夕学レポート
2016年01月18日
空気を味わう|春風亭一之輔さん
慶應MCCの夕学五十講で落語を聞けるとは思わなかった。
この日の講演テーマは「落語のちから」。講師は春風亭一之輔さん。2012年、21人抜きの大抜擢で真打に昇進された落語家だという。
夕学の会場に入った途端、いつもとはガラリと雰囲気が違う光景が目に飛び込んできた。ステージの上に金屏風。真赤な高座に、紫の座布団。ああ、今日は落語が聞けるんだなと、それを見た途端にワクワクした。
定刻になると講師紹介に続き、出囃子が流れ始めた。トントントン、ピーヒャラピーヒャラ…というあれだ。そして、一之輔さん登場。すーっと姿を見せると座布団に座り、話を始めた。
ズラリと並んだ客席を見渡して「向学心のある人がこんなにいるんですねえ」とポツリ。
客席から挙手でアンケートを取ると、今日初めて落語を聞くという人が全体の1/4~1/5いる。すかさず「ダメですよ、仕事だけしてちゃ!」のひと言で、一瞬にして会場の空気を緩ませた。さすが落語家。
落語には「枕」がつく。枕とは、本題に入る前の世間話や小咄(こばなし)のこと。時事ネタを扱うことも多く、一之輔さんも世間を賑わすニュースには常にアンテナを張っているそうだ。いろいろな事件があり過ぎて、頭が混乱することも。先日見た夢では「ベッキーが水爆のボタンを押していました」。会場は大爆笑に包まれた。
この日は二つの落語を披露してくださったのだが、最初の落語は、古典落語の演目のひとつ「初天神」。父と息子とが二人で天満宮をお参りする話だ。
それにしても、平日の夜の丸ビルで、スーツ姿がずらりと並び落語に聞き入っている様子は何だかおかしい。私はこの日最後列に座っていたので、一之輔さんの話にみんなが前のめりになったり、肩を揺らしたりするのがよくわかった。たった一人の人間が、正座したまま体ひとつで何百人を笑わせるのだから、すごい。
ひとつめの落語が終わると、一之輔さんは落語についての解説をはじめた。
落語の特徴は、「一人でやる」「正座をして話す」「上下(かみしも=舞台の右と左)がある」の三つ。昭和30~40年代頃まではお笑いのメインだったが、今では人気が低下し「サブカル的な存在になった」とのこと。人気が落ちた理由は「今は辛抱が効かなくなっているから」。これ以上の解説はなかったものの、辛抱が効かないから落語人気が落ちているというのは、私にもなんだかわかるような気がする。
落語と比較すると、最近のお笑いは、反射神経で笑うような印象がある。スピードを要求される。面白いことにパパッと反応しなければならないような緊張感がある。お腹のなかまで落としている余裕がなくて、次の話、次の話に振り落とされないようについていく。自分の頭で考えるより先に、より面白くより刺激的な話がどんどん展開される。
落語はというと、「定番の笑い」という感じ。同じようなエピソードが繰り返されたり、話の予測がついたり。笑いの質が違う。
サッと話してパッと笑うというような反射神経ではなく、徐々に進んでいく話を頭の中で構築しながら聞き、前のネタを覚えていないと後から笑えなかったりもするから頭も使う。落語家の話から光景を立ち上げる想像力も必要だ。考えてみるとこれは、本を読むのに似ている。本も売れなくなる時代、落語の人気も落ち込むわけだ…と妙に腑に落ちる。落語には、聞く側の「思考」が必要とされるのだ。
最近のお笑いは、思考をストップさせるのに向いている。仕事やらなんやらでストレスフルな状態の頭を、強烈な情報を与えることで一時的に、否応なしに忘れさせてくれる。落語にはそこまでの強烈さはない。スピードもゆっくりめ。頭も使わないといけない。
だけど久しぶりに聞いた落語に、私はお腹の底から笑った。なんだろう、ほっとする笑いだ。安心して笑えるし、名人の話芸を目の当たりにして感動もした。落語の笑いは、どこか体にいい感じさえある。
落語は、「空気を味わう」ものだと一之輔さんは話された。落語家は、自在に空気を操る名人ともいえる。みんなの視線をすーっと集めたり、緊張を一気に解きほぐしたり、どっと沸かせたり。
寄席に行くと、最初はどう楽しんでいいのだろうと戸惑う人もいるらしい。一之輔さんもそうだったらしいが、リラックスして空気を味わいに行けばいいとのこと。私も今度、寄席に出かけてみよう。
この日は最後にもうひとつ、落語を披露してくれた。演目は「明烏(あけがらす)」。吉原を舞台にした、面白おかしく、ちょっと艶っぽい要素も入る話。一之輔さんが自在に空気を操りながら展開する落語に、私もとっぷりと聞き入った。
丸の内で、みんなで焚火でも囲んでいるような暖かい空気に包まれて、私はとても幸せだった。
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稲盛経営哲学に学びながら、人間性を尊重し、利潤追求と社会貢献の統合をめざす経営学理論を構築する、新論が真論となり、不易流行の経営学として結実することを目指して。
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福澤 克雄
(株)TBSテレビ コンテンツ制作局ドラマ制作部、演出家・映画監督
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