KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2017年04月28日

時代に即したビジネスモデルで働き方が変わる 高橋俊介先生

 photo_instructor_877.jpg「若者たちに自分たちのやり方を真似してもらったところで、そもそも顧客との付き合いや気合いで儲かる時代ではなくなったんですから、もうやめましょう。根本的に日本の儲け方を変えないと人材は疲弊し、悪循環に陥ります。」
 慶應義塾大学大学院の高橋俊介先生は働き方とワークライフを経営視点から読み解き、より効率的な稼ぎ方へシフトすることが、結果的に長時間労働を防止する対策につながることをお話くださった。働き方改革というフレーズが一世を風靡しているが、早く帰る日を作ることはできても、本当の意味でどうやったら自分の仕事の時間が短縮でき、働きながらも自律した時間の使い方ができるのか、その手段をよく掴めないでいた。その問いに対して、衝撃的ではあったが、腹落ちのしやすい答えを高橋先生は教えてくれた。

 本論の紹介に入る前に一言付け加えると、高橋先生が、誠に失礼ながら”おじさん”であったことが何よりもよかった。なぜなら、働き方改革の名著の執筆者や専門家たちは女性がほとんどで、働き方改革の議論自体が、女性に男性と同様のキャリア・生き方選択の権利を与えるという一種フェミニズム的運動の印象を持たれているのではないかと思っていたから。

 女性の研究者や専門家のことはもちろん尊敬している。しかし、特に男性や年配の経営層には立ち入りづらい領域のような虚像を作り出していた側面があるのではないか。今回、高橋先生の論理的根拠に裏付けられた、半ばどうしようもない妥当性が働き方改革の議論に付与されたことは、ふるまいに悩んでいた”おじさん”だけでなく、すべての働く人にとってありがたいことだと思った。

 さて、その講演の内容に入る。高橋先生いわく、実は働き方改革には多様な視点からのアプローチがあるという。それらは、以下の4つで、高橋先生のお話は主に3,4の視点から働き方改革に焦点を当てていた。

  1. 法対応:職場安全配慮義務の観点(過労死のリスクを軽減することにより、結果的に訴訟リスクを減らす視点)
  2. CSR:一億総活躍の観点(シングルマザーの貧困率改善や都合よくつかわれる非正規労働者の消滅目的)
  3. 経営視点:生産性・創造性の観点(ビジネスモデルの革新・健康経営による生産性向上)
  4. 働く人の視点:働く人の人生観・仕事観の変化(若者が会社視点から社会視点へ、ミドルシニアも新たな働き方求める)

 結論から言うと、先生は経営視点での日本の働き方改革はビジネスモデル・組織モデル・キャリア形成モデルの一体化した変革から達成できると説明くださった。具体的には、まず若手の気合に依存していたビジネスモデルやトップライン(売上高)信仰を廃止し、利益率を重視するビジネスモデルが必要だという。10のうち1つの実入りの悪い仕事を減らすだけで、大いなる残業時間の短縮が可能になり、結果的に利益率は担保できるという。

 従来は、第一線の仕事を単純化し、若者の気合と長時間労働により売り上げを支える日本式ビジネスモデルが成立してきた。製薬会社の若手MRはとにかく医者を接待し、できる限り足しげく病院を訪ねることで勝利をもたらした。しかし、その費用すべてが薬価に転嫁され、本当の医薬品の効果がともするとゆがめられるようなビジネスモデルは健全ではない。

 類似のモデルとしては、証券会社による顧客への網羅的で徹底的な推奨銘柄販売による(株価の扇動とも取れる)営業活動が挙げられる。若手がすべからく顧客に重点銘柄を推薦し回ることで、株価を上げることができるという構図である。しかし、この構図は、右肩上がりの経済が終焉すると同時に、さすがに成立しなくなる。同時に、本来顧客が何を求めているのかという本質的なニーズをつかみ、商品化する能力を欠如させてきたとも先生はおっしゃる。

 組織的にこの気合構造を温存してきたのは、同様にすべからく用意されてきた「上司」のポストである。若者は数年苦しみを味わえば、「上司」になれるという「安心」を担保に、必死に「上司」を目指した。この恐ろしい負のループ「安心」の上に成立する「安心社会(山岸俊男氏に拠る)」はポストを準備できない不確実性の広がりに伴い、もう限界を迎えている。また、先生によれば「上司」になることは単なる自動的昇進にすぎず、マネジメントの能力をとわれるものではないことが、生産性を悪化させているという。自社の人材を有効活用し、最大限の利益を引き出すマネジメントを中心とした組織体制が求められている。

 最後に目標設定型キャリア設定は、これほどまでに不確実性の高まった時代では通用しがたいのではないかと先生は言う。自分のキャリア目標のポストや関連専門分野が5年後に存在するかどうかすら不確実である。一つの専門性追求のために、知見が高度化・変化・複雑化していく過程に常に伴走することも実質的に難しい。しかも、リンダ・グラットンが著書で述べているように、100歳まで人が生きる時代の到来に伴い、人々は出産・子育て・介護等、いくつかのライフステージにあわせて今より長く生産社会と付き合うことになる。そこで、求められるのは、多様な育成と社外経験、ときに兼業副業を含めたリーダー育成とフェーズで捕らえるキャリアデザインである。これにより先の「安心型社会」から社内外のネットワークを活用して就労機会を獲得していく「信頼型社会」へ移行することができる。

 私は、スタートアップやベンチャーを中心に、日本企業は利益率重視の労働生産性の重要性やマネジメント能力の大切さには気づき始めていると思う。一方で、キャリアデザインに関しては、専門性を高める欧米モデルを良しとする考え方は少し根深く残っていると思う。これは、労働市場のグローバル化に伴い、専門性を高めるキャリア形成モデルを選択してきた欧米諸国に比べ、日本人はスキルの面で劣っているように見えるからではないか。また、サラリーマンを大量生産してきたことで、いざ勤めていた企業が倒産したり、企業人がリストラに直面したときに立ち行かなくなる人々が出てきたことに対する反動かもしれない。

 先生は、将来必要になるだろう経験や知識を、恐らく今後も重要であり続けるだろう仕事のコツ・習慣に基づき強化することがキャリアコンピテンシーであると定義した。これが、世間の変化に対応できる確率を上げるのだという。コンピテンシーは専門知識にとどまらず、多様なチームメンバーや外部社会や環境に対する思いやりや心遣い等も含まれるだろうと思う。どうだろう、時代の流れに追いつくことに息苦しさを感じていた人も、この考え方に基づくと、救われ自分の経験に少し自信が持てるようになるのではないだろうか。少なくとも私自身はそうだった。先が見えないということは不安だけれど、色々な経験やバックグラウンドを持った人から構成される世の中は、よっぽど楽しく、自分にあった場所を見つけやすい受容性の高いものなのではないかと思う。

(沙織)

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