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夕学レポート

2016年05月23日

辺境を見れば、日本がわかる ソマリアと室町社会 高野秀行さん

photo_instructor_813.jpgコンゴで幻の怪獣を追い、アマゾンに分け入り、ミャンマーに柳生一族を見る――。「誰も行かないところへ行って誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書き」続けて30年のノンフィクション作家・高野秀行氏。近年のソマリアでの体験は、そんな氏のキャリアの中でも「ビックバン」といえるほどの出来事であり、ここからまた新たな知見が導き出された。


アフリカ東端に位置するソマリアは、海賊輩出国として世界に知られ、ウィキにも「内戦で経済は壊滅状態・世界最貧国・失敗国家ランキング第1位」とさんざんに書かれる残念な国。しかし高野氏によれば、その実態は、独立を宣言し平和的な選挙すら成し遂げた「ソマリランド」・悪行から足を洗い、儲けた金で静かに暮らす元海賊国「プントランド」・なんとか内戦を終結させ一応の中央政府を置く「南部ソマリア」の3地域に分かれ、それぞれが自治的にクニを運営しているという何ともユニークな”連邦共和国”なのである。
極東から見れば、ひとからげに内線まみれで悲惨なアフリカの一国と単純化しがちだが、実際に行って、見て、話を聞いた氏の言説は、さすがに多層的で真に迫る。
そしてのっけから、”現代ソマリアと、室町時代の日本は激似である”という大胆仮説である。ビックバン級の衝撃が、笑いとともに会場に広がる。ソマリア人と室町人、その気質には驚くほど類似点が多いというが、はて。
まず、ともに「氏族」(clan)といういわば「大きなファミリー」に帰属し、その一員であることに並々ならぬ「誇り」と「名誉」を持って結束し、助け合っているという点。室町時代の源氏や奥州藤原氏も同じでしょ、という説明に思わず膝を打った。極度の日本史オンチで辺境ナレッジも皆無だが、ふたつをリンクさせた途端、両方が親しいものとしてすっと胸に入ってくる不思議さよ。
そして何より、ソマリに「名誉に勝るものなし」の格言ある通り、「名誉」への執着の強さが常軌を逸している点。弾薬支給の際、あっちの氏族の弾薬が多いと言ってはケンカ。マガジン(弾倉)を盗まれたと言ってはまたケンカ。あらぬ嫌疑をかけた方もかけられた方も、氏族のメンツがかかっているからもう絶対に引かない。数々の内戦の火種もかくや、のメンツの張り合いである。子どもか。大統領(将軍)という最大の名誉をかけて勃発したものの、次第に争いの対立軸がねじれ、地方も巻き込んでグズグズの地獄絵に――。ソマリア内戦の話だが、どこかデジャヴ感が。そう、長きに渡った内戦の果てに都を灰燼に帰した本邦の「応仁の乱」が、時空を超えて見事に二重写しとなるではないか。
また、たとえ別の氏族の人であっても、殺人者でも敵方でも、「助けを求められれば、全力で匿う」。ソマリ格言「天が来ても地が来ても渡さない」に準じ、いったん「預けられたものは絶対渡さない」。ともに同様なことは室町時代にも見受けられたという。要は信義のモンダイなのだ。
政治システムにおいて「複数のルールが入り乱れる」のも二間の共通点だ。いわゆる欧米的な国家としてのルールは存在せず、裁判なども公正には行われない。例えば市場で誰かが物を盗めば、集団で追いかけてボコボコにし、半殺しの目に合わせることも珍しくない。警官は傍で見ていて、収まりそうになる頃にようやく現れて仲裁する。一見苛烈だが、私的制裁で見せしめにすることで治安が維持されるという、独自ルールなのだという。
ほぼ無政府状態で「中央銀行がないのに、通貨が存在する」のもユニークな類似点。狭い地域で完結しているためインフレが起こらず、ソマリア・シリングは良貨として隣国から買いに来るほどの安定感を保つ。室町時代の宋銭は、そも自国通貨ですらなかった。
しかし、「賠償金制度」はソマリにはあるが室町にはなく、「自殺」は逆に日本では多いがムスリムの国であるソマリにはあり得ないといった相違点も、むろんある。
ほかにも、織田信長とイスラム過激派・タリバンとの共通点(フェアで規律を重んじるところが熱狂的に支持された)、アフリカに日本の中古車が多いワケ(日本車の中古価格が新車と比べ激しく値段が下がるため、現地で大変安くなる)、新米を有り難がるのは現代日本人だけ(古米は粥で量が増えておトク)、納豆はアジアの辺境に普遍的な食品である――などなど、常識を覆す面白い発見を次々と繰り出す高野氏であったが、残念ながら時間、とあいなった。
アジアやアフリカの辺境・昔の日本・現代の日本。この点を結んで三角的に物事を見ると本当に面白い、と目を輝かす高野氏の旅と執筆は、30年を経て新たな局面を迎えたようだ。「ソマリアと室町」の同一性については、中世史専攻の歴史学者・清水克行氏との対談(『世界の辺境とハードボイルド室町時代』)に結実し、版を重ねている。講演後にも、書籍を求める人で長い列ができていた。
内向き傾向の日本にあってひとり気を吐く高野氏。そのフットワークとアカデミズムにとらわれないのびやかな思考から生み出される斬新な視点に、我々はもっともっと驚きたい。そんな期待を持たせてくれる佳話であった。南ソマリアでは4人の護衛を付けていたというが、どうぞお気をつけて、と祈りつつ。

茅野塩子

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