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ピックアップレポート

2025年10月14日

山辺 恵理子「ビジネスパーソンの成長の土台と伸び代をつくるリフレクション」

山辺 恵理子
早稲田大学文学学術院准教授

「ふり返りをしましょう」「反省会をしましょう」と人に言われたとき、あなたはどのような感覚や感情を抱くでしょうか。ダメ出しをされると思って身構えたり、それまで心に留めていた不満や改善点を相手にいかに伝えようかと考えて頭を抱えたりする人もいるかもしれません。しかし、本来、経験から学び、成長するために「ふり返り」や「反省」をするのだとすれば、なぜもっとワクワクするような楽しい感覚や感情を抱かないのでしょうか。ワクワクするような楽しい感覚や感情を抱くような「ふり返り」や「反省」は、効果的ではないのでしょうか。

日本語の「ふり返り」や「反省」に近い「リフレクション」という概念に注目して、いかにそうした心理的負荷を軽くしながら、より効果的な学びや成長を生み出すことのできるふり返りを実現できるかを研究してきたのが、オランダのフレット・コルトハーヘンという研究者です。ユトレヒト大学名誉教授のコルトハーヘンはリフレクションの方法論の研究を確立した第一人者として世界的に知られていますが、これまでコルトハーヘンの書籍で日本語に翻訳されているものは、教師(を目指す学生たち)の成長を促すリフレクションについて論じた『教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ』(武田信子監訳、今泉友里・鈴木悠太・山辺恵理子訳、学文社、2010年)しかありませんでした。

今年、『パワー・オブ・リフレクション:教師教育と専門家養成に必要なこと』(山辺恵理子・坂田哲人監訳、学文社、2025年)を出版できる見込みになりましたので、ここでその内容を少しご紹介しながら、大人、ないしビジネスパーソンにとっての成長に寄与するリフレクションの方法論を一部説明します。

「正しい」リフレクションと、「正しくない」リフレクション

コルトハーヘン以前も、学びや成長においてリフレクションが重要であるということは、哲学や心理学、教育学などの分野で大いに論じられ、実証されてきました。学問の世界だけでなく、例えば松下幸之助も、誰でもそうやけど、反省する人はきっと成功するな。本当に正しく反省する。そうすると次になにをすべきか、なにをしたらいかんか、ということがきちんとわかるからな。それで成長していくわけや、人間として。反省せんと、そういうことがわからへんからな。同じようなことをするわけや。間違いをくり返すということやなと語ったと言われています。ビジネスの世界でも、「正しく反省(リフレクション)する」人は「きっと成功」するということが、経験的に語られてきたのです。

では、「正しくリフレクションする」とは、どういうことなのでしょうか。
ここで、コルトハーヘンが著書の中で挙げている事例を見てみましょう。

 パトリックは、教員養成課程に属する大学生です。英語科の教員を目指しています。これから教育実習先で、不規則動詞の単元を教えるところです。
 パトリックは、「毎日、私は教室に入ります(walk into)」といいながら、誇張した力
強い足取りで教室に入っていきました。そして、生徒のジョランダに問いかけました。「私は何をしたかな?」
 ジョランダは、「先生は教室に入りました(walked into)」と答えました。
 パトリックは「よし、いいね!今度は……ミッシェルの本を取る(take)」と言い、本当に生徒ミッシェルの本を取り上げ、こう言いました。「ミッシェル、私は何をしたんだ?」
 ミッシェルが「先生が私の本をとりました(took)!でもそれは私の本です!」と返すと、教室全体は笑い包まれ、パトリックも笑いました。
 そして、パトリックは時制の違いを説明しました。「Walk」の場合は「Walked」になるのが正しいが、「Take」は「Took」です。ホワイトボードに 2 つの欄を描き、規則動詞と不規則動詞の例を書き加えていきます。さらにパトリックはクラスに続きを書き加えるように促しました。しかし、教室は騒がしくなっていきます。何名かの生徒は参加していましたが、それ以外の多くの生徒は見向きもしなくなりました。生徒同士の会話がどんどん増えるので、教室はますますうるさくなります。パトリックは、生徒たちが授業の内容について話をしているのか、あるいはまったく関係ない話をしているのか、疑念を抱きます。ついに彼は怒り出し、生徒たちに言うことを聞くように命じました。しかし、クラスはますます落ち着かなくなっていきました。

※『パワー・オブ・リフレクション』より(一部抜粋・修正)

不満を抱えたパトリックはどうすればよかったのかを考え、「次回はもっと厳しく接し、もっと早くに黙って前を向くように指示するべきだ」という結論に達します。
これは、「正しい」リフレクションでしょうか。
ビジネスのシーンでも、新人の指導をお願いしていた部下が「新人の態度が不真面目で、自分の言うことを聞いていない」と思い、「今度からもっと厳しく接します」と宣言する場面に立ち会ったことのある人もいるのではないでしょうか。その際、その部下にはどのような言葉をかけましたか。
コルトハーヘンは、正確な状況の理解に時間をかけず、次に取る行動の方針(パトリックの例で言えば、「次回はもっと厳しく接し、もっと早くに黙って前を向くように指示する」という方針)を決めようとするリフレクションを「行動志向のリフレクション」と呼びます。そのうえで、「行動志向のリフレクション」は本質的な気づきが伴っていないため、効果は薄いと論じます。実際、パトリックのリフレクションは「なぜ生徒たちの注意が拡散してしまったのかという肝心な問題にたどりつくことができない、あまりに表面的な解決策」を提示するリフレクションであると批判します。そして、本質的な気づきに至りやすく、だからこそ成長へもつながる「意味志向のリフレクション」をじっくり行うことを推奨します。

「正しい」リフレクションのポイント(1):解決策を急がない

では、「意味志向のリフレクション」ないし「正しい」リフレクションとは、どのようなものなのでしょうか。
コルトハーヘンいわく、「人は、状況をよくしなければならないという圧力を感じると、解決策を考えることに強く焦点をあてがち」で、「実際の問題の本質が明らかになる前から解決策を考えて」しまいます。パトリックが陥ってしまったのは、まさにこの状況です。だからこそ、まずは〈解決策を急がず、問題の本質を丁寧に見ようとすること〉が重要です。
急がず丁寧に、より深いリフレクションを行うためのツールとして、コルトハーヘンは以下の問いリストを提示します。

リフレクションを促す「9つの欄」

  • 0.文脈はどのようなものだったのか?
  • 1.私は何をしたのか?
  • 2.私は何を考えていたのか?
  • 3.私は何を感じていたのか?
  • 4.私は何を望んでいたのか?
  • 5.相手は何をしたのか?
  • 6.相手は何を考えていたのか?
  • 7.相手は何を感じていたのか?
  • 8.相手は何を望んでいたのか?

※『パワー・オブ・リフレクション』より(一部修正)

まずはその場で何が起きていたのかをよく思い出しながら言語化することが重要なのです。
先ほどのパトリックの事例に戻ると、パトリックはこれらの問いを活用したリフレクションをおこなった結果、二つの気づきを得ることができたといいます。一つは「授業の一部分に掛ける時間を長く取りすぎたことで生徒たちがクラスの話し合いから脱落しやすくなってしまったこと」です。もう一つは「徐々にパトリックからクラスへの一方向的な講義のようになってしまったことで、生徒たちが注意を向ける実際的な必要性も、積極的に参加するための動機づけも全くない状態になってしまったこと」だといいます。授業を楽しいものにしたいという思いをもとに、「授業の冒頭でパトリックが発揮していた人としての資質」は、これらの要因が重なって「教室が騒がしくなるころにはほとんど見えなくなってしまっていた」ことにも気づきました。「相手が何をしたのか」「相手が何を考えていたのか」「相手が何を感じていたのか」をふり返りながら言語化していくことで、それらはいずれも「私(パトリック)が何をしたのか」の影響を受けていることに気づき、詰まるところ、今回授業がうまくいかなかった理由はパトリック側の接し方に問題があったからで、生徒の真面目/不真面目とは関係のないところに本質的な問題があったことに気づいたのです。

このように、本質的な問題の所在に気づくまで深く「正しい」リフレクションをすることができれば、自ずとその後に思い浮かぶ今後の行動方針は、表面的なリフレクションを行った際に思い浮かんだ「解決策」とは異なり、より効果的なものになります。
「新人の態度が不真面目で、自分の言うことを聞いていない」と思い、「今度からもっと厳しく接し」ようと考えている新人指導に当たっている部下の例でも、上記の問いリストを用いてリフレクションすることで、「解決策」の前提となっている、新人が「自分の言うことを聞いていない」という推測が正しいのかどうかを吟味することにつながります。また、もしその部分の認識が正しかったとすれば、「自分の言うことを聞いていない」理由ははたして「新人の態度が不真面目」だからだといえるのかどうかを吟味することにつながります。こうした吟味を重ねていくことで、より深い状況理解が促され、本質的な問題がより明瞭に見えてくる可能性は低くありません。

「正しい」リフレクションのポイント(2):成功経験にも目を向ける

さらに、コルトハーヘンは重要なポイントをもう一つ提示しています。以下、『パワー・オブ・リフレクション』からの抜粋です。

注目すべきは、パトリックが「何がうまくいかなかったのか」ということにのみ目を向けている点です。これは驚くことではありません。人はおおむね、うまくいったことよりも、うまくいかなかったことを考えがちなのです。ネガティブな事柄とポジティブな事柄があったら、人はネガティブな方をよく記憶します。このように、ポジティブな経験よりネガティブな経験により多くの注意を払う傾向があることを、心理学ではネガティビティ・バイアスと呼びます。これは「正常」なことですが,必ずしも最適な学習につながるとはいえません。むしろ、問題やネガティブな事柄に焦点を当てることには、いくつかの欠点があります。
 例えば、問題に強く焦点を当てるリフレクションの方法は、不安や苛立ち、自信の低下などのネガティブな感情を引き起こします。心理学者であるフレドリクソンの研究 (Fredrickson, 2009)は、こうしたネガティブな感情は〔直面している〕問題の文脈の中でしか考えられない状態 (「視野狭窄」) を生み出すことを示しています。結果として、存在する選択肢の一部しか見えなくなってしまうのです。
 さらに、〔問題やネガティブなことに気を取られすぎると〕あっという間に自分自身についてもネガティブな考えを抱くようになります。そして、時折不安を引き起こすのですが (例えば、「私はいつになったらできるようになるのだろう」 「そもそも私は教師に向いているのか」といった不安)、こうした考えはまったく成長の助けになりません。
※『パワー・オブ・リフレクション』より(一部修正)

リフレクションを促す場は、いわゆる「ダメ出し」に特化した「反省会」である必要はありません。パトリックの場合、授業の冒頭部部分はうまくいっていた点にコルトハーヘンは注目をします。そして、「その成功経験の中で肝となっていたのは何か」「授業の出だしの部分がうまくいった要因は何か」「そこからパトリックが活用できる教育方法上の原理を見出すことは可能か」といったことをリフレクションすることで、パトリックは自身の強みに関する自覚を深め、拠り所となる自信や指針を見出し得ると論じます。

新人指導に当たる部下の事例に戻って考えてみるなら、きっと新人も毎回「言うことを聞いていない」わけではなく、聞いている場面も少しなりともあるはずです。あるいは、パトリックが授業の冒頭部分で生徒と笑い合っていたように、新人指導に当たる部下と新人が朗らかに話している場面もあるかもしれません。最低でも、「新人の態度が不真面目」には見えない場面はあるはずです。そうした場面に注目し、なぜその瞬間にはコミュニケーション上の問題が生じていなかったのかをリフレクションすると、新人指導に当たる部下の強みと新人の強みが、ともすると同時に浮かび上がってくるかもしれません。

以上が、コルトハーヘンのリフレクションの方法論の基礎的な部分のご紹介です。『パワー・オブ・リフレクション』には、24の事例と20のワークが掲載されている他、「9つの欄」と呼ばれる上記の問いリストのようなツールも多数紹介されています。自らのさらなる成長を目指す方や、部下など、他者の成長を促したいと思っている方は、ぜひ参考になさってください。

◆予約申し込みフォーム◆
『パワー・オブ・リフレクション:教師教育と専門家養成に必要なこと』
フレット・コルトハーヘン、エレン・ナイツェン著、山辺恵理子・坂田哲人監訳学文社、2025年
https://forms.gle/Myim1JCFVu3awGt97


慶應MCCでは、2025年11月6日(木)より『自己育成力を高めるリフレクション実践』を新規開講します。
全6回を通して、リフレクションの理論についても理解を深めるとともに、多彩な演習で深くリフレクションを行い、体得します。

―変化に対応し続ける柔軟な視点を身につけたい方
―自己や他者の成長を促す方法を実践的に学びたい方
―成長実感を高め、キャリアを主体的に築きたい方
のご参加をお待ちしています。


山辺 恵理子

山辺 恵理子(やまべ・えりこ)
早稲田大学文学学術院准教授

慶應MCC担当プログラム
自己育成力を高めるリフレクション実践
ラーニングイノベーション論ゲスト講師

博士(教育学)。東京都生まれ。アメリカ ニューヨーク州で幼少期を過ごし、東京大学教育学部卒業、東京大学教育学研究科博士課程、スタンフォード大学客員研究員、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、都留文科大学国際教育学科准教授などを経て、2024年より早稲田大学文学学術院講師。2025年より現職。専門は教育哲学、教育の倫理、教師教育学。主に教育関係者をはじめとする大人の「教育観をほぐす」対話とリフレクションのあり方に注目して研究している。
大学外では、一般社団法人REFLECT(学び続ける教育者のための協会;REFlective LEarning Community for Teaching)理事などとして教員向けの研修を開発・実施している。

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