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2025年06月10日

野田 稔「人手不足時代の人材戦略 企業が50代・60代のミドルシニアの活躍を引き出すには―」

野田 稔
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科 研究科長
リクルートワークス研究所 特任研究顧問

2040年問題。深刻化する人手不足により生活水準が低下する!?

──まずは社会的背景から教えてください。今、社会でミドルシニア人材に熱い視線が注がれているのはなぜでしょうか。

背景にあるのは、やはり人手不足です。人口減少と高齢化が急速に進む日本では、社会のあちこちで働き手がなかなか見つからない状態が発生しています。地方では業種によって有効求人倍率が10倍を超えているような状況で、人手不足が原因の倒産や後継者不在による廃業も珍しくありません。
リクルートワークス研究所では、こうした労働力の供給不足は、今後深刻化すると予測。人口が減れば、労働力需要も少なくて済むと思いきや、むしろ需要は伸び続けるというシミュレーション結果も出ています。

出典:2020年までは「令和2年国勢調査」、2025年以降は国立社会保障・人口問題研究所,「日本の将来推計人口(平成29年推計)」の中位推計より

出典:リクルートワークス研究所 WORKS REPORT2023『未来予測2040』

──人手不足の解消にはどんな対策が有効なのでしょうか。

シンプルに考えれば、労働力の「需要を下げる」か「供給を増やす」かです。
前者については、徹底的に無駄を省き効率を上げることで、同じ価値を生み出すために必要な労働力を減らしていくことが求められます。そのためには業務の機械化・自動化も必須。とはいってもロボットやAIが主役になるのではありません。あくまでも労働の主役は人。漫画『ドラえもん』を思い出してみてください。「こんなことできたらいいな」と考えるのは “のび太”で、彼が“ドラえもん”というパートナーの存在によって、超人的なことを実現していく。それと同じです。ロボットやAIを人の良き相棒として活用し、これまでより5倍、10倍の生産性を実現していく道を真剣に模索していかねばならないでしょう。
それでも、機械やAIが人の仕事を全て代替できるわけではありません。例えば医師のような高度エッセンシャルワーカーなど、人にしかできない仕事はある。だからこそ「供給を増やす」ための打ち手として、経験豊かなミドルシニア世代が長く活躍することに期待したいのです。

──今でも「ミドルシニア」の就労意欲は高いと思います。また、「女性」や「外国人」といった人たちの労働参加にも、日本は積極的に取り組んでいるのではないでしょうか。

おっしゃる通りで、供給を増やすための打ち手は「ミドルシニア」に限りません。ただ、日本では働ける人の労働参加率がすでに70%を超えており、ほとんどの人が何かしらの形で働いている状態。この水準からさらに伸ばすのは簡単ではありません。ちなみにイタリアの60-64歳の労働参加率は40%程度。諸外国と比較しても分かるように、殊更に労働参加率を上げることだけを目指すのは得策とは言えないでしょう。
また、海外から人材を受け入れるのも方策の一つですが、諸外国が競争力をつける中で日本は賃金の優位性が失われつつあり、言語のハードルも高い。労働力の需給ギャップを埋めるための主な打ち手としては現実的でないと、私は見ています。
だからこそ、「今働いている人にできるだけ長く活躍してもらうこと」が大切。人口減少社会の日本において、現在のミドルシニア世代は働き手のボリュームゾーンでもありますから、彼らの活躍が社会全体で重要になってくるのです。つまりは、個々の企業においても現在働いているミドルシニア世代の積極活用は、自社の発展において欠かせないことなんですよ。

ミドルシニア人材の活躍を引き出すために必要な取り組みとは

──とはいえミドルシニアの活用に課題感を持つ企業も多いと聞きます。彼らの活躍を引き出すためには、何から取り組む必要があるでしょうか。

私がおすすめしたいのは、まずは社内の「ジョブ」を再定義すること。「ミドルシニアをどう活用するか」を考えるとき、今ある仕事やポストを前提に検討を進めがちですが、その前に社内の業務を棚卸しして再定義する必要があると思います。長く続く会社では組織が硬直しているケースもある。社内の既存の仕事だけでなく、手が付けられていない業務も含めて整理して、「ジョブ」として再定義することから始めましょう。その上で、「このジョブが得意な人材(できる人材)は誰か」を検討する中で、適任者がミドルシニアからもアサインされることが本質的だと思います。

また、「ジョブ」は“一人の役割”として捉えるのではなく、複数名で担う“チームの役割”としてやや広めに定義するといいでしょう。つまり、個人の「ジョブ(仕事)」というより、チームの「ファンクション(機能)」を定義する感じですね。そのファンクションを実現するために、チーム内で協力し合えばいい。一人で1から10まで完璧にできる必要はなく、多様な人材がそれぞれの得意を活かしながら協力して一つの機能を実現できればいいんです。

このようにチームで補い合うのであれば、必然的に働き方も柔軟にしやすくなります。例えば業務をシフト制にして、午前中のシフトは朝に強いシニア世代が担い、夕方以降は別の人材が担うというような組み合わせはすでに店舗運営や工場のシフトなどで行われています。今後はホワイトカラーの仕事もシフト制にしてもいいかもしれませんね。このように社内の仕事を捉え直し、適材適所を検討すると、ミドルシニアだからこその力を発揮してもらいたいフィールドが見えてくるはずです。

ミドルシニア世代にも、人事施策などを通して「あなたに期待している」を伝え続けることが大事

──終身雇用の色が強い企業では、仕事のモチベーションが低下した不活性のミドルシニア世代を一定数抱えている場合もあると耳にします。どのようなアプローチが有効でしょうか。

私が以前コンサルタントとして関わった某メーカーも、同じような状況にありました。その企業では、一定の年齢を超えた課長級のミドルシニア社員の中でも、役職相当の成果を上げられていない人が多くいて、それが経営課題になっていました。ただ、それは本人のやる気の問題というよりはむしろ、現場が彼らをどう扱っていいか分からなかったことが原因。同世代が多いこともありマネジャー職に就けず、能力もやる気もあったのに若手と同じような仕事しか与えられていなかった。その結果、本来の能力を発揮することもなく、モチベーションが下がっていくという悪循環に陥っていたんです。

そこでこの企業がまず行ったのは、「仕事をつくること」でした。全社から「重要だけれど手が回っていないこと」を集めたのです。すると、新規事業やサービスの検討など、実に100種類以上のテーマが集まった。それをリスト化し、ミドルシニアそれぞれの強みや興味に応じてチャレンジしてもらうことにしました。

──この企業の場合も、ソリューションの起点は「ジョブ(仕事)をつくること」だったのですね。しかし、仕事のアサインだけで解決できるのでしょうか。

もちろん、これはあくまでも出発点。例えばミドルシニアの中には入社以来同じ部署で20年30年と経験を積んできた人もいるため、自組織の外の仕事に踏み出すことへの不安も大きく、準備が必要でした。そこで次に行ったのは、「リスキリング」の支援。プロジェクトマネジメントのやり方や事業の作り方、事業計画書の書き方など、必要なスキルを身に付けてもらうための研修を丁寧に行ったんです。
また、新しいチャレンジには失敗もつきものだからこそ、挑戦をすることが不利にならないように評価制度も改定。「成功すれば加点、失敗しても減点はしない」という仕組みに変更しています。

あとは、新たな仕事にチャレンジする際の相談役としてメンターを付けたことですね。正解が分からない中で孤独にしてしまうと走り続けられない。メンターと対話を繰り返し、適宜アドバイスをもらいながら、着実に歩みを進めていくプロセスを重視しています。

──そうした支援は、ミドルシニアの自信を回復していくプロセスのようにも感じられました。

そうですね。研修を受ける前までは、ミドルシニアの中には「組織から疎外感があった」という人もいました。それが、研修や制度、メンターのフォローなどを通して繰り返し彼らに働きかけることで、「自分に期待してくれている。それならもう一度頑張ってみよう」と前向きになれたと言います。

この企業の取り組みからも分かることは、ミドルシニアの不活性の大きな要因の一つに、本人と会社(上司や人事)との対話が不足していることがあると言えるでしょう。年齢で一律に判断するのではなく、社員一人ひとりと普段からしっかりと対話を繰り返し、本人の得意なことや、やりたいことを引き出していくこと。そしてあなたに期待しているのだと伝え続けることが、ミドルシニアの可能性を広げる上で重要なのではないでしょうか。

ミドルシニアが活躍できる環境づくりは、誰もが活躍できる職場や風土につながっている

──ミドルシニアに直接アプローチしていくことも重要な一方で、彼らが活躍しやすいように環境の整備を行っていくことも欠かせないのではないでしょうか。

その通りだと思います。本人に対する働きかけと、環境・風土の改革は両軸で行うべきですね。例えばある自動車の製造工場では、人手不足を補うためにシニアを雇用したものの、シニアは製造ラインでの作業中に立ったり座ったりを繰り返すのがつらいという問題に直面しました。そこでこの工場が取った打ち手が、人が姿勢を変えるのではなく車を人の作業に合わせて上下させるというもの。身体の負担が軽減され、シニアが元気に働ける環境に変化しています。

こうした環境の改善は何もシニアに向けた話だけではありません。世の中を見渡すと、「男性かつ身体的な不自由がない人」が働くことを前提してつくられた職場環境はまだまだ多く存在します。そうした環境では、女性や身体的な困難を伴う人(高齢者や障がいのある人)の就労を知らず知らずのうちに排除している。シニアのための環境改善というよりは、「誰もが活躍できる職場環境」を目指してほしいですね。

──風土醸成についてはどうでしょうか。ミドルシニアを受け入れる側には、「自分より年配者が、部下になるのはやりづらい」「体力的に心配」「業務の習得に時間がかかりそう」といったバイアスもあると思います。

これは、「女性活躍推進」の道のりに倣いましょう。女性の社会進出が始まった当初は、男性は少なからず「女性に自分たちと同じ仕事なんか無理だろう」という感覚でしたが、実際に職場で女性が活躍してきた結果、今では女性が男性と同じ仕事・同じ働き方をすることは当たり前になりました。つまり、百聞は一見に如かずで実際にミドルシニアと一緒に働いてもらうのが一番の解決策です。

もちろん、年齢を重ねるにつれて身体的な衰えがあるのは事実です。また、脳の働きも短期記憶や瞬発力などの「流動性知能」は20代後半がピークですが、一方で経験や学習によって獲得される「結晶性知能」は、50代になっても衰えません。そうした経験や知識が豊富で、総合的な判断力は鋭いというミドルシニアの強みを間近に見ることで、徐々に職場の風土は変わっていくはずです。

人口減少や少子高齢化により労働力不足が深刻化する一方で、ミドルシニア世代は労働力として大きなウェイトを占めています。彼らが持つ豊富な知識や経験といった強みを考えれば、その活躍は企業にとって大きな可能性と言えるのではないでしょうか。

 

※本記事は株式会社リクルート・iction!掲載記事より一部を抜粋したものです。全文はこちら(https://www.recruit.co.jp/sustainability/iction/ser/motivation/001.html)をご参照ください。


野田 稔

野田 稔(のだ・みのる)
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科 研究科長
リクルートワークス研究所 特任研究顧問

一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。野村総合研究所経営コンサルティング一部部長、リクルート新規事業担当フェロー、多摩大学経営情報学部教授を経て現職。2020年、一人一人の幸せなキャリア創造を支援する、Rakza楽座株式会社を設立。組織・人事領域を中心に、幅広いテーマで実践的なコンサルティング活動を行う。また、ニュース番組のキャスターやコメンテーターとしてメディアでも活躍している。

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