夕学レポート
2016年07月12日
妖怪は世界に誇れる文化 小松和彦さん
日本人の心に寄り添う妖怪たち
小松和彦さんによると、妖怪とは「実際に存在している現象や存在に名前がついて絵画化されたもの」と定義される。
元はといえば「風もないのに家の戸がガタガタ音を立てた」「山に登って大きな声を出したら、誰かに真似された」といった不思議な現象を説明するために、妖怪はつくりだされたという。
そうやって形にしたり名前を付けることで、正体不明の不安や説明のつかない恐怖を和らげる。ある意味、妖怪は人間の知恵の産物とも言えるだろう。
では、妖怪なんて単なる空想にすぎない存在ないのかというと、それはちょっと違う。
講演中になるほどと思ったのは、日本人はずっと昔から「玉」を信仰してきた、というお話だ。「玉」とは、魂、霊、精などを指す。
全てのモノには「玉」が宿っている。海にも山にも、そして人にも「玉」がある(小松さんは「私の手元に置いてある、このおしぼりにも」とおっしゃっていた)。
そして「玉」が怒っている状態だと妖怪や幽霊になり、穏やかな状態で大切にお祀りされれば神となるそうだ。
全ての存在がモンスターにも神にもなり得るーーこれはキリスト教などの一神教とはまったく異なる考え方だが、多くの日本人にとっては子供の頃から慣れ親しんだ感覚ではないだろうか。
そういえば、この講演の2週間ほど前に、人気ラジオパーソナリティによる「僕は神様を信じてないんだけど、じゃあお地蔵さんを蹴れるかって言ったら、蹴れない。賞味期限切れのおにぎりを踏めるかっていうと、踏めない」といった主旨の発言がSNSで話題になった。
これはまさに、日本人が昔から大切にしてきたアニミズム的世界観から発せられた言葉だと思うのだが、ネット上で多くの人が賛同しているのを見て少しほっとした。
そう考えると、お地蔵さんを平気で蹴っ飛ばしたり、おにぎりをためらわずに踏める人は、妖怪なのかもしれない。
妖怪は確かに”いる”のだ。もし私の「玉」が怒りや悲しみで不安定な状態になれば、自分をとりまく世界を大切にできなくなり、やがては妖怪になってしまうかもしれない。気をつけなくては。
妖怪図の大いなる魅力
妖怪伝承(研究)にはみっつの領域があるそうだ。
ひとつ目は「口頭伝承」、これは民俗学として研究されている。ふたつ目は「書承伝承」。「古事記」や「今昔物語」などの研究をはじめとした、文学の分野。そしてみっつ目は「造形伝承」、美術史の分野だ。
前のふたつの領域は、史料も充実していてある程度研究が進んでいるそうなのだが、みっつ目の「造形伝承」に関しては思うように進んでいない現状があるとのこと。
その原因として、戦後の長きにわたって妖怪研究が忘れられていたことが大きな影を落としているという。戦後の復興から高度経済成長期にかけて、日本人は科学技術に憧れ続けた。注目すべきは目新しい西洋の文化であり、過去的な迷信文化に目を向ける必要は無いと判断されてしまったのだ。
戦後、妖怪の「造形伝承」に関する研究が動きだしたのは、今からほんの3、40年前のことだそうだ。
小松さんは、「妖怪画は日本の宝」と言う。しかしまだ十分に発掘されていない。というのも、美術史において、稚拙な絵画や造影、また無名作家による作品は「価値の無いもの」としてうち捨てられてきたからだ。
もしかしたら、個人の所蔵に魅力的な妖怪画が埋もれている可能性もあるそうだ。これを聞いて、「次に田舎に帰ったときには蔵のなかを探索してみよう」とひそかに決意した。
さて、小松さんのお話を聴いてすっかり”にわか妖怪ファン”になった私であるが、講演中に紹介された「大妖怪展」が開催中だと知り、講演の翌日に早速出かけてみた。
「土偶から妖怪ウォッチまで」というコピーからして子供向けの内容なのかと思いきや、展示作品はどれもすばらしく、重要文化財の「百鬼夜行絵巻(伝土佐光信)」や「土蜘蛛草紙絵巻」など見応え十分だった。とりわけ気に入ったのは「姫国山海録」や「針聞書」などの、”ゆるかわ妖怪”を描いた作品だ。今から300年以上も昔の人が描いたとは思えないくらい、ポップでかわいらしいフォルム、楽しい色づかいに心をつかまれた。歌川国芳の錦絵も、間近で見ると息を呑む緻密さと美しさだった。
小松さんがおっしゃったとおり、たしかに妖怪画は「日本の宝」であり、世界に誇れる文化だ。
また、展覧会でたくさんの作品(上手いものもヘタウマなものも含め)を目にして、日本人がどれほど妖怪を愛してきたかよく分かった。ますます研究を進め、一点でもたくさん後世に残るよう、現存する作品を手厚く保護してもらいたい。帰りの電車の中で図録をうっとりと眺めながら、強くそう思った。
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