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ピックアップレポート

2025年08月12日

千住 真理子著『続ける力~ヴァイオリンが 教えてくれた20の秘訣~』

千住 真理子
ヴァイオリニスト

続ける力~ヴァイオリンが 教えてくれた20の秘訣

ある日―

「人生はロングレースだよ」
父の言葉がグサっときた、あの日。
私が挫折した日。
ヴァイオリンを手放した悲しみの日。

「まっすぐに伸びた木は、強い風が吹くとボキッと折れちゃうのさ」
当時付き合っていたボーイフレンドに言われた言葉。

私はひたむきに、それまでの一本道をただひたすら疾走してきた。脇目もふらず、休むこともせず、スピードをゆるめることもなく。20歳のある日まで。

そしてポキッと折れた。
折れてしまった硬い木はそこに倒れたまま立ち上がるすべもわからず、どうしたらいいのかも考え出せず、折れたのだからもう終わりだ、と。私はその日、ヴァイオリンを一生涯やめる、という大きな決断をした。
間違った決断をしてしまった。でも、ほかに方法を知らない。

父の言葉―。
「人生はロングレースなのだよ。疲れたら歩けばいいさ。座ってしばらく休んでいたらいいよ。そのうちきっと、また、やってみようと思う日が来るから、そうしたら、始めてごらん、昔みたいに楽しく」

そうなのだ。
私はロングレースが苦手。短距離で走りぬきたいタイプ。だから途中で大きな壁にぶち当たると立ちすくんでしまい唖然とする。

はたして強い風がビュン!と吹いて私はポキっと折れた。ヴァイオリンはとても好きで、折れたあとも嫌いにならなかったのに、ヴァイオリンと別れを付けたのだった。その別れがつらすぎて、身体も壊した。
続けたかった想いと、続けることができなくなった心。ふたつの相反する気持ちに引き裂かれる日々は、とても悲しい時間の流れだった。

それから数年後、周りの人たちの優しさに慰められ、少しずつ傷が回復した私はいくつものアイテムを手に、もう一度立ち上がることができた。その数年間で得た柔軟性がある。それは友人や教師が私にかけてくれた助言が私に与えてくれた宝物であり、苦しみながら拾い集めた多種多様な経験が結果として私の栄養となって身についてきたものだ。そして、気がつけば再びプロのステージを踏むようになっていた。
その波瀾万丈、いつの間にか50年の歳月が経つ。

長く続けることによって得たたくさんの経験は、プロとして必要な部品となり土台を築き、今の私を支えている。続ければ続けるほど深く闇を抜けて見えてくる世界というものがある。ああ、こんな素晴らしい世界があるのだな、と見たこともない景色に心奪われるのも、ひとつのことをひたすら続けてきたご褒美なのかもしれない。もう少し奥まで進もう、この道をもっと続けてさらに見えてくる新しい世界に出逢いたい、と冒険心が増してくるのだ。
続けるエネルギーがどこにあるのか、やっと見つけることができた今、50周年を機に、皆様にお伝えしたい。
そんな思いで書いたのが『続ける力』である。

一生懸命じゃ生ぬるい―

「50周年に向けて本を書きませんか?」
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングスのK氏からお話をいただいたのは去年の秋口だったように記憶している。ヴァイオリニストとしてデビュー50周年の節目でもあり、しばらくまとまった本を出してないので、そう言えば書きたいこともあるなあ、と有り難くお話しを頂戴して、書かせて頂くことになった。

同社から前回出した本は『バイオリニスト20の哲学』と題して<一生懸命では生ぬるい!>という副題をつけたものだった。この副題がちょっとした話題になったようで、一生懸命じゃ生ぬるいのですか?とインタビューで頻繁に質問されるようになった。

「一生懸命のもう一歩先に見たことのない景色が広がっているのですよ」
という説明を、様々な角度からお話しすることに心を砕いてきた。そもそも『一生懸命』って、人それぞれの自己判断だと思いませんか?もう限界!というその先までやってみた方がいい、という私なりの提案をしたつもりだったのだ。

頑張りすぎなくていい―

今回は一冊目を踏まえての本にしたいと思った。一冊目を読んでくださったことを前提にして、ダブった内容はあえて省くことにした。(なので一冊目『バイオリニスト20の哲学』をまだ読んでない方は、是非お読みいただきたい。)今回のテーマは『頑張りすぎないで』という、あえて一冊しかのテーマとは逆のようなことを書いていくことにした。しかし逆なのではない。全く矛盾しないのだ。その時期年齢に即して、やるべきことがある。やらなくていいこともある。
私自身が身をもって経験してきたことを軸に、年代によっての提言、もまとめておくことにした。そんな気持ちが固まり、書き始めることにした新著書が『続ける力』である。少しでも、あなたの支えになればうれしい。何かを続けようと頑張っているあなたの、ヒントの一助になることを望んでいる。

続ける力~ヴァイオリンが 教えてくれた20の秘訣~』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス 2025年6月)および 「千住真理子オフィシャルサイト エッセー心の音」より著者と出版社の許可を得て抜粋・掲載しました。無断転載を禁じます。


千住 真理子

千住 真理子(せんじゅ・まりこ)

ヴァイオリニスト

2歳半よりヴァイオリンを始める。全日本学生音楽コンクール小学生の部全国1位。NHK交響楽団と共演し12歳でデビュー。日本音楽コンクールに最年少15歳で優勝、レウカディア賞受賞。パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞。2002年秋、ストラディヴァリウス「デュランティ」との運命的な出会いを果たし、話題となる。これまでに多くのCDをリリース。最近では2023年山田洋次監督作品「こんにちは、母さん」のサウンドトラックに参加。また千住明のプロデュースによるアルバム「ARIAS」、2024年はデビュー当時の音源も収録した「ベスト&レア」アルバムをリリース。2025年はデビュー50周年を迎え全国で演奏会を行う。春にはデビューアルバムと同じくCD「メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」を発売。
コンサート活動以外にも、講演会やラジオのパーソナリティを務めるなど、多岐に亘り活躍。また、チャリティーコンサート等、社会活動にも関心を寄せている。著書は「続ける力~ヴァイオリンが教えてくれた20の秘訣~」(ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)「聞いて、ヴァイオリンの詩」(時事通信社、文藝春秋社文春文庫)母との共著「母と娘の協奏曲」(時事通信社)など多数。

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オフィシャル・ホームページ https://marikosenju.com/

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