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2016年08月09日

花田 光世「キャリア開発の新展開 改正職業能力開発促進法のキャリア自律に与える影響」

花田光世
慶應義塾大学名誉教授、一般財団法人SFCフォーラム代表理事

新たなキャリア開発支援の枠組みを決定する法改正

[ 1 ]職業能力開発促進法の改正

 2016年4 月1 日、今後のキャリア開発とその支援に大きな影響を持つ法律が改正され施行されることとなった。職業能力開発促進法の改正である。この改正は、いくつかの視点で従来のキャリア開発支援制度と大きく異なっている。そのポイントは以下の諸点にある。

  1. 労働者に自身のキャリア開発における責任を課したこと(3条の3から)
  2. 事業主に対して、労働者が自らキャリア開発の設計・目標設定、そのための能力開発を行うことの支援を(努力)義務としたこと(10条の3から)
  3. その義務化により、労働者が、自らのキャリア開発に当たり事業主から支援を受ける権利を付与され、いわゆる「キャリア権」が成立したこと(法律の条文を基にした筆者の解釈)
  4. キャリア開発支援の中核にキャリアコンサルティングが位置づけられ、事業主が必要に応じて講じる措置として、その提供を行うことを規定したこと(2条5項、10条の3から)
  5. 関連する法律などを総合的に検討すると、キャリア開発支援に当たっては、キャリアコンサルティングに加えて、包括的なキャリア開発支援活動の提供が事業主に実質的に義務づけられたことになり、自己のキャリア開発の振り返りの機会となるキャリアドックやキャリア面談、支援型の管理者の役割強化、現場におけるキャリア開発の機会の提供、そして何よりも個人がキャリア自律を推進することを支援する現場活動の重視が、これからのキャリア開発支援において重要な役割を果たすことが確立されたこと(法律の条文を基にした筆者の解釈)
  6. キャリアコンサルティングを提供するキャリアコンサルタントが国家資格化され、名称独占権を得て、企業内ではキャリアコンサルタントがキャリア開発支援を行うことが確立したこと(30条の3~30条の29から)
  7. キャリアコンサルタントを2024年までに10万人養成するという数値目標が立てられ、その養成部分の大多数を企業領域のキャリアコンサルタントに充て、現在8000人しかカウントされていない当該キャリアコンサルタントを6 万3000人まで拡大するという計画が立てられたこと(第10次職業能力開発基本計画ならびに厚生労働省資料から)
  8. この一連の法改正は、安倍内閣の下に組織された産業競争力会議により提起され、日本再興戦略の中に盛り込まれ、内閣による閣議決定を経て、労働政策審議会職業安定分科会ならびに職業能力開発分科会で肉付けされ、専門家からなる「キャリア・コンサルタント養成計画に係る専門検討会」の提言などを受け、改正に至ったという、政府主導の手続きプロセスを踏んだこと

 以上が職業能力開発促進法に関する改正ポイントであるが、いずれもこれからの企業のキャリア開発支援において重要な影響を持つ変化であろう。もちろん、企業は利益の最大化などの企業目標を達成するために、組織内の人材に対して必要とされる知識やスキルを身に付ける教育訓練に積極的な役割を果たす。しかし、それに加えて労働者自らが職業生活の設計とそのための能力開発に基本的な責任を負い、事業主はその支援を行わなければならず、その支援の中核にキャリアコンサルタントが位置づけられるという新たな構図ができた。これが、これからのキャリア開発支援の基本的な在り方になるのである。

[ 2 ]キャリアコンサルティングがキャリア開発支援の中核に

 職業能力開発促進法の改正に伴い、今後のキャリア開発支援に当たっては、キャリアコンサルタントの役割が決定的に重要なものとなる。改正法に関して、条文ベースで具体的に見ていくと、次のとおり規定されている。

【基本理念】…3条の3
労働者は、職業生活設計を行い、その職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上に努めるものとする

【事業主の責任】…10条の3
事業主が必要に応じて講ずる措置として、労働者が自ら職業能力の開発及び向上に関する目標を定めることを容易にするために、業務の遂行に必要な技能等の事項に関し、情報の提供、キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うこと

【キャリアコンサルティング】…2条5項
「キャリアコンサルティング」とは、労働者の職業の選択、職業生活設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うことをいう

改正法では、「キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルタントの名称を用いて、キャリアコンサルティングを行うことを業とする」(30条の3)とされ、「キャリアコンサルタントになるには、厚生労働省が行うキャリアコンサルタント試験に合格し、登録を受ける」(30条の4 、30条の19など)という国家資格化の対象となり、しかもその資格は5 年ごとに見直し(30条の19第3項)されるため、その間の継続的な学習が求められるようになった。さらに「キャリアコンサルタントでない者は、キャリアコンサルタント又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない」(30条の28)と規定され、キャリアコンサルタントの地位と責任を明確にしたのである。

 これによって、企業のキャリア開発支援の中核に、キャリアコンサルタントが位置づけられることとなった。改正法の趣旨としては、要するに、キャリア自律が労働者に課せられ、その支援が事業主に課せられ、そのためにキャリアコンサルティングが提供されなければならないとし、これからの労働者は、自らの職業生活の設計の目標を立て、その達成に必要な能力開発に責任を持ち、そのために企業から提供された支援の機会を積極的に活用するという、新たなキャリア自律の枠組みが制定されたといえる。

改正職業能力開発促進法の狙いとそれに対する対応

[ 1 ]キャリア開発支援を事業主に実質的義務化した狙い

 政府主導で動いた改正法の狙いはどこにあったのであろうか。第一に、製造業を中心にした第2次産業からサービス業を中心にした第3次産業へのシフト、それに伴う人材の流動化の促進と円滑化の担保、そのために労働者に職業生活の設計と能力開発の責任に当事者意識を持たせ、併せてその支援を事業主に課した点にあろう。つまり、個別企業が企業努力としてキャリア自律を導入するという従来の仕組みから、社会・産業構造の変革を促すキャリア自律制度を国の施策として展開するというフレームへと大きな転換をもたらしたのである。

 この改正法のいくつかの重要なポイントは、実は厚生労働省が進めていた労働安全衛生法の改正に向けた動きがベースにある。1992年に労働安全衛生法が改正され、「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針」により、作業環境の管理や作業方法の改善、疲労の回復を図るための施設・設備の設置・整備、その他の施設・設備の維持管理などに関する措置が具体的に示され、わが国の多くの事業場でハード面の職場の快適化が推進された。そして、1990年代後半から、ハード面の快適化に加えてソフト面の快適化が新たに追加され、その中でキャリア自律の推進とそのための管理者の支援の仕組みを構築することが付加された。

 この意味するところは、従来の厚生労働省からくる流れでは、キャリア開発支援を労働安全衛生や働きやすさ、快適職場の実現の一環として捉え、推進してきたと考えられる。しかし、今回の改正職業能力開発促進法では、むしろ国レベルの産業構造の転換の一環として、キャリア自律が法制化されたという特徴を有している点で大きく異なる。

[ 2 ] 職場の快適化・産業構造の転換の一環という狙いを越えて

 国レベルのキャリア開発支援が推進される中で、個別企業はこのキャリア開発支援の変化、とりわけキャリア自律の動きにどのように対処したらよいのだろうか。国レベルでのキャリア開発支援であるのなら、ハローワーク等の国の機関においてキャリア開発支援を充実させるのが筋であろう。しかし、今回の法改正では、キャリア開発支援の実施義務化は個別企業レベル、事業主に対する要請となっている。このとき、個別企業としては、マクロの国の政策転換という方針だけを拠りどころにして、キャリア開発支援を導入するという対応でよいのであろうか。

 私はそれではキャリア自律に対する積極的な対応には至らないと考える。女性活躍に関する「男女雇用機会均等法」が1986年に施行され、1997年に改正され、さらには2003年の男女共同参画推進本部の決定により、国の方針として2020年までに指導的地位につく女性の比率が30%になるように期待するという目標が打ち出されていた。にもかかわらず、一向にその実施が進まず、2015年12月に発表された第4次男女共同参画基本計画では、2020年までの目標として、民間企業における課長相当職に占める女性の割合を15%にするという実質的なレベルダウンの変更が打ち出された。この対応の遅れは、単に法律でさまざまな努力義務化を推し進めるだけでは前向きな対応には至らないという事実を如実に示している。そして、キャリア自律に向けたキャリア開発支援の法改正も、これと同じ流れにのる可能性があることを示唆しているのではないかと考える。

 変化の激しい時代「キャリアコンピタンシー(どのような状態にあっても自己のキャリアを形成し続ける基本的な力)」「エンプロイアビリティ(どのような組織でも働くことのできる基本的な力)」を個々の労働者が身に付けることは重要という論理は成立する。しかし、企業のスタンスは、個々の労働者がそれらを身に付けることにより、「優秀人材」が離職されては困る、あるいは、キャリア自律が導入されることにより、個々の労働者が「自分勝手な」動きをして組織が混乱するのではないか、という本音から解き放たれていない。 

 今、法改正に伴い、キャリア開発支援の実施を企業に期待するためには、改正法の趣旨が直接的に企業にとってのメリットとなり、企業の「活性化」「成長」「変革・革新」に寄与するという大義が必要となろう。そして、それを実際に進めていくには、企業経営者と人事部門がそのメリットをしっかりと確認した上で、そのメリットにつながる企業理理念・ビジョン・方針・行動規範の改定と、それを評価する仕組みの構築が重要となる。

 当然だが、改正職業能力開発促進法は、この企業サイドのメリットに関しての言及はなく、それは個別企業に任されている。すなわち、法律的な要請とその対応は指針化・義務化として規定している一方で、企業サイドは独自にその導入意義とメリットを構築し、それを企業理念・方針・ビジョン等の中で確立する責任を持っているといえる。企業の経営者や人事責任者が「キャリア自律制度を導入します。それは法律として要請されたからです」といっても、それは積極的な導入理由へのインセンティブにはならず、ただの受け身的な対応でしかなく、対応は状況を見ながらの先延ばし程度で終わる可能性が高い。すなわち、個別企業はその導入メリットを自社でしっかりと構築し、展開していくことが求められるのである。
 
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これからのキャリア開発支援-企業の育成力を高める制度設計の実務』(労務行政研究所 編)第1章より著者と出版社の許可を得て抜粋。無断転載を禁ずる。

花田光世(はなだ・みつよ)
花田光世

  • 一般財団法人SFCフォーラム代表理事
  • 慶應義塾大学名誉教授
慶應MCC担当プログラム
南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。産業能率大学教授、同大学国際経営研究所所長を経て、1990年より慶應義塾大学政策学部教授。企業組織、とりわけ人事・教育問題研究の第一人者。
日本企業の組織・人事・教育の問題を研究調査、経営指導する組織調査研究所を主宰する。特に最近はキャリア自律プログラムの実践、キャリアアドバイザーの育成、Learning Organization の組織風土づくりなどの研究や実践活動を精力的に行う。
日本人材育成学会副会長、産業組織心理学会理事をはじめとする公的な活動に加えて、企業の社外取締役、経営諮問委員会、報酬委員会などの民間企業に対する活動にも従事。現在は、キャリア・リソース・ラボの活動に加え、財団法人SFCフォーラム代表理事として活動。著書に『新ヒューマンキャピタル経営 エグゼクティブCHOと人材開発の最前線』(日経BP社)、『「働く居場所」の作り方‐あなたのキャリア相談室』(日本経済新聞出版社)、『その幸運は偶然ではないんです!』(ダイヤモンド社)などがある。
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