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慶應MCC「クロシング」が生まれるまで II

2016年02月09日

城取 一成
慶應丸の内シティキャンパス ゼネラルマネジャー

発見が生まれる場とは

「WEB上で探索的なディスカッションは可能か」という命題には懐疑的な意見が多いと前回1月号で書きました。その上でクロシングでは、リアルな場でのディスカションを再現するのではなく、WEB上だからできる異なるディスカッションのあり方を探してみたいと結びました。
今月は、この問題について詳しく論じてみたいと思います。

クロシングの開発にあたっても、「どんなによい講演映像を見たとしても、ディスカッションルームで発言する人は少ないのではないか。私だったら発言しない...」という意見がメンバーから出ました。
確かに人間は、これまでの経験・知識から形成された認知の枠組みに従って思考をするので、「WEB上だからこそできるディスカッションのあり方」と言ってはみても、実際にそれがどういうものなのかをイメージすることは難しいことでした。

この時、私達にヒントを与えてくれたのは、オンラインコミュニティ上の消費者行動研究を専門とする慶應ビジネススクール(KBS)の山本晶先生の『キーパーソン・マーケティング』という本でした。この本の中で、オランダのコ・クリエーション(価値共創)専門のコンサルティング会社の組織の話が紹介されています。

山本先生によれば、コンサル会社でさえも、ゼロから何かを作り出す人は1%、何かを「チョイ足し」できる人が10%、残りの90%はただ見ているだけの社員、だそうです。全員参加の価値共創とはいっても、その参画度合いには、人によって濃淡があるということです。

では、価値共創というのは、ごくひと握りの人さえいれば実現できるのでしょうか。私はこの話を読んだ時に、直観的に「90%の見ているだけの人」の存在に意味があるように感じました。

また、やはり夕学五十講に登壇経験のあるエイベック研究所代表の武田隆氏は、自らが10年以上関わってきたWEB上の企業コミュニティづくりの経験から、次のような主旨のことを、著書『ソーシャルメディア進化論』の中で記しています。

「企業コミュニティの会議室に投稿する人は、参加者のせいぜい20%、そのうちの5%の人(登録者の1%)が活発に投稿する。残りの80%は見ているだけの人。この80%の存在がコミュニティを活性化させる」

ここでも、見ているだけの80%の人々の存在に着目しています。
エイベック研究所の調査では、見ているだけの80%のうち、84%の人が内心は投稿したいと思っている、という結果が出たと言います。ということは、コミュティ参加者全体のうち、約60%の人は潜在的な参加欲求を抱いていると言えます。

見えないミラーの役割

見ているだけだが、潜在的な参加欲求を持った人々は、コミュニティにとって、いったいどういう役割を果たすのでしょうか。
私は、「見えないミラーの役割」ではないかと考えます。
発言する人は、たとえ姿は見えなくても、そこで誰かが見ている、誰かが読んでいることを意識しているものです。つまり、見ているだけであっても、その存在は、発言者に発言内容を見直し、吟味させる「ミラーの効果」があるのではないしょうか。

潜在的な参加欲求を持った人々を顕在化させる仕掛けのひとつが、SNSが具備する「いいね!」ボタンでしょう。
代表的なSNSであるFacebookがここまで普及した理由はたくさんありますが、その成功要因のひとつに「いいね!」ボタンがあると言われています。
「いいね!」ボタンは、「潜在的な参加欲求を持った人々」が誰かの行動や発言に対する共感を表明できる実に手軽でインパクトがある方法です。送り手からすれば、アクションに対する抵抗感が少なく、それでいてすぐに相手に存在が伝わります。受け手からすれば、自分の投稿に対する、きわめて優れた共感反応バロメータです。

Facebookの日本人ユーザーの平均友達数については、いろいろな調査があるようですが、50人~100人程度という結果が多いようです。ちなみに私の場合でいえば、友達175人です。
この程度の友達数ですと、投稿への「いいね!」の数は、多い時でも50~60程度です。誰が押してくれたのか気になって、確認することもよくあります。同じ程度の友達数であれば、多くの人は同じような行動をしているのではないでしょうか。
友達が数百、数千という人は、誰が押してくれたのかではなく、「いいね!」数の変化を見ていると聞きます。

いずれにしろ、投稿というアクションに対する反応バロメータとして、「いいね!」を利用しており、それが投稿への励みや内容・書き方を工夫するうえでの重要な指標の役割を果たしています。
つまり、「いいね!」ボタンは、「見えないミラーの役割」を果たしているのです。

クロシングのディスカッションルームは、極めてシンプルな作りですが「いいね!」ボタンだけは設定しました。クロシング参加者は、Facebookとは異なり互いに未知の関係ですので、「いいね!」を押した人の名前は相手に分からないようにしましたが、人数は把握できるので反応バロメータとしての機能は期待できます。
見ているだけだが、潜在的な参加欲求を持ったマジョリティの人々が「いいね!」を通して、「見えないミラーの役割」を果たすだけで、ディスカッションの質は間違いなくあがっていくはずです。

議論を促す仕掛け

オンラインコミュニティに関する研究知見から、場を活性化するためには、参加者に対して、具体的な役割や制約条件を課した方が、効果的であることがわかっています。
掲示板を作って、「さあ、ご自由にどうぞ」では機能しません。
ある程度のルールを作り、緩やかな役割を担ってもらうことで、参加者は逆に肩の力が抜け、参加し易くなります。
我々が、仕事の報告書を書く時に、フォーマットや記入例があった方が格段に書き易いのと同じ効果だと思っていただければ分かり易いでしょう。人間は自由を希求しますが、完全なる自由は、かえって人を混乱させてしまうものです。
オンラインコミュニティにも同じことが言えるのです。
緩やかな役割やルールを課すこと、それがオンラインコミュニティを活性化させるコツなのです。

先述の山本晶先生(慶應ビジネススクール准教授)は、クラウトとレズニックという米国のオンラインコミュニティ研究者が書いた本を基に、下記の5つの制約を設けることが効果的だと言っています。

  1. 投稿すべきテーマを設定する
  2. 投稿の期限を決める
  3. 名指しで投稿を求める
  4. 「××件投稿」というように数値目標を定める
  5. 投稿に対しては、1対1で謝意を表す

先程記した仕事の報告書の例えで言うならば、報告書の提示を求める際に、フォーマットだけでなく、期限や字数を定め、提出した人には「確かに受け取りましたよ」という受領メールを送るようなものだと理解していただければよいでしょう。
クロシングのディスカッションルームでは、上記の研究知見を参考にして、下記のような条件設定しました。

「クロシングテーマ」を設定する

1月号でも記載したように、参加者の好奇心を刺激するために、意外な組み合わせの講演を「クロシングテーマ」でくくって、「思考の交差」を起こしてもらう仕掛けとしました。
例えば、4月は「ウォーターフォール」で知られる日本画家の千住 博さん、「現場力」を提唱する早稲田ビジネススクールの遠藤 功教授、ネスレ日本CEOの高岡浩三社長の三人の講演を、「アートと現場のクロシング」というテーマでくくって、「思考の交差」をしてもらうことにしています。
同じように、5月は、交渉学の第一人者慶應法学部の田村次朗教授、テルマエ・ロマエが大ヒットした漫画家のヤマザキマリさん、福澤諭吉研究が専門の西澤直子教授の三人の講演を「コラボと独立のクロシング」というテーマでくくっています。
一見接点がないようにみえる講演を、組み合わせて聞くという課題を通して、何を発見できるか、というのがクロシング参加者に課せられたテーマになります。

フェーズを設定する

クロシングでは1テーマ1カ月で「思考の交差」の挑んでもらいますが、1カ月をさらに4つのフェーズに分けることにしました。

  1. 「感想」交換のフェーズ
  2. 「発見」のフェーズ
  3. 「創発」のフェーズ
  4. 「リフレクション」のフェーズ

の4フェーズです。
お分かりの方も多いと思いまが、学習理論に沿って思考の深化を促す流れになっています。「思考の交差」といっても、多くの人は何をどうすればよいか分からないと思われるので、フレームに沿って制約的に思考を進めることで、異なる二種類以上の思考の交差が起きるように構造化しています。

ライブディスカッションの実施

4つのフェーズのうち、「発見」「創発」の2つのフェーズは、それぞれ第2・第3水曜日に、日時を定めた1時間のライブディスカッションで行います。
他者と意見交換を通して「思考の交差」が生まれることを目的にしています。
ライブディスカッションは、「時間と空間の制約を超える」というネットの特性のうち、あえて「時間」の自由裁量を奪うことになりますが、逆にいえば、その制約条件は、参加者にとって、ぺーシングの機能を果たし、その時までに指定の講演を視聴しようという動機づけが働きます。
繰り返しになりますが、「いつでも、何をやっても自由」ということは、「いつまでも、何もやらない」ことの表裏でもあるのです。
昨秋に実施したクロシング体験利用で、実際に1時間のライブディスカッションは、緊張感と持続力を維持しながら脳を回転させるのにちょうどよい長さであることが確認できました。

<次回(3月8日号)につづきます>

※クロシングについては下記のサイトもご覧ください。
■クロシングー現代の”Eureka”をめざして!
https://www.keiomcc.com/xing/
■慶應MCCのFacebook
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城取 一成(しろとり・かずなり)
  • 慶應丸の内シティキャンパス ゼネラルマネジャー

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