯視があるように、意思決定にも様々なバイアスがある。
- サンクコスト:埋没して戻ってこない費用にとらわれてしまう。
- 損失回避:損を嫌うあまり、ギャンブルをしてしまう。
- 消費税の軽減税率:意見が一致しないことが多い経済学者が一致して反対しているのが、消費税の軽減税率の導入。低所得者対策に効果がないのに、それを目的として導入されようとしている。
- 現在バイアス:計画が守れない理由。
- デフォルト:自分で選んでいると思っているものは、デフォルトに影響されている。
- 他人の目と同調バイアス:仕事が遅れている人に効果的な催促の方法。
- 幸福度について:どうすれば幸福度を上げられるか?
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「1.錯視と意思決定のバイアス」では、まずミューラー・リヤー錯視、デルブーフ錯視、エビングハウス錯視、シェパード錯視などの錯視図形が示され、その上で「直観が邪魔をする」と題して冒頭のクイズが出された。
「2.サンクコスト」も次のようなクイズで始まった。
問4「ある映画を映画館で見始めて、すぐにこれはつまらないとわかった。あなたは映画を見るのをやめますか、それとも2時間最後まで見ますか?」
この問いに挙手で会場に答えさせた後、「では、この場合は?」として問5が提示された。
問5「知人からある映画のチケットを貰い、映画館に行った。見始めて、すぐにこれはつまらないとわかった。あなたは映画を見るのをやめますか、それとも2時間最後まで見ますか?」
すぐわかる通り、問5は「チケットは貰ったもの」という情報以外、問4と同じである。大竹先生によれば、よくあるパターンは
「問4では『自分でチケット代を払ったと考え』2時間見続けると答え、問5では『チケット代は無料なので』すぐ映画館を出ると答える」
というものだという。
しかし、映画館を途中で出てもチケット代が返ってくるわけではない。それは埋没費用、サンクコストである。出るにせよ出ないにせよ、問4と問5で答えを変えた人の判断は「バイアスに囚われており」「合理的でない」、と大竹先生は説く。
「3.損失回避」では、「どちらを選びますか」と題して、次の二択問題が提示された。
問6
(1)コインを投げて表が出れば2万円貰えるが、裏なら何も貰えない
(2)確実に1万円貰える
「では次の場合は?」
問7
(1)コインを投げて表が出れば2万円払うが、裏なら何も払わない
(2)確実に1万円払う
実はこれは、ダニエル・カーネマンという研究者による「プロスペクト理論」の理論的背景を成す実験に由来した質問である。「多くの人は、貰う時(問6)はギャンブル性(1)を、払う時(問7)は確実性(2)を選択する」。その理由は、「人は、利得よりも損失を2.5倍くらい大きく感じる」からだ、という。
「5.現在バイアス」では、心理学者ウォルター・ミシェルによる「マシュマロ実験」(幼児に『目の前のマシュマロを食べるのを20分我慢したらもう一個あげる』と言って自制心を試す実験)が紹介された。興味深いのは、20分間我慢できた子は、十年後の追跡調査で「成績優秀」かつ「リーダーシップに富む」という傾向があることだった。
斯様に、心理学の知見を経済学の中に活かす行動経済学のエッセンスを、感じることのできた講演だった。
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